【書籍化】主人公の好きな幼馴染を奪ってしまう男に生まれ変わった件
みょん
時にあり得ないことが起こることもある
【僕は全てを奪われた】
こんなタイトルのゲームを知っているだろうか。
名前から察せる人もいるだろうがこのゲームは所謂十八禁のエロゲーである。
一人の平凡な主人公を中心にして描かれるお話であり、彼の周りに集まる女性陣たちがそれぞれ別の男に奪われるという何とも言えないドМ向けのシナリオだ。
普通のゲームだとこういったシナリオのヒロインは一人くらいが当たり前なのだがこのゲームに登場するヒロインはなんと五人もいる。
幼馴染、妹、後輩、先輩、母親と……正に色んなタイプの層を狙っていると言っても過言ではないラインナップだ。
序盤はヒロインたちとの仲が良さげで幸せそうな場面を描き、それから徐々に暗雲が立ち込め寝取られのお約束とも言うべき展開が堂々と幕を開けるのだ。
美麗なイラストや名声優たちの演技、美しかった女性陣たちが無様に堕ちていく様はかなりの人気を博し一時期SNSでも話題になったほどである。
特にメインヒロインでもある幼馴染枠、
その理由は何故か、それは他のヒロインたちと違い絢奈のHシーンの少なさにある。
その数はなんと一回だけしかない。
他のヒロインたちが寝取られていく中、絢奈だけはそんなシーンは全くなくずっと主人公の傍に居た。
パッケージの中心に絢奈は描かれており、幼馴染という寝取られモノでは真っ先に奪われる定番の位置だというのに彼女のそんなシナリオは微塵もなかった。
まさか最初から絢奈はヒロインではなかったのか、はたまた寝取られモノというジャンルに新しいメスを入れる救済キャラなのか、そんな感想をプレイヤーたちは抱いたはず。
しかし当然のことながらそんな感想も物語終盤に進めば消し飛ぶこととなる。
前述した一回きりのHシーン、たった一回のシーンなのに既に絢奈は堕ちきっていたのだ。しかも幼い頃から仲が良かった親友でもある男にである。
お弁当を作ってくれるし登校する時も下校する時も常に絢奈は居た。
休日に時間が会えば出掛けるほどに仲が良かった女の子であり、主人公が恋をしていていつ告白しようかとさえ考えていた女の子だ。
そんな好きだった女性が既に別の男のモノだったとは……その時の主人公の気持ちは想像するに難くないものだろう。
周りから女の子の姿が消え、快楽に堕ちた薄汚い姿を見せられメンタルがボロボロだった矢先に絢奈のそんな姿が描かれ、そこでゲームはエンディングに向かうという主人公にとって全く救いのないものであり、そんな主人公と同じように多くのプレイヤーが心を折られたのだ。
寝取られモノというありふれたジャンルでありながら最後の最後まで堕ち描写がなく、結局は奪われてしまう美しい幼馴染……奇しくもそんな一回きりのヒロインが人気投票で一位を獲得するという快挙まで成し遂げたことから、音無絢奈というキャラは意外なほどの人気を誇り、エロゲとは関わりが特にない絵師でさえも描く人が現れるという人気だった。
「……ふぅ」
誰に語るわけでもないのだが、己の頭の中で語り終えた俺は一息吐く。
今俺が居るのは学校に向かう通学路、そこで俺はとある二人を待っていた。
スマホを弄りながら時間を潰していると視界の向こうから一組の男女の姿が見えた。
二人は俺を見つけると小走りで駆け寄ってくる。
手を伸ばせば触れられるほどの距離に近づいたところで二人が声を掛けてきた。
「待たせてごめんね」
一番に声を掛けてきたのはなよっとした男子、
「遅くなりましたね。ごめんなさい斗和君」
次に声を掛けてきたのは美しい女子だった。
長い黒髪はサラサラと風に揺られ、優し気な眼差しは真っ直ぐに俺という存在を映している。
服の上からでも分かる豊満な膨らみはその辺りを歩いている男の視線を集め……っと、こういっては悪いが隣に立つ男子と並ぶと圧倒的に釣り合わないほどの美少女だった。
