第05話 終わり良ければ総て良し/Rhythmic.ver 

 ああ、勿体無い、勿体無い。諦めの悪さは、悪人の本性だった。


 「あの侍、仕留めたよなぁ」

 「ああ、いいもの着けたぜ」

 「亡骸はあのあたりにあるんじゃないか」

 「ああ、明るくなったら、探しに行こうぜ」

 「それまで、飲むとするか」

 「いいねぇ」


 落ち武者狩りたちは、釣果を待ち望むように日が明けるのを酒を浴びながら待っていた。そこへ小屋の扉を叩く音がした。


 「誰でぇ」

 「喜之助はんから旅の土産話にと紹介されてきやした」

 「長老から…まぁ、入れや」

 「へい、おおきにぃ。皆さんでこれを」


と、旅人が差し出した酒を見て、落ち武者狩りの中村長兵衛らは怪訝な顔から満面の笑みに変わった。それからは、長兵衛らの自慢話を聞かされ、光秀の下りになった。


 「…そこでだ、竹藪に隠れ、侍が目の前に差し掛かった時、えいやって、竹槍を奴の左脇腹に突き刺してやったのよ。そしたら、馬から落ちやがってよ、それをきっかけに近くの侍たちが刀を抜いて、襲いかかってきやがって、これはやべぇって、命さながら、逃げ帰ったってわけよ」


 続けて長兵衛の仲間が話に割って入ってきた。


 「でも、あの鎧、豪華だったなぁ。ほんま、惜しいことをしたぜ」

 「そうですかい、光秀様をおやりになすったのは、おめぇさんたちですかぇ」

 「そうだとも…俺様たちだぁ、あはははは」


 それを聞いて、旅人は確信を得た。


 「者共、光秀を討ったのは、この者たちに相違ない、かかれ~」


 旅人の正体は、間宮蔵三こと閻魔会の植野長七郎が手配した腕利きの元侍だった。間宮蔵三たちは普段、長七郎の護衛を任されていた。間宮蔵三の号令と共に、元侍たちが怒涛の如く小屋に流れ込み、それはそれは、あっという間に、落ち武者狩りたちを抹殺した。南無阿弥陀仏。

 

 時は、天正10年6月13日、深夜未明のことだった。


 主なき明智隊陣は、近江の坂本付近まで来ていた。雨は上がり陽射しが射すにも関わらず笠を被ったままの光秀に不審を抱いた木崎一之進は、同時に護衛に追随していた溝尾茂朝と小暮時三郎もいないことに胸騒ぎがし、断りつつ馬上の者の笠を取って驚いた。何かがあったと悟った一之進は、


 「光秀様は疲れておられる、どなたも近づかず、気を使うべからず」


と、言い放ち、隊に休息を取らせ、信用できる者を連れて、来た道を戻った。

 一方、斎藤利三は、半蔵の策と光秀の影武者が京都の小栗栖付近で未明に落ち武者狩りに会い絶命したを聞かされた。

 これで迷いが吹っ切れた。あの時、半蔵らの策に委ねた決断に今は何の躊躇いもない。後は、事後処理を行うことを「我が使命よ」と心に決めていた。

 半蔵から影武者の亡骸がある場所を聞き向かうと、話とは異なる状況がそこにはあった。そこへ不審に思った明智隊の一部がやってきた。


 「あの馬は…」

 「敵方やも知れぬ、心してかかれ」


 驚いたのは、木崎一之進だった。そこにいたのは、重臣の斎藤利三であり、手には布に包まれた生首を抱えていた。さらにその傍らには、溝尾茂朝と小暮時三郎の首筋を切られた状態で横たわっていたからだ。


 「こ、これは…」

 「見ての通りよ」

 「…」

 「三人の亡骸を運んでくれ」

 「そ、その首は、まさか光秀様か」

 「そうだ」


 それを聞いた木崎一之進たちは、その場に座り込み、悔しさと虚しさで、膝を拳で幾度も叩き、悲しみを堪えていた。


 不本意にも土民ごときに討たれたとされる光秀様の無念。亡骸の状況から、光秀と護衛のやり取りが利三には、手に取るように分かった。

 介錯した溝尾茂朝と小暮時三郎の気持ち。首級が見つかっても、秀光様と分からぬように、顔の皮を剥いだ時の気持ち。さぞかし、無念だったろう、そう思うと五臓六腑が抉られるような苦渋に胸を焦がしていた。

