即オチ幼馴染は、遊園地デートでドキドキ勝負を挑みアラビアンな踊り子となって腰を振る。

 お姫様のような豪奢なドレス。頭に生えた可愛らしい動物の耳。

 見渡せば見渡すほどに、周囲は様々な格好をした人達で賑わっていた。

 まるでせっかちなジャック・オー・ランタンが、ハロウィンを待ち切れなかったような賑わいだ。


 見上げた空が厚い雲に覆われているのが少し残念ではあるが、ウサ耳カチューシャを付けて機嫌良いルコを見れば、来て良かったと思える。


「遊園地なんて久々だなぁ」

「そうでしょうそうでしょう!」


 鼻歌交じりに軽いステップを踏むルコは、白いレースのブラウスに包まれた豊かな胸をたぷんと揺らして自慢げだ。

 まだ入園前だというのに、天気とは対照的にルコの表情は晴れやかである。


「私がチケットを頂いたから、こうしてチケット倍率の高い遊園地に来れたのですよ。感謝してくださいね!」

「はいはいありがとーございました」

「おざなり!」


 適当に拍手をすると、ルコがぷんすか怒り出す。


 こうして遊園地を訪れているのは、ルコが知り合いからチケットを譲り受けたから……らしい。


『どうしても、というのであれば連れて行ってあげますよ?』

『お断りしまーす』

『断らないでください!?』


 家に根付くインドアな僕としては、遊園地なんてアウトドアの定番は乗り気ではなかった。アトラクションに乗るのに数時間並ぶとか考えたくない。


『……ぐす……行ってくれないんですか? ナギサぁ』

 結局、長時間に及ぶねだりに屈してしまったわけだけれど。


「チケットと本人確認をしております!」

「本人確認?」


 そんなのあるのかと思いつつ、受付に見せて、ゲートをくぐる。


「転売対策ですね。チケット購入者以外が使えないようにするためでしょう」

「それって……」

「……? なんでしょうか? 良いことだと思いますけど」

「ルコが納得してるならいいけど」


 不思議そうに首を傾げている。頭良いのにこういう抜けたところがあるから、いざという時失敗するんだ。


 園内に入ると、まるでウサギ穴に落ちておとぎの国に迷い込んだような気分になった。

 異国情緒、というよりもメルヘンチックな街並み。

 ゲート前では奇抜さのあった格好をした人達も、ひとたび園内に足を踏み入れればおとぎの国の住人だ。普通の格好をしていると、僕の方が浮いているかもしれない。


(豪に入っては郷に従え、かな)


