修と琴音とお出掛け

 体育祭を終えて数日が経過した。

 九月なのでまだまだ暑く、ちょっと外に出ただけでも汗を掻いてしまうのは変わらない。

 まあ夏本場の暑さに比べたら少しマシになったものの、それでもとにかく暑い。


「まさか絢奈がねぇ」


 俺が思い浮かべるのは生徒会長になっても良いかもしれない、そう言った絢奈の言葉だった。

 俺が彼女を手伝うという前提条件ではあるものの、伊織が完全に諦めていたことを絢奈が考えてくれるというのは少しばかり大きな事件みたいなものだが……まあ今から考えたところで仕方ないんだが。


「あれ、斗和?」

「……あ」

「うん?」


 今日は一人だけの休日ということで適当に買い物でもしようかと思っていたら、聞き覚えのある声に振り返る。


「修に……琴音ちゃんか」


 そう、修と琴音の兄妹だった。

 修はすぐに駆け寄ってきたが琴音は当然そんなことはなく、以前に話したとはいえ気まずそうに顔を背けた。


「どうしたんだ? 散歩か?」

「うん。琴音が散歩したいって言ったからさ」

「仕方なくってこと? 酷いなぁ修は……なあ琴音ちゃん」

「ちょっと!?」

「……えっと」


 おや、こういう絡み方は流石にまだ早かったか。

 ただ琴音は俺を見ても嫌悪感を滲ませた表情は決して見せず……まあ俺が意味不明な絡み方をしたからだが。

 それでも琴音は一呼吸を置いた後、そっと俺の前に立って頭を下げた。


「……今までごめんなさい」


 消え入りそうな声だったが、俺には確かに彼女の声は届いていた。

 チラッと修を見ると感動したように瞳を潤ませており、このシスコンがと揶揄いたくなったがそれよりも俺は琴音に対して言葉を返す。


「良いってことさ。何も気にしていないって言ったら噓になるけど、ちゃんと謝ってくれただけで何も言うことはないから」

「……うん」


 顔を上げた琴音は不安そうにしながら恰好の付かない笑みを浮かべている。

 そんな彼女を見ていると何度か向けられた嫌悪の眼差しと言葉が脳裏を掠めるが、俺としては心底どうでも良い。


「なんつうか……悪くないな」

「そうだね。でも僕としてはずっと気付けなかったことだから……って、済んだことを気にしちゃダメだよね。原因の一旦でこう言うのもどうかと思うけど、斗和は望まないでしょ」

「モチのロンだ」


 済んだことをいつまでも気にするような人間ではないつもりだ。

 そもそも前に進んだことだし……さて、これで残る俺たちは全員が過去から前に進むことが出来た……俺たちはまだまだガキだけど、こんな風にみんなで歩き出せたんだと思うと本当に感慨深い。


「斗和はこれからどうするの?」

「適当に買い物しようかなって思ってたけど、なんだかんだもう昼か」

「そうだね。一緒に昼食とかどう?」

「良いのか?」

「僕は構わないよ。琴音は?」

「私も大丈夫!」


 それなら……せっかくだしお邪魔するとしよう。

 修と琴音の二人と並んで歩くのが新鮮な気持ちにさせてくれたが、それ以上に俺たちの間に会話は尽きない。

 最初は遠慮がちだった琴音も、自分から俺に対して話を振ってくれるようになったことも大きな進展だ――そして、訪れたのは中華料理が美味しくて有名な店だ。


「中華は久しぶりだなぁ」

「僕も久しぶりかな」

「私は友達と良く来るよ。激辛で頼みたいのがあるの!」


 激辛……ちょっと興味があるな。

 店に入って三人だと店員さんに伝え、丸テーブルを囲むように俺たちは座る。


「ご注文を賜りますね」


 さて何にするか……まあ、久しぶりだしメジャーな物でいいや俺は。


「俺は五目炒飯と餃子で」


 辛い物はやっぱり今度にしよう。


「僕は醤油ラーメンと餃子」

「私も五目炒飯と麻婆豆腐の激辛レベル四で」


 激辛レベル……あぁこれがその辛い奴なのか。

 それからメニューが運ばれてくるまで、また止まらない会話を繰り広げた後、ようやく料理が運ばれてきた。


「……匂いヤバくね?」

「そうかな? 凄く美味しそうだけど」


 確かに全部美味しそうだ……美味しそうだが、琴音の前に置かれた麻婆豆腐は真っ赤なマグマに見えるほど……大丈夫なのか?


「いただきます」


 別に俺が食べるわけでもないし、気にしても仕方ないか。

 とはいえやはり俺自身料理を口にしながらも琴音の反応は気になるため、チラチラと見ては修が笑っており、琴音はそんな俺の視線を気にすることなくパクパクと食べ進めていく。


「美味しい♪」

「……………」

「気になるの? じゃあちょっとあげるよ」

「……おう」


 一緒のスプーン……まあいいや。

 俺は少量を掬い上げ口に近付ける……まだ口の中に入っていないのに、匂いだけで頭がちょっとおかしくなりそうだが、俺は勇気を振り絞ってパクっと口に入れた。


「っ!?」


 無事に、俺死亡。


▽▼


「……くっそ酷い目に遭ったわ」


 修と琴音の二人と別れ、俺は改めて買い物をしていた。

 まだ少し舌がピリピリしている感覚が残っており、安易に激辛料理は食べるものじゃないと勉強になったわマジで。


「でも……楽しかったな」


 親友とその妹……そうだよな。

 もう胸を張って修のことを親友だと言えるし、琴音のことも心から親友の妹だと思うことが出来るんだ。


「それに修も協力するって言ってたしな」


 それとなく絢奈の生徒会長のことを話してみると、出来ることがあるなら協力したいと修も言ってくれた。

 ……というかこれ、あれじゃないか?


「まるで外堀を勝手に埋めていってる気もするな……」


 改めて考えた時、やっぱりやらないと絢奈が言っても外堀は既に埋まってそのままというのも考えられるけど……そうなったら俺が支えれば良い。

 これから先どうなるか、それが本当に楽しみで仕方なかった。

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