彼女の名前は音無絢奈、そう、あの音無絢奈である。
なんとビックリ、先ほど俺が語ったエロゲのヒロインと同じ名前であり同じ容姿なのだ……まあここまで言えば後は分かるだろう。
そう、俺は気づけば転生……いやこの場合は憑依とも言うのだろうか。
暫く前、朝目が覚めた時に俺はこの体になっていた。
その瞬間は当然のことながら混乱はしていたが、その混乱もすぐに収まってしまった。
普通ならパニックになってどうしようもないはずなのに、妙に今の俺は受け入れてしまっている。
それが怖くもあったがもうほとんど気にならなくなってしまった。
まるでそれこそが世界の意思のようなものだと感じさせるが今の俺にそれを知る術はない。
全く別の人間になりはしたが日常生活は問題なかったし、どんな風にこの体の人物が過ごすのかも何故か頭が理解しているので本当の意味で順応できた。
そしてこの世界が【僕は全てを奪われた】の世界であることも理解し、俺が誰であるのかも嫌でも理解できてしまった。
「それじゃあ行きましょうか斗和君」
「……あぁ」
絢奈にそう言われ俺は足を動かす。
絢奈が口にした
このエロゲの世界において音無絢奈はヒロインであり、佐々木修は主人公だ。そして俺、
「どうしたんだ?」
「どうしました? 何か顔に付いています?」
ジッと絢奈の顔を見てしまったせいで不思議そうな顔をされてしまった。俺は何でもないよと告げて少し足早に学校に向かおうとする。
そう、雪代斗和。
それは主人公の親友であり、その主人公の最愛でもある音無絢奈を寝取る男の名前だ。
どうしてこうなったんだろうか。
神様、転生でも憑依でもどっちでもいいけれど、こういうのは普通剣と魔法とかの異世界じゃないんですかね。それがよりにもよって寝取られジャンルのエロゲで間男って俺に何を望んでいるんだ。
「斗和君! 置いていかないでください! ほら、一緒に行きましょうよ」
そう言って絢奈は優しく手を繋いできた。
お前、そういうところだぞ。っと言いそうになったところで何とも言えない顔をしている修の姿が見えた。その修の顔を見るとゾクゾクと快感が走り抜ける……やはりこの体は雪代斗和だなと認識した瞬間だった。
別に俺は寝取りの趣味はない。
絢奈の望まないことをするつもりはないし、わざわざ親友でもある修を苦しめる必要もないだろう。シナリオが動き出すのは高校三年になってから。まだ俺たちは二年なので一年近くある。その間妙な行動をしなければ大丈夫だろう……他のヒロインは知らないけどね。
「……ふふ」
俺の顔を見て何故か機嫌が良さそうになる絢奈……思えばこれが一つの疑問だ。
どうして絢奈はこの時期の俺に対しこんなに距離が近いのか。今までの記憶を持たないからこそそれだけが疑問として残り続けている。それが分かるのはいつの日か、早くそれを知りたいなと思いながら俺たちの通う学校に向かう。
「斗和なんか考え事してるみたいだし先に行こうぜ絢奈」
「あ! ちょっと修君待ってってば」
ちょっと歩くペースが遅かったか、無理やりに修は絢奈の手を引いて走って行ってしまう。残された俺はそんな二人の後ろ姿を見て青春だなぁなんて呑気に考えていた。
「……聞き間違えだよな?」
修が絢奈の手を握って走り出そうとした一瞬、絢奈が舌打ちをしたような気がしたが……うん、きっと気のせいだろう。学校ではクラスのアイドルのような存在でもあるし、見た目とその性格から女神のようだとも言われる絢奈だ。そんな絢奈が舌打ちなんてこと絶対にしないだろうし。
「っとと、俺もさっさと行くか」
鞄を肩に掛け直し、二人を追うように俺も走り出すのだった。
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