庭にできたダンジョンにいるスケルトンの様子がおかしい

七渕ハチ

第一章 スケルトンの呼び声

第1話 初めてのダンジョン

「うおおおおお! 追ってくるなあああああ!」


 作業服を着てにライト付きのヘルメットをかぶった少年が洞窟を全力で走る。彼の名前は名郷真澄。最近、祖父の家に引っ越してきた平凡な高校二年生だった。


「カタカタカタカタカタ!」


 その後ろを追うのは人型骸骨の魔物、スケルトンだ。飾り気皆無の丸腰で両手を前に伸ばす様には、どこか必死さが垣間見えた。


「あんなのどうしろって……!」


 真澄が右手に持つのは歴史を感じさせる金属バット。意気揚々とやってきたダンジョンだったが、初めて遭遇するスケルトンに恐怖を覚えるしかなかった。


――ダンジョンって簡単に潜れるもんじゃないのかよ!?


 真澄は息を切らしながら己の浅はかさを後悔するのだった。




 ◇




「暑くなってきたなぁ……」


 よく晴れた日曜日。名郷真澄は自宅の縁側に寝転んで暇を持て余していた。


 引っ越し後に転校を済ませて二週間ばかり。住む場所が学校からバイクで一時間かかる田舎なのもあってか、休日に遊びに行くようなクラスメイトは未だにいなかった。


 不便が多い田舎に越してきたのは空気の良さがあってのこと。元々気管支が弱かったのだが高校への進学で悪化。休み休み通っていたものの進級後に限界を迎えた。そこで昔、度々遊びに来ては元気に走り回れていた祖父の家を頼ったのだった。


「ふわぁ……」


 真澄は盛大なあくびの後にスマホを手にする。動画配信サイトを開いて目を滑らせているとある動画が目にとまった。


「ダンジョンの探索か。発見されたのは俺が小さい頃だっけ」


 ダンジョンが世界に現れたのは十年前のこと。内部には動物と一線を画す魔物が存在し、人に危害を加える事実から世界に緊張が走った。


 当初こそ様々な国が軍事的な組織で対応していたが、地上へ出られない魔物の習性が確認されると次第に落ち着いていく。現在では民間人が気軽にダンジョンを利用できるまでになっていた。


『はーい、今回は新潟にあるダンジョンへきております!』


 動画を再生すると西洋の剣を握った男が元気な声を上げた。周りは深い森で木々の間から明かりが漏れている。ダンジョンには地上と似た自然が広がる場所も珍しくなかった。


 ダンジョンでは特殊な鉱石が見つかる。それらを収入源にする人々は探索者と呼ばれ、魔物との戦いを動画にする配信者も多かった。


「興味はあるけど大変だろうな」


 真澄は動画配信者のテンションについて行けず、画面を閉じてスマホを横に置いた。


「散歩でもするか、っと?」


 じじくささを自覚しつつ立ち上がると庭にぽっかり開いた穴が目に入る。


「なんでこんな場所に穴が……?」


 サンダルを履いて庭に下りた真澄は穴へ近寄り覗き込む。


「えらく深い。これって……」


 直前まで動画を見ていたこともあり、頭に浮かんだのはダンジョンという言葉だった。


「まさかじいちゃんのやつ隠してたのか?」


 真澄の祖父は自他共に認めるダンジョンフリークで、家をほっぽり日本だけでなく世界中を旅する。当然今もおらず、昔ながらの平屋では真澄が一人で生活を送っていた。


「ちょっと待てよ……」


 真澄は再度スマホを手に取り登録されているダンジョンを検索する。


「近くに三か所あるけどここにはマークがない」


 ダンジョンを見つけた場合には国への報告義務がある。一応の調査がなされ、危険と共に資源が眠る観点から個人の土地であっても国に接収されてしまう。その後は大抵が公共物になるため、土地の所有者にとっては補助を含めてもマイナス面が大きかった。


「とりあえず確認するか」


 真澄は軽いノリで行動を決める。どちらにせよ祖父への相談が必要で何より好奇心が勝った。


「この暗さは灯りが必要だ。家に何かあったかな」


 一度家に戻って押し入れなどの収納場所を探し回る。そして、作業服とライト付きのヘルメットに加え、金属バットを持つという格好に落ち着いた。


――防御面は貧弱だけど動画のやつも同じぐらいだったはず。


「よし、行ってみよう」


 玄関で運動に適した靴を履いた真澄は庭へ回る。その場で素振りを試しライトのスイッチを入れた。


 穴の大きさは全長が二メートルほど。進入口は急な坂になっているものの硬い土で崩れる心配はない。加えて所々に起伏があり足を引っかけられるので楽に下りることができた。


「……少し温度が下がった」


 内部は高さが五メートルに幅が三メートルの洞窟。暗闇に灯りが一点だと狭さを感じやすく心細さが独り言に変わる。


「この穴を掘るのはさすがにだし地盤沈下にしては綺麗すぎる」


――ダンジョンで決まりと思って良さそうだ。


 金属バットを握る手に力がこもる。地面と壁をつついて強度を確認しながら一歩一歩、奥へ進む。


 温度が下がったのに反し額へ汗が伝う。遅い歩みは時間を余計に感じさせた。五分、十分、三十分。体感時間が経つにつれ心臓の鼓動が早まった。


「今日はこのぐらいに……?」


 恐怖心が強くなって、ふいにぶれたライトが何かを捉えた。地面に移った明かりが壁を照らしてから正面に戻る。暗闇に浮かび上がったのは人型のスケルトンだった。

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