即オチ幼馴染は、ラブレターを見つけられてしまい嫉妬の感情が燃え盛る。


 学校から帰ってきたルコは、今日もへとへとだった。

 自由な校風と呼ぶと聞こえはいいが、学園自治のほとんどを生徒、もっぱら生徒会に丸投げしているため、生徒同士のトラブルがあったとしてもほとんど介入しないのだ。


 よって、そういった問題を解決するのは風紀委員ひいては生徒会となる。


「女の子同士の恋に修羅場って……なんて生産性のない」


 演劇部所属の部長に惚れた二人の女の子が、先輩を取り合って大喧嘩。ビンタなんて生易しいモノではない。がっちり固めた拳は出るし、はしたなくも足も出る。男の子が抱く幻想をぶち壊すような、凄惨な争いを繰り広げていたのだ。


 それも、演劇部の部長は一切関与していないどころか、二人とは顔見知り程度だというのだから救いはない。ファンの暴走、一方的な片想い。


 あわや救急車というところで、どうにか場を収められたが、あっちが悪いそっちが悪いと汚らしい罵倒を飛ばすばかりで、喧嘩の理由を聞き出すだけでも苦労した。


 演劇部部長の写真を待ち受けにしているのが気に入らなかった、という理由だけで血で血を洗う争いをしていると聞いた時には、ルコは呆れて言葉もでなかったほどだ。


 その後、二人には揃って停学処分と学内の清掃活動が下されたが、そんなことでくだらない喧嘩に巻き込まれたルコの疲労は消えたりしない。


「嫉妬……というのはかくも恐ろしいものですね」

(私はそんな感情とは無縁ですが)


 なんて、澄ました顔で思いつつ、ルコは鞄からナギサの家の鍵を取り出すと、ドアの鍵を開錠。

「只今帰りました」

 と、我が家のように上がり込む。脱ぎ散らかした靴はそのままに、洗面所で手洗いうがいは忘れない。


 階段を上がり、ナギサの部屋に突入。


「む……いない」


 ルコの部屋とは違い、物の少ない整理整頓されたナギサの部屋にあるじはいなかった。

 机の上に学生鞄が置かれているので、帰って来てはいるらしい。買い物にでも出かけたのだろうか。


「出迎えもしないとは、なんて怠慢」


 貴族のお嬢様のようなわがまま文句を呟くと、床に鞄を置く。そのまま、ナギサのベッドにダイブしようと構えて、ふと、視界の端に気になる物を見つける。

 机の上にピンク色の四角いなにか。


「なんでしょうか」


 女の勘だろうか。

 つい気になってしまい、机の上のそれに手を伸ばす。

 それは手紙であった。ピンクの封筒に、赤いハートのシールが貼られた可愛らしい手紙。


「……」


 とても嫌な予感。

 裏側を見ると、そこに書かれていたのは、


 ――親愛なる白浜ナギサ先輩へ――


「こ、こ、これは……ッ!?」


 まごうことなき、ラブレターであった。



 ■■


「ルコー。靴ぐらいちゃんと整え――」

「ナギサッ!!」

「うわっ……なに?」


 部屋に戻ってくるや否や、飛び掛からんばかりの勢いでルコが迫ってきた。

 顔は赤くなり、腰に手を当てている。

 見るからに怒っていた。


(なに? なんかした僕?)

 怒りたいのは、玄関の惨状を見た僕なんだけど?


