流石に破廉恥すぎでは?

 俺の手を掴んだ彼女――白鳥結愛と名乗った子に俺は困惑していた。いきなり手を掴まれたこともそうだし、いきなり名乗られたことにもビックリした。


「ちょ、ちょっと結愛! アンタいきなりどうしたのよ!」


 隣に居た子が彼女……白鳥さんにそう言うが、白鳥さんはその声が聞こえていないかのように俺を見つめ続けている。……何と言うか、こういう場合どういう反応をすればいいのだろうか。普通に自己紹介をしてもいいのだろうけれど、背後からゴゴゴッと恐ろしい何かを感じる。


「ふふ、さあ斗和君。これから水着を買いに行くのですから急ぎましょう?」


 顔は笑っている、でも目が笑っていなかった。俺を見つめる目は優しいのだが、一瞬でも白鳥さんに目が向いた時は鋭くなる。絢奈の言っていることも尤もだ。俺は白鳥さんの手を掴まれている手とは反対の手で握って優しく離した。


「……あ」


 白鳥さんの切なそうな表情と共に零れた声、別に鈍感なわけではないからその表情の意味も分かってしまう。斗和の察知力なのか、或いは俺自身が単にそう感じたかは分からないけれど。


「本当にありがとうございました! ほら結愛も!」

「……っ……ありがとうございました!」


 頭を下げた二人に手を振って俺は絢奈と一緒に歩き出す。ただその間、ずっと背中に視線を感じ続けていたのは……俺の気のせいかな。

 二人からある程度離れると、絢奈が頬を膨らませて俺の腕をガシっと抱いた。


「斗和君の優しさは良い部分ですし素敵なことです。でも私以外の女の子を落とそうとするのはいけません!」


 そのつもりは全くなかったんだが……ただああいうのを見て見ぬふりをするのも嫌だったからな。絢奈自身こうは言っているが、すぐに笑って表情を柔らかくする。


「まあ私はそんな斗和君を好きになったんですけどね。カッコいい彼氏さんを持つと大変です」

「それは俺にも言えることだけどな」


 そっくりそのまま言葉を返すなら、俺もこんなに美人な彼女さんを持つと大変そうだということだ。これから先、もっと成長した時絢奈は更に綺麗になるんだろう。そうなると俺が居たとしてもちょっかいを出してくる人が少なからず現れるんじゃないかって予感がしている。


「……………」


 腕を組んで辺りを見回している絢奈を見つめてみる。

 ゲームで見せた裏の顔もそうだし、こうして一緒に過ごしていても分かることだけど絢奈は本当に色々な意味で強い子だと思っている。もちろんそう言った強さだけでなく、甘えてくる愛らしさもまた彼女に夢中になる点とも言えるだろう。


「斗和君?」

「……なあ絢奈」


 絢奈と一緒に居るのが最早日常の一部と言った感覚ではあるけど、時々絢奈に甘えたくなる瞬間ってのはある。体育祭の準備もあるし、何より立花の件もあって少し疲れていたみたいだ。


「今日買い物が終わったらうちに来るんでしょ?」

「そのつもりですよ。どうしましたか?」

「家に帰ったら思いっきり甘えてみていい?」


 冗談交じり……というわけでもないのだが、そう言った瞬間絢奈が凄い顔をしてバッと俺の顔を覗き込んできた。その勢いに俺は少し引いてしまったが、絢奈は俺が口にした言葉を再確認するように呟く。


「甘えてもいいか、そう言いましたか?」

「……お、おう」


 改めて肯定すると恥ずかしい、そんな頷いた俺を見て絢奈は満面の笑みを浮かべた。


「そんなの許可を取る必要なんてないですよ! いつだって私は斗和君の傍に居るんですから、斗和君の好きな時に甘えていいんです!」

「……そっか。それじゃあ今日帰ってから甘えさせてもらおうかな」

「ぜひぜひ! それではパッと水着を買ってすぐに帰りましょう!」


 水着を買うのが目的のはずなのに、もう絢奈は家に帰ることが目的に切り替わったらしい。さっきのやり取りで見せていた嫉妬の感情はもうそこにはなく、心の底から今を楽しむ絢奈がそこに居た。

 グイグイと引っ張る絢奈に連れて行かれるように去年も来た店の水着売り場へ到着した。あれから一年が経っててこの場所に慣れる……わけがないよなぁ。絢奈が買うとはいえ女性の水着売り場に足を踏み入れるのは少し戸惑ってしまう。ただ辺りを見回せば俺たち以外にもカップルが居て少し安心はしたけど。


