第2話 スケルトンについて

「待て待て待て! 一旦落ち着こう……!」


「カタカタカタカタカタ!」


 スケルトンは真澄を見るなり骨を鳴らして追い始めた。


――こっわ! いや、こっわ!


 走る人型骸骨はさながら学校の怪談。本来なら不安や想像力をかき立てるものが目の前に現れるとパニックでしかなかった。


 真澄は来た道を必死の形相で戻っていく。


「無理無理無理! いきなりあれは難易度高いって!」


 入口まで距離はさほどなく洞窟の先に明かりが見えて脚力が上がった。


「ぬふぅ!」


「カタカタカタカタカタ!」


 急な坂に差し掛かって、真澄は金属バットを地上へ向けて放り投げる。空いた両手で起伏を掴み、坂を駆け上がって地上へ転がり出た。


「うおっ、とと!」


 庭でローリングを決めて方向転換。しゃがみ立ちの体勢になって穴と向き合う。ダンジョン内での騒がしさが打って変わり静かになった。


「……本当に出てこれないのか」


 真澄はその場で数分待機したのち、家の横に回り大きな木の板を二枚持ってきた。それで穴を塞いで、さらに庭の隅にあった重い石を転がして板の上に乗せた。


「これでよし……」


――安全とわかっていてもな。


 こうして真澄の初ダンジョンは苦い経験で終わることになるのだった。






 翌日の早朝五時半。まだ慣れない時刻に起床した真澄は寝ぼけ眼に居間へ移動し、縁側越しに穴のあった場所を確認した。


――大丈夫、昨日と変わりなし。


 その後は顔を洗って新しいルーティーンになった弁当作り。朝食は軽く済ませてぽーっとテレビを眺め、時間に追われるように身支度を整えた。


 七時過ぎに家を出て玄関のバイクに乗り込む。バイクは祖父が眠らせていた新聞配達に重宝されるタイプだ。


 真澄は先にフルフェイスのヘルメットをかぶりエンジンをかける。排気ガスが苦手でも移動手段では楽をしたかった。


 敷地内の砂利を越えて道路に入り、広がる畑を横に走行する。平坦な道を緊張したのは初日だけ。自然が多い風景への感動もすっかり日常になった。


 田舎道は三十分ほど続き、そこから徐々に建物が増えるにつれ交通量は多くなる。五十分を過ぎた頃にはこじんまりした駅を出てくる制服姿が横目に見え、軽量のバイクでは速度が出にくい坂をのぼった先に学校が見えた。


 真澄は正門を通り過ぎ裏門へ回って敷地内に入る。駐輪場にバイクをとめてヘルメットを外し、マスクを装着。高校生としての一日が始まった。






「今日お昼は?」


「食堂かなー」


 昼休みになって騒がしくなる教室を、真澄は弁当箱片手に出て行く。残念ながら休日を一緒に過ごす友だち以前に昼食を共にするクラスメイトもいなかった。


 教室での一人飯を避けるため、校内をうろつき見つけた空き教室で昼休みを過ごすのが日課になっていた。


 空き教室に入りパイプ椅子へ座って、簡素な長テーブルに弁当箱を広げて昼食をる。横にスマホを置き調べるのはスケルトンについてだった。


「スケルトンはDランク?」


 ダンジョンで現れる魔物には強さを表す指標としてランクが用いられる。一番上のSランクから始まりAランク、Bランク、Cランク、Dランクと下がっていく。つまり、スケルトンは強さで言うと最低ランクの魔物だった。


「うん、まあDランク内にだって強い弱いはあるはず」


 スケルトンには武器を持った個体がいるものの全てがDランク。素手はより簡単に相手をできると解説されていた。


「……探索者って頭のネジが外れた連中なんだな」


 魔物を相手にするには平均以上の身体能力が必要になる。企業等のバックアップが入るのはその中でも一握り。最悪の場合に命を落とすこともあり、一般人にとっては近くて遠い世界だった。


「対策らしい対策は……載ってない?」


 ダンジョン攻略の名前を冠したサイトは数あれどDランクの魔物は最低限の情報に限られる。その程度は自分でなんとかしろというのが探索者たちのメッセージになっていた。


 十年前はダンジョンへ潜るのに国の機関で厳格な訓練を受けて資格を得なければならなかったが、その二年後にはダンジョンに特化した専門学校の卒業が必要とハードルが下がる。さらに八年経つと自己責任で誰もが自由に利用できる形になった。


 国による安全軽視の姿勢に各所から批判は上がった。しかし、運用が変わって二年。ダンジョンに関連した死者数が交通事故の死者数を遥かに下回っていることもあり、批判は自然と下火になる。それも探索者自身が危険を訴えてきた成果だった。同業者を増やしたくない別の思惑を含んでのことなのだが。


「慣れて恐怖心を薄れさせるのが一番か……」


 真澄は散々な目にあったうえで前向きな考えを口にする。スケルトンがDランクの魔物とわかって、やはり自分にもできるのではと根拠のない自信につながっていた。

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