 利三は、運搬の一行を止めさせ、溝尾茂朝と小暮時三郎の気持ちを一行に訴えた。一同の気持ちも茂朝と時三郎と同じだった。


 斎藤利三は、延暦寺の門前町、坂本寺に着いた。

 明智光秀の首級、溝尾茂朝、木崎新左衛門の亡骸と共に。


 坂本の詰所で首実検。

 傷みが酷くて、判別つかず。

 困ったものだと苦渋の表情。

 評定所の役人も苦渋の表情。


 「斎藤殿にお聞きしたい。何故、亡骸が三つあり申すのか」


 「主君は山崎の戦いで深傷を負い、自らの命を絶たれた。その際、主君の命により介錯をなされたのが溝尾殿と小暮殿でした。おふたりは忠義を貫き通され、切腹なされた。哀れに思い、せめて主君と同じく葬ろうとこのようなことに」


 「首級の傷みが激しく思われるが、如何に」


 「一旦は土に埋め生死を隠蔽しようと思いましたが、主君が夢枕に現れ、こうおっしゃった。この首級を織田家に差し出すが良い。明智光秀は死んだ。願わくば、明智に関わった者への穏便な配慮がなされるように、と。命乞いではありませぬ。光秀様は無益な殺生を嫌うお方で御座います。その意を汲み取り、恥を忍んでこの場に参った次第で御座います。とは言え、悩みは致しました。憔悴仕切っていた私どもは、不覚にも幾度となく、悪路に足を取られ、このような有様に…」


 「あい、相分かった。まぁ、よいは。光秀の首級があることには変わりない。山崎の戦で深傷を負われたとのこと。ならば、秀吉殿の手柄である。山岸殿、この旨、早馬にて秀吉殿に伝えられよ。今後の処置についてもな」


 山岸は直様、秀吉のもとを訪れ、事の次第を解き、処置の支持を受けた。


 秀吉、手柄で、これで良し。

 五月蠅き蠅が首級に飛ぶ。

 秀吉の手柄に五月蠅き蠅が飛ぶ。

 首実検は、明智側。次期実権は秀吉側。

 さっさと終えて、葬るまで。

 

 秀吉は、判明すれば首級は持参した者に返し、葬らせること。明智の血を引く者は裁定決まるまで幽閉、その他の者は所払いでお咎めなしとすること。を伝えて幕引きに急いだ。事の大きさに比べて、寛容な計らい。呆気に取られてた山岸は、真実よりも大義名分、成り立てば良い。のかと思いつつ上司に報告。


 「やはり、そうでしたか」

 「と、申されますと」

 「ほれ、使者が持参した手紙にもあったように、首謀者の首級が手元にある。その首級を明智側の者に確認させる。それで大義の面目は立ちましょう。秀吉殿の関心は、主君の仇を討った、その名誉だけが欲しい。他には関心はあるまい。関心どころは、最早、信長様の意を引き継ぐ手立てでありましょう。それが秀吉と言うお人ですよ」


 首級の判別はつかず、結局、甲冑が決め手となった。

 斎藤利三は、光秀の首級を首塚とし、溝尾、小暮の亡骸も傍に葬った。


 一方、拐われた光秀が頭陀袋から解放された処は、真っ暗な部屋だった。

 異国から入手した睡眠薬を飲まされ、眠る光秀を見守っていたのが閻魔会の長、越後忠兵衛だった。目覚めてから、幾日が経っていた。運ばれてくる食事の回数で検討がついた。光秀は思っていた。恥ずるなら自害を。キリシタンの教えにも通じる光秀は、生き恥を選んだ。そう思わせたのは、支給される食事だった。捕虜であれば粗末なものが用意されるはず。しかし、出される食事は、料亭並みの一般庶民が口に出来ないものだったからだ。捉えた奴らは、自分を厄介者扱いどころか客人扱いをしていると感じ取っていた。

 

 「ここはどこだ、誰の仕業だ」

 「やっとお目覚めですか。ちと、薬が効き過ぎましたかな」

 「何者だ、名を名乗れ」

 「落ち着きなはれ、光秀はん。取って喰おうなどしまへん。寧ろ、光秀はんのためを思ってのこととお考えくだされ」

 「このような仕打ちをされ、信じろと言うか」

 「お許しくだされ、こうでもせな、光秀はんとお話出来ませんでしゃろ」

 「何者じゃ、顔を見せい」 

 「それは、ご勘弁を。お怒りはお察ししますが、時間がありまへん。早速、本題に入らせてもらいます。光秀はん、これから、どうなされるつもりでっか」

 「そのようなこと、そなたに、答える筋合いはない」

 「そうでっか、ほな、こっちで勝手に、やらせてもらいますわ」

 「勝手にせい」

 「ほな、進めまっせ、光秀はん。まさか、安土城に篭城したら、勝機があるとでも考えてはるんちゃいますやろな。そら~あきまへん、あきまへんわ。悪いことは言いまへん、勝ち目のない戦いなんか止めときなはれ」

