第18話 遅刻の成果

――大丈夫、素手は何度も戦った相手だ。


 ファイネを追ってきた魔物のスケルトンは真澄を前に足を止める。


「カタカタカタカタカタ!」


「剣と盾を奪われて焦る気持ちはあるのか」


 スケルトンの仕草が身近になり、ファイネ以外の感情もぼんやり理解できた。


「カタカタ!」


「ほっ!」


 右手の殴りかかりを地面へ落とすように木刀を振るう。


「っとと……!」


――わかってたけど手が痺れるな。


 スケルトンの状態では感じなかった衝撃に一歩後ろへ下がる。残念ながら、人間の姿では筋力不足だった。


――これも訓練だ。


 目標は魔力の感覚を掴むこと。ダンジョン内での違和感は今のほうが強い。その中に魔力への取っ掛かりがあると信じ、木刀を握る手に力を入れた。


「カタカタ!」


「まずは、こいつを引きつける!」


 倒す必要はないものの、それが対応を難しくさせていた。荒々しい素手の攻撃を直接受け止めるのは明らかに間違いだが、力づくで弾いても手が痺れる。最も有効なのは攻撃をいなす方法だ。


――失敗覚悟で試すぐらいが特訓にはいい。


 ファイネの影響か、真澄は戦うことに関して自分へ厳しさを持つようになっていた。


「カタカタ!」


「ふんぐっ!」


 構えた木刀を見慣れたパンチの動きに合わせる。受け止めるのではなく軌道を変えてみるが、重さで押し返された。


――ファイネのアドバイスがほしくなるな……。


 木刀だけはなんとか手放さずに構え直す。事前に人間の姿で指導を受けていればと思う一方で、実戦が一番なのだろうとも思ってしまう。


「カタカタ!」


「こんのっ!」


 力の入れ具合に問題があるのか、それとも腕の動き自体が間違っているのか。色々試すうちに木刀が嫌な音を立てた。


――魔力が保護の役目も果たしてたのか?


「カタカタカタ!」


 そこで三十万という値段がふと頭をよぎる。できる限り損傷しないように木刀を構えて攻撃をいなすと、思いのほか綺麗に軌道を変えることができた。


――今のをもう一回……!


 偶然上手くいったやり方に手応えを感じた真澄は、身体へ覚えさせるために何度も繰り返すのだった。






「ふぅ……」


 真澄の足元に骨が散らばる。攻撃をいなしているうちにもスケルトンが持つ魔力は剥がれていき、ついには人の形を崩して動かなくなった。


――身体全体がだるい……。


 戦闘への集中から時間の感覚が曖昧になる。振り向いた行き止まりでは撮影が続いている様子だったが、ファイネが持つ剣と盾がすぐにボロボロになって地面へ落ちた。


 真澄はファイネと菊姫の元に行き進捗を聞くことにした。


「カタカタカタカタカタ!」


「お疲れ」


「菊姫さんもお疲れ様です。良い写真は撮れましたか?」


「ばっちり」


 その言葉に少しほっとする。


「撮ろうと思えばもっと撮れるよ」


「うぐ……俺のほうが限界です……」


「だろうね。真澄はもう一端の探索者を名乗れるんじゃないかな」


「菊姫さんも立派な写真家だと思いますが」


「カタカタカタカタカタ!」


「ファイネもお疲れさま。助かったよ」


――よく考えると骨が丸出しなのは裸ってことなのか……?


 緊張が解けたからか、真澄は作業着を脱いでいるファイネに余計な疑問を覚える。


 裸姿でスケルトンになったのか、変身後にわざわざ脱いだのか。それとも特殊な魔法で装備そのままかはわからないが、意識すると途端に見ていいものか悩んでしまう。


「スケベな顔してるよ」


「ちょっと何を言ってるのか……」


「やっぱり骨に欲情するんだ」


「人の性癖を捏造するのやめてもらえます?」


 いつまでも勘違いされては困るので、真澄はファイネに作業着を着てもらった。


「今日は帰ろうと思いますけど構いませんね?」


「任せる」


「カタカタカタカタカタ!」


 こうして二度目の撮影会が幕を閉じることになった。




 ◇




「おいーす。お前ら来てるかー」


 予鈴が鳴った教室に女の教師が入ってきて、黒い出席簿で肩を叩きつつクラス内を見回した。


「ひとつ机が空いてんな、っと?」


 そこで走りながら一人の生徒が教室へ滑り込んだ。


「遅れました!」


「名郷か」


 遅れてきたのはダンジョンの疲れから寝過ごしてしまった真澄だ。とはいえ授業が始まる前には間に合ったのだが。


「お前は家が遠いんだったな。よし、特別に今回は遅刻を免除してやろう。優しい先生に感謝しろよ?」


「ありがとうございます……」


 あまり目立つのが得意ではない真澄は姿勢低く席に着いた。


――七水先生、ピアスだらけの耳だけど優しいんだよな。


 怖そうな人が優しいとギャップで印象が良くなるのだろうかと、気の抜けたあくびが出る。


――見た目にパンチがある先生は田舎らしい気がする。

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