「う~ん、どれにしましょうか……」


 手に取って見ている絢奈を眺めていたその時、俺は肩をポンと叩かれた。


「っ!?」


 いきなり肩に手を置かれれば誰だって驚くのは当然だ。勢いよく振り返った視線の先に居たのは俺と絢奈にとってもある意味で身近な存在だった。


「ふふ、ごめんなさい。驚かせたかしら」

「会長……」

「本条先輩?」


 そう、そこに居たのは生徒会長こと本条伊織だった。俺を驚かせた自覚があるのかペロッと舌を出している。どうして伊織がここに……なんて思ったけど水着を買いに来た以外になさそうか。だって黒のえっちぃ水着を持ってるし……っていうかそれもう紐じゃね?


「あら、雪代君はこの水着が気になるのかしら」

「はい。そういうタイプがあるのは知ってますけど流石に……って思いました」


 特に隠すことでもないので素直に口にすると、伊織は目を丸くした。


「素直に分析されてビックリしたわ……去年の修君は顔を真っ赤にしていたのに」


 へぇ、去年は修と一緒に水着を買いに来たのか。その辺のことは把握してないし、修自身のプライベートなことなので聞こうとは思わないけど……ふむ、ゲームではそんなシーンに関しては回想すらなかったと思うしなんか新鮮な感覚だ。


「本条先輩、流石にこの水着は破廉恥すぎでは……」

「じょ、冗談よ買わないってば! ちょっと見知った顔が居たからどんな反応するのか気になっただけなの!」


 伊織の言葉に絢奈がスッと目を細めた。


「それはつまり、斗和君を誘惑する気持ちが少しはあったという解釈でよろしいです?」

「だからそんな意図はないってば! ……ねえ音無さん、その目やめてくれる? あなた普通に人が殺せそうな目をしているわよ?」


 二人のやり取りに苦笑しながら俺はチラっと辺りを見回してみる。色々な種類の水着があるわけだけど……ふむ、去年は絢奈の黒髪とは正反対の白い水着だった。白はどんな色にも染まっておらずただ純粋に綺麗というイメージだ。ただ言わせてもらえば、どんな色も似合うと思うんだよな。


「ちなみに本条先輩が水着を買いに来たのはどこかに出かける予定があるからですか?」

「ほら、新しくオープンした施設あるじゃない? あそこのプールに友達と行く約束をしたの」

「あ、私と斗和君もそこに行く予定なんですよ」


 二人の会話を聞きながら俺は偶然近くにあった鏡に目を向けた。その鏡は俺と絢奈、そして伊織の三人を写している……そんなただの鏡のはずなのに、俺は一瞬目を疑う光景を見たのだ。


「っ!?」


 本当に一瞬だ。刹那の一瞬、楽しそうに話している二人の姿が変わった気がした。白い液体を体に浴びている伊織と、そんな伊織を見下ろすフードを被った絢奈の姿が……見えた気がしたんだ。


「……なんだ今のは」


 思わず声に出しながら目を擦ると、もうその光景は見えなくなっており楽しそうに話す二人の姿が。


「斗和君?」

「雪代君?」


 どうやら俺の様子を変に思ったらしく二人が声を掛けてきた。俺は何でもないと言って首を振った。伊織とは暫くそれから話をして別れ、ようやく絢奈が水着を選ぶ時間がやってきた。とはいっても、既に候補は決めていたらしい。


「去年は白でしたけど、今年は敢えてこの黒でいかかでしょうか。フリルも付いてて可愛いと思うんですけど」

「いいんじゃないかな。大人っぽくて絢奈に似あ――」


 似合うはず……そう言おうとした時、するりと脳に入り込むように声が聞こえた。


『楽しそうですね』

「っ!?」


 思わず振り返る。

 当然のことながら俺の後ろには誰も居ない。少し離れた場所に利用客が居るくらいで俺に話しかけた人はどこにも居ない。……なんだ、今の声は。


「斗和君? 大丈夫ですか?」

「あ、あぁ……」


 疲れてるのかな……せっかくの絢奈との買い物なのに心配させてしまうのはダメだ。俺は小さく頭を振って笑みを浮かべた。


「最近忙しかったからなぁ……やっぱり疲れてるのかも」

「ふふ、そういうことならさっき斗和君が言ったように早く帰って甘えさせてあげないとですね」

「……覚えてたのか」

「当然です。私は斗和君の彼女なんですから!」


 自信満々に大きな胸を揺らしながら絢奈がそう口にした。

 それから絢奈が試着室に入り、手に取った水着を着てくれたのだが……とりあえず一言言わせてもらうと凄く良かったです。

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