 「ふむ…、何を言う、無礼者が」

 「さぁさぁ、怒りなさんな。策士、光秀が泣きまっせ。ほな、聞きますが、どないして、秀吉、勝家、家康はんらに、勝てますんや。どう転んでも、主君の仇討の気概の塊になっている相手に、勝てまへんわ」

 「我が軍を甘く見るな」

 「甘くなんて、見てまへん。現実を見てますんや」

 「勝ち目のない、戦などせぬは」

 「そうです、それが一番だす。勝ち目のない戦は、無駄で御座いますからな」

 「そなたの言うこと、いちいち、腹立たしいは」

 「すいまへんなぁ、おちょくってるわけやおまへんねぇ、こう言う話し方しかでけへん阿呆やとでも思うてくだされ」

 「そなた、商人か」

 「するどおますな、その鋭い観察眼で聞いてくれやす」

 「…」

 「この度の秀吉はんとの戦いで、上杉謙信はんに援軍を頼まはったけど、あきまへんかったなぁ。それに、旧知の細川藤孝はんも同じでしゃろ。娘の珠さんの嫁ぎ先の細川忠興に至っては、自分の髪を切って秀吉に送ったらしいでっせ。武士の資格がないから出家するとか、書簡まで送られてしもうて、難儀なことですな」

 「なぜ、なぜ、そんなことを…そなた、知っておる」

 「私らを甘く見てもろたら困りますなぁ。現に、光秀はんはここにいてはります。秀吉が欲しがっている首が、いま、私らの手の中にあるということです。ええかげん、分かってもらえまへんか」

 「…そなたらが大口を叩けるのも、今しばらくのことよ。私がいなくなり、忠義に厚い家臣たちが血眼になって探しておるはず」

 「その点は、お気遣いなく」

 「何だと」

 「そのことでしたら、心配いりまへんわ。何事もないように、軍勢は坂本城を目指しておりますさかい」

 「なに」

 「武将には、影武者は付き物でしゃろ。ちゃんと用意させてもらってます」

 「影武者など立てても、誤魔化されぬわ」

 「そうでしゃろか。協力者がいたら、案外、上手く行くもんでっせ」


 ガタガタという音と共に引き戸が開き、暗室に明かりが差し込んできた。

 そこには、土下座をした鎧を着た武士が控えていた。


 「利三はん、説明してあげてくれやす」


 光秀は、その男を見て、利三、斎藤利三かと、一瞬、我が目を疑った。

 斎藤利三は、光秀が信頼を置く重臣の一人だった。


 「お許しくだされ、光秀様」

 「なぜ、そなたが、そなたがそこにおる」

 「秀吉との戦いに苦戦し、光秀様のお命危なし、となった時、何としてもお守り致したかった。援軍の道も危うくなったことを知り、藁をにも縋る思いで、こやつらの企てを受け入れた所存で御座います」