 家を発つ時にルコから貰った手の平サイズの小さなシルクハットを頭に付ける。

 すると、ルコがニヤニヤといやらしい表情を浮かべた。


「ふふふ……格好付けさん」

「どゆ意味」

「僕はそんなに楽しみじゃありません~って気取って見せても、内心ナギサも楽しみだったのではありませんか」

「楽しみだったよ」

「嘘です! あんなに嫌がっていましたもん!」

「もん……って」


 子供じゃないんだから。リスのようにルコの頬が膨らんでいる。

 けど、誤解である。


 確かに、遠出は好きではなく、家にいる方が気楽で好きだ。外に遊びに誘われると、どうしても面倒臭さが先に立つ。

 ただ、それと楽しくないかどうかは別問題だ。


「ルコと一緒に出掛けるのは、どこだって楽しみだよ」

「はうっ……!?」


 ルコが真っ赤になって後退る。

 そして、目尻を吊り上げ、悔しそうに睨みつけてくる。


「このっ……卑怯者!」

「えー」


 理不尽過ぎる。

 取り乱していたルコは、一転、不敵に笑う。

 ショルダーバッグをごそごそ漁り、取り出した物を僕に突きつけてきた。


「……スマートウォッチ?」

「勝負ですナギサ!」

「やだ」

「チケットあげたではありませんか!」


 なるほど。勝負を受けてもらうための、先渡しの報酬というわけか。姑息というか、交渉術に長けているというか。

 僕は腕を組んで、うんうんと頷く。ごねる以外の交渉方法にルコの成長を感じて、僕は嬉しい。


「じゃ、帰るわ」

「待ってくださいぃいっ!?」


 ルコが僕に抱き着いて慌てて引き留める。

 凶悪な柔らかさを誇るおっぱいが押しつけられて心地良い。ついつい、踵を返してゲートに向けた足が止まってしまった。色香で誘惑とは卑怯な。


「遊びに誘っておいて、それを交渉の材料にするのはどうかなって」

「うぅっ……だってぇ」


 泣きべそをかく。いつものルコちゃんで安心する。


(得意気な態度をルコが取ると、無性に虐めたくなるんだよなぁ)


 嗜虐趣味はないはずなのだが、最近自分の性癖がよくわからない。気を付けないと。

 お詫びを込めて、勝負とやらを素直に受け入れることにした。


「それで、勝負って」

「……!」


 パァアッとルコの表情が輝く。今泣いた烏がもう笑うとはこのことか。

 ルコは僕から離れる――残念――と、再びスマートウォッチのようなリストバンドを差し出してきた。今度は、僕も素直に受け取る。


「それはドキドキを測るバンドです」

「え……なにその頭悪そうな機械」

「捨てないで!?」


 悲壮な声で止められたので、しょうがなく左腕に付ける。右腕は元々スマートウォッチが付いているので止めた。流石に、ダブルウォッチとかいっぱい付けて喜ぶほど子供ではない。


「そのバンドは心拍数や脈拍といった情報を読み取り、一から百でドキドキを数値化するものです」

「なるほど」


 つまり。


「よりドキドキした方が負けってこと?」

「その通りです」


 僕が理解したのが嬉しいのか、ルコは満足そうに頷いている。


「はわわっ……!?」


 その拍子にウサ耳が外れて慌ててしまう。締まらない子だなぁ。

 デートで勝負というなら、こういうのがわかりやすいか。意外と考えている。


(どうやってドキドキさせようか)


 僕が考えていると、決闘場を指定するように、ズビシィッと白魚のよう人差し指でアトラクションを指示した。


「では勝負です――あのホラーアトラクションで!」


 あ、そういうドキドキなのね。



 ■■


「と゛う゛し゛て゛……と゛う゛し゛て゛ぇ゛…………!」

「はいはい、怖かったねぇ、よしよし」


 即敗北……ルコが。

 最初に乗ったホラーアトラクションは、僕からすれば子供だましというか、ホラーというには可愛らしく、絵本の世界のようで微笑ましかった。

 けれど、ルコにとっては恐怖そのものであったらしい。


『おばけぇえええ――ッ!?』

『落ちる落ちる――ッ!?』

『電気が消えましたぁあっ!?』


 なにかが起こる度、律儀に反応して泣き叫んでいた。アトラクションを制作した人達も、ルコの反応を見れば喝采するだろう百点満点のリアクションであった。


 もちろん、ドキドキ数値は百。こちらも満点だ。

 ちなみに、僕は四十五。アトラクションよりも、ルコの絶叫にドキドキしてしまった。


 それからも、絶叫系やら冒険系やら様々なアトラクションに乗ったが、その都度ルコは満点の反応と数値を叩き出して惨敗だった。


 結果、

「うぅうっ……ぐずっ……ずびっ…………ひっく」

 ベンチに座って僕の膝で泣き崩れているのである。 


「ある意味、心底から楽しんでるよねぇ、ルコは」

「……すんっ、どういう意味でずが?」

「羨ましいなって」


 楽しい遊び場で、楽しく遊べるというのは才能だ。

 僕は一歩引いてしまうところがあるので、感情に任せて楽しむというのは得意ではないから。


(冷めてるから、友達もできないのかなぁ)