 そんな僕の内心なんて一切無視で、ぶつかりそうな勢いで手を突き出してくる。


「どうしたの……って、それ」


 ルコが手に持っている可愛らしい手紙を見て、あ~と内心納得した。

 そして、失敗を悟る。


(机に置きっぱなしだったかぁ)


 帰ってきてから読もうと置いておいたのが失敗だった。ルコが来ることを失念していた。


 むすっと不機嫌そうなルコ。なぜ、怒っているのか理由をなんなーく察した僕は、ちょっとバツが悪くなり顔を逸らした。

 その態度が良くなかったのか、ルコの表情が増々膨れっ面になっていく。もはやフグだ。


「これはどういうことですかッ!?」

「どういうって……ラブレター? 多分」

「多分ではありません! どこからどう見てもラブレターでしょう、これは!」

「いやでも、中身見てないし」

「見ないでもわかります!」


 ルコが手紙を穴が空きそうなほどに睨みつける。鬼の形相だ。


「ピンク色の女を感じさせる便箋」

「いや、女って……」

「私の心をあげますとでもいうような、ハート型のシール」

「そこまで考えてないよ、きっと……」

「そして、微かに漂う甘い香水の匂い……ナギサの心を射止めようとする卑しい女の香りですよ、これは!」

「犬かなにかなのかな? 君は」


 香水なんて気が付かなかった。目の付け所……というか、鼻の嗅ぎ所が違う。


「どこでこんな物貰ってきたんですか!?」

「拾い食いしたような物言い……」

「お腹壊しますよ!」

「食べてない」


 僕は嘆息する。こうなる気がしたから、ルコには見せたくなかったのに。

 とはいえ、見つかってしまったものはしょうがない。僕は正直に説明することにした。


「下駄箱に入ってたの。それだけ」

「下駄箱……ですってッ!?」

「なんで衝撃受けてるの?」


 驚く要素皆無だったけど?


「そんな古風な渡し方でナギサの印象に残そうだなんて……送り方で誠実さと奥ゆかしさを出そうとでも? うぅっ、やりますね」

「深読みし過ぎでしょう」


 なんというか、今日のルコはやたらテンションが高い。後、妄想が酷い。

 たかだかラブレター一つ貰った程度で、驚くようなものじゃないだろうに。


「ルコだって貰ってるでしょ」

「女の子にですけどね!」


 泣きそうな顔でルコが叫ぶ。

 生徒会という目立つ立場で、尚且つ秘書然とした肉感的な美少女だ。学園でお姉様、お姉様と慕われているのは良く聞いている。

 時折、ラブレターを貰ってきては、やるせなさそうにため息を付いているのをたまに見る。


 ルコが張りのある声で主張する。


「私の貰うのは親愛!」

「本気かもよ?」

「止めてください考えないようにしてるんですから泣きたくなります」


 目尻に涙がこんもり溜まり始めたので、大人しく口を噤む。

 ルコがビシリッと手紙を指し示す。


「ナギサが貰ったのは乙女の恋心!」

「可愛い表現だね」

「黙ってください可愛いとか言わないでください!」


 さっきから注文が多い。


「つまり、私の貰う手紙とナギサの貰う手紙では意味合いが地球から月ぐらいまで違うんです」

「どれぐらい?」

「384,400km!」


 即答。

 凄いな。有名なこととはいえ、咄嗟に出てくるとは。

 僕が小さく拍手すると、キッと目尻を吊り上げる。


「茶化して誤魔化そうとしない!」

「はい」


 バレた。

 正直、この手の話題はあまり触れられたくない。


(どうしようかなぁ)