 「いつから、こやつらと繋がっておった」

 「信長様を討った後で御座います」

 「なんと…」

 「光秀様と同じように、拉致され、光秀様の現状を知らされました。それにも増して、この企てに加担したのは…」

 「何を吹き込まれた、何を」

 「それが…それが」

 「何じゃ、何を言われた」

 「それは…それは…信長が、信長が」


 そう言うと、斎藤利三は大粒の涙を流し、泣き崩れた。扉は静かに締まり、部屋は、また闇に覆われた。


 「宜しおます。私からお話致します。あんさんと同じく囚われた溝尾様は、隊列に戻り、光秀はんの影武者を光秀様と思い、お守りくだされた、有難いことです」

 「お守り下された…。何を言っておる」

 「あんさんが討ったとする信長の亡骸は見つかりましたか。してまへんでしゃろ」

 「…」

 「それはそのはず、信長は死んではおりませんからな」

 「なんと、信長が生きていると…」

 「そうでおます」  

 「そんなはずはない」

 「では、なぜ、亡骸がありまへんのや」

 「いや、確かに亡骸がでて、極秘裡に信長ゆかりの寺に埋葬されたはず」

 「面白おますな、それこそ、誰の亡骸を埋葬されたのか。あの焼け跡で本人確認など難しいでしょうに」

 「それは…」

 「あの大火の中、助け出したのも私たちですから」

 「それでは、信長はどこにいるというのだ」

 「さぁ、どこやらの海の上で御座いましょうよ」

 「海の上」

 「あなたの謀反も事前に告げてありましてな。信長の命を狙っていたのは、あんさんだけはなかったものでね」

 「誰だ、誰が狙っていたと申す」

 「白を切る。それならそれで、宜しおます、今となっては」

 「…」

 「そうそう、家康様も私たちが逃がしておきましたから、ご安心を」

 「なんと、家康殿も」

 「そうでおます」

 「そなたら、堺商人か」

 「ほぉ~怖。流石、私が見込んだお人ですわ。嬉しく思いまっせ。まぁ、犯人探しのような真似は、無意味で御座いますゆえ、緞帳を下ろして貰いまひょか」

 「貴様」

 「家康はん救出。あれは大変でした。もう少し、手配が遅れたら、危のうおましたは。万が一を考え、服部半蔵はんに護衛をお頼みしてましたが、多勢に無勢。ああ、密偵の報告を見てきたように話しますが、そこは、ご勘弁を。そうそう、追手を半蔵さんが相手してる僅かな隙を狙われて、家康はんの乗った籠に槍がブスリ。あぁぁ、万事休す、かと思ったら、あの方、運がいいというか、腰を抜かした状態で、籠から這い出してきやはった。怯えた猫が逃げるように情けない格好で、寺の縁の下に潜り込まはった。それが良かった。追手の者がそこに入ろうとした所に、半蔵はんが、繋ぎをとってくれていた援軍が来て、その追手を一網打尽に。何とか難を逃れました。家康はんを引っ張り出したら、く・く・く、いや、失礼。あの方、小便を漏らしていて、く・く・く・く。兎に角、籠へ放り込んで行ける所まで行って、あとは徒歩で。流石は半蔵さん。家康の代わりにお地蔵さんを籠に乗せて山道を走らせやはった。実際は、獣道をすたこらさっさなのにね。半蔵はんと伊賀の者の手引きで、伊賀国の険しい山道を抜け、加太超えを経て、伊勢国から海路で、三河国に辛うじてご帰還願った次第で。信長を討った明智軍に命を狙われていると知った家康はんは、自暴自棄になって後追いをしよとしましてな。それを、本多忠勝様が説得されて、何とか事を得ました。本間、これは予想外でしたわ。家康の人成は調べておりましたが、ここまで腰抜けとは…。まぁ、本多様には、後でお礼でもしときますよって。これで、当初の予定通り、伊賀者は、家康に恩を売れたさかい、今後、色々、安条いきましゃろ、色々とね」

 「私は家康殿に追手など出しておらん」

 「はい承知しております。送ったのは信長ですさかい。あんさんも知ってはったんでしゃろ、茶会の意味を」

 「そなたら、一体、何者だ」

 「その内、分かりますよって、お楽しみに。あっ、自害なんて物騒なことはあきまへんでぇ。残された明智家、それを助けようとした大名はんらも道連れになりまっさかい。娘はんはまだ若いんでしゃろ、かわいそうでおますわ」

 「…」

 「私を甘く見ては大怪我じゃ済まないと心しておいてくれやす。ほな、また、時期が来ましたらお逢いしまひょ。ほな、さいなら」


 光秀は、また、暗闇の瞑想に包まれた。眠気など元々ないが、あれやこれやと頭の中は大混乱。目が覚めながら、闇の中に悪夢を見ていた。


 斎藤利三が、明智光秀、溝尾茂朝と小暮時三郎の亡骸を延暦寺の麓にある坂本の詰所に運び込もうとした。その様子を伺っていた服部半蔵は、寅吉に詰所の役人宛に手紙を託すと、自分は馬を飛ばし山崎にいる羽柴秀吉の元へと急いだ。