 なんて、思っていると、頬に水滴が落ちる。


「あれ……?」

「冷たっ……雨?」


 見上げれば、ぐずっていた天気が決壊したように泣き始めていた。



 ■■


「もういやぁ……」

「天気予報じゃ曇りのままだったんけどねぇ」


 幸い、屋根の下のベンチに座っていたので、濡れることはなかった。

 けれど、突然降り出した雨脚はバケツをひっくり返したかのように激しく降り注ぎ、地面を叩く。


 周囲の人々もこの雨では遊ぶこともままならないようで、屋根のある場所に避難していた。


(これはもうダメかもなぁ)


 楽しみにしていたルコには申し訳ないが、帰る予定を検討し始める。

 すると、可愛らしい耳の付いたレインコートを着た女性スタッフが、雨の中とは思えないにこやかな笑顔でタオルを手渡してくれる。


「もし宜しければお使いください」

「ありがとうございます」


 お礼を言うと、ニッコリ笑って他のお客さんの元へ走っていく。

 なんだか嬉しくなって、僕も笑う。


「良い場所だね、ここは」

「良い場所なんです……」


 僕の膝で落ち込みっぱなしだったルコが、零すように呟いた。


「だから、ナギサと一緒に遊びたかったのに……」


 悔やむような言葉は、雨の音でかき消されてしまうけれど、僕の耳にはしっかりと届いた。

 心の中で、小さな呆れてと微笑ましさが同居する。


(素直にそう言えばいいのに)


 相変わらず難儀な性格だ。

 そんな性格だから、僕の気持ちもちゃんと言葉にしなければ伝わらない。だから、ちゃんと音にする。


「僕はルコと一緒だったら、雨の降る遊園地でも楽しいよ」

「うそぉ……」

「ほんと」


 涙で濡れたラピスラズリの瞳がチラリと僕を見上げる。

 僕がニッと笑って見せると、顔に光が差す。

 目を細めて見上げれば、雲間から柱のように陽光が降り注いでいた。


「天使の階段……」

「綺麗……」


 雲の切れ間から雨のように降り注ぐ光。

 次第に、あれだけ激しかった雨も勢いを弱め、いつしかやんでいた。


 僕の膝から体を起き上がらせ、降り注ぐ陽光を見つめるルコ。

 空のように晴れた表情のルコが、ポツリと言う。


「また……誘います」

「うん」

「…………偶然、チケットが手に入ったら」

「断る」

「なぜ!?」


 驚いて僕の顔を見てくるルコに、いたずっぽく言う。


「次は僕から誘うよ――デートに」

「ふぇっ!?」


 ルコは真っ赤なって悲鳴のような声を上げる。

 僕はベンチから立ち上がると、ぐっと体を伸ばす。


「さぁて。せっかくルコが倍率の高い抽選を潜り抜けて準備してくれたチケットだから、もう少し遊ばないとなぁ」

「バレッ……!? ちょ、ナギサっ!?」


 先を歩く僕の背を、ルコが慌てて追いかけてくる。

 そうだ。と、僕は振り返って、思い出したことを告げる。


「罰ゲームは踊り子のコスプレね?」

「……へっ!?」



 ■■


 翌日。

 僕の部屋には水着のように肌面積の少ない、アラビアンの踊り子の格好をしたルコが、ぎこちない動きで腰を振っていた。涙を流しながら。


「水に流れたと思っていましたのにぃ……」

「もっと滑らかに腰を振るんだよ! 背中を向けて! 腰を突き出して!」


 薄い腰布から見える肌がとても艶めかしい。腰を振るたびに大きなお尻も揺れて、右に左に視線が釣られてしまう。

 煽情的なポーズというのにはあまりにも固いけれど、両腕を上げて垣間見える脇の下から横乳にかけてのラインが情欲を掻き立てる。


「ふえぇええんっ!? なんでこうなるんですか――ッ!?」


 滴る汗と涙が散る、とある週末の出来事だった。

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