 ルコの意識を逸らせるものはないだろうか。スカートを捲るとか? うーん、幼稚に過ぎる。

 なんて、話題を逸らす気満々の僕だったけれど、なにを考えたのかルコの勢いがしゅんと萎んだ。なにやら言い辛そうに口をもごもごしている。


「その……ナギサはこういうのを頻繁に頂くのですか?」

「たまに?」

「――ッ!?」


 ルコは青褪めて、言葉を失う。

 よろよろと数歩下がると、足がベッドにぶつかりポフリと大きなお尻が落ちた。


「、……そ、そうなんですか。な、ナギサはモテるんですね?」

「いや? 全然」

「会話の前後が繋がっていませんよ!?」


 途端、火炎瓶でも投げられたかのように燃え上がる。情緒がゆらゆらし過ぎだ。


「ラブレター貰ってるんですよね!? 大量に!?」

「時たまね」

「それはモテているということではないんですかッ!?」

「そんなこたーない」

「意味がわからない!」


 キャパティシィオーバーらしい。頭を抱え込んでベッドに倒れ込んでしまった。今日もファブらねばならぬなぁ。

 なにやらルコは納得していないけど、僕からすればこれをモテているとは言いたくない。


「だって、僕、友達いないよ?」

「……それは、なんというか…………ぼっち?」

「慰めの言葉じゃないんかい」


 何の確認作業だ。


「話しかけてもしどろもどろだし、遠巻きに見てくるのに話しかけてこないし」

「……ん?」

「黒板消してると慌てて取り上げられるし、日直は誰かが代わりにやるし……なんか距離置かれてるんだよね。嫌がらせではないけど……嫌われてるのかなって」

「それは、嫌われてるというよりは、むしろ好かれ過ぎ……いいえ。気にしないでください」

「そう?」


 好かれているという雰囲気ではないのだけれど、どうなんだろうか。


「モテるっていうのは友達の多い人気者のことだと思うから。なんか、違うんじゃない?」

「いえ……ええ。なんと言いますか、ナギサの学校生活が少々気になりますが、いいです。はい」

「そっかー」


 納得してくれたようでなによりだ。

 持って回した言い方が気になるけれど、色恋の話が終わるならそれでいい。ほんと、ルコとこんな話するなんて居たたまれないから。


「返してね」

「あ」


 ルコが握っていた手紙を取り上げる。

 シールは……剥がされた形跡はない。ちょっと嬉しくなる。


「読んでないんだね」

「む、それは失礼ですよ」


 ルコの眉が逆八の字を描く。


「いくら気になるからとはいえ、女性が想いを込めてナギサにしたためた手紙です。それを、関係のない私が興味本位で読んでいいはずがありません」

「そっか」

「内容はとても気になりますしたけど。ちょっとなら開けてもいいのではないでしょうか? 透かして見えないでしょうか? なんて、ことは考えただけで行動には移してません」

「考えたんかーい」


 素直なことだ。

 ケラケラ笑うと、不貞腐れたように唇を尖らせ、ルコは枕を抱いて背中を向けてしまう。


 僕は微笑ましい物を見るようにしてから、丁寧に便箋の封を開ける。

 中から出てきたのは可愛らしい花柄の手紙。そして、丁寧に書き記された綺麗な文字であった。


「……」

「…………読むんですね?」

「当たり前」


 女の子からの手紙であっても。

 どれだけ疲れていても。

 送ってくれた相手の想いに、一つひとつ向き合う幼馴染をずっと傍で見てきたんだから。


「告白するのには大きな勇気がいる……なんて、薄っぺらい言葉に聞こえるけどさ、その大変さはわかるつもりだから。せめて、真摯に受け止めないとね」

「そう……ですか」


 なんとも言えない、ルコの気配を感じる。

 気になり、首だけ回して様子を伺うと、偶然ルコと目が合った。気まずげに顔が逸らされると、普段の強きなルコからは想像できない、弱々しい表情を見せる。


「……ナギサは、その………………なんでもありません」


 枕に顔を埋める。僕は心のくすぐられる反応を見て笑う。


「告白受けたら嫌?」

「――……ッ!? な、ナギサは……っ」


 驚いたように体を起こしたルコが、大きく目を見開いて僕を見てくる。

 ただ、僕の顔を見ると驚きもすぐさま萎んだのか、逃げるようにぐるりと背中を向けてしまう。


(答えてくれないかな。ちょっと残念)


 そう思っていると、再び手紙に向き直ると、小さな小さな音が僕の鼓膜を静かに、けれど心は大きく震わせた。


「……嫌…………」

「……うん」


 きっと、今の僕は人に見せられない顔をしているだろう。

 震えそうになる声をどうにか整え、僕は言う。


「なら、断るよ」

「はい」


 短い応答。

 それだけ交わして、日が沈み切るまで会話のない、静かな時間を過ごした。

 けれどその時間は、ここ最近で最も穏やかな時間でもあった。

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