 「お目通り、お頼み申す。私は、徳川家康の家臣、服部半蔵と申す。光秀の件につき火急にご報告致したきことが御座います。羽柴秀吉様にお取次、お願い申す」


 「家康の家臣が、光秀の件についてだと…相分かった、許す」


 「お目通り、叶えて頂き、有り難き幸せ。拙者、徳川家康の家臣、服部半蔵と申す。光秀の件につき、火急のご報告とお願いがあり、馳せ参じました」

 「して、報告とは如何なるものよ」

 「光秀の首、今頃、坂本の詰所についた頃かと」

 「何、光秀の首が」

 「はい。明智軍の者により、差し出される運びとあいなっております」

 「誠か」

 「光秀、秀吉様との戦いで深傷を負い、明智軍を苦慮し、自害なされたとのこと。見事、光秀の首を射止められたのは秀吉様で御座います」

 「うん、そうか。うははははは。光秀の首、この秀吉が取ったぞ」

 「この功績、誇るべきことと、お慶び申し上げます」

 「ああ、大義であったぞ、半蔵殿」

 「身に余る光栄」

 「褒美をやらねばな、何でも言うてみい」

 「有り難き幸せ。秀吉様におかれましては、山崎の戦いで、光秀をご覧になられたでしょうか」

 「いや、見ておらん、それがどう致した」

 「ならば、お恐れながら、拙者の話の信憑性を証すため、光秀を見た者をここへ呼んで頂けませぬか、是非ともお願い申し上げまする」


 秀吉は直様、側近に命じた。


 「…まぁ、よい。早急に探し出し、連れて参れ」

 

 半蔵に持ち上げられた秀吉は、上機嫌だった。いや、半蔵の思惑通りのことに。

 しばらくして、三人の兵が連れてこられた。


 「早速のご配慮、忝く存じます。この者たちに聞きたいことが御座いますが宜しいでしょうか」

 「構わぬ、許す。その方らも答えるがよい」 

 「では、遠慮なく。皆に聞きたい、いや、教えて頂きたい。そなたらが見た光秀の首に何かなかったか」

 「何かと申されても、何もなかった…と」


 残りの者も顔を見合わせながら、首を左右に振っていた。


 「そうですか。皆さん、有難う御座います。お下がり頂いて結構です」


 半蔵は秀吉に目で合図し、それを受け秀吉も頷いて見せた。



 「半蔵殿、質問の意図がわからぬが」

 「秀吉様ならご存知のはず。光秀が戦に勝つことを願い、首から下げております守護念仏像を」

 「おお、あれか、存じておる。それがどう致した」

 「光秀にとっては勝ち戦に欠かせぬ物。それを持たずして、秀吉様と戦った。それは光秀が秀吉様に鼻から勝つ気がなかった証。私はそう思っております。家康はすぐにでも秀吉様の援軍に伺うと立ち上がるのを私がお止め申した次第で」

 「如何に思い止めた」

 「主君の仇討ち、必ず秀吉様であれば成し遂げられるはず。天下の功績は秀吉様だけのものであり、他にあらず、と思い、差し出がましい行いを致しました」

 「そなた…。半蔵殿、有り難く、その気持ち頂きましたぞ」

 「恐れ多いことで御座います」

 「何か褒美を取らせまいとな」

 「ありがたき幸せ。では、ふたつ、願いを聞いて頂ければ幸いです」

 「苦しゅうない、言うてみぃ」

 「はっ。守護念仏像を持たずに秀吉様と戦った。即ち、秀吉様を討つ気がなかったと思われます。それなれば、明智軍にはお咎めなきよう、筋違いでありますがお願い致し候。明智軍においては光秀の首を隠蔽することも出来たはず。しかし、それをしなかった。反撃の意志はないものと見受けられますゆえ」

 「…、目に見えて歯向かわなければ、捨て置くことに到そう」

 「流石、秀吉様、聞きしに勝る懐の深さ、感服致します」

 「それで、あとひとつとは」

 「ここへ私が参ったこと、家康様には何卒、ご内分にお願い申し上げまする」

 「何故じゃ」

 「私が命じられたのは明智の動きを探ること。このような差し出がましいことを致せば家康様のお怒りを買うのは必至。何卒、何卒、お願い申し上げまする」

 「わかった。そなたとは会っておらん。それで良いな。皆の者も良いな」

 「有り難き幸せ。あっ、私としたことが忘れておりました。後ほど、詰所から使者が参りましょう。その者に申し付けて頂きたいことが御座いました」

 「何か…、言うてみぃ」

 「次期信長様を伺う輩に秀吉様の邪魔をされないように、首実検の徹底を。と言いましても、その首、損傷が激しく見受けられました。そこで、光秀血縁の者、光秀に近しい者、親しくはないが知っている者の三者に首実検をさせて頂きたいのです。私の経験から、持ち物が決めてになるかと。守護念仏像は私の調べでは、蘆山寺にありまする。ならば、鎧、兜などが決め手になるかと」

 「相分かった、そのように伝えるぞ」

 「あと、光秀の首は、持参した者に返し、葬るように命じて頂ければ、流石、秀吉様となるかと存じ上げます」

 「ふむ、それも、聞き入れたぞ」

 「では、私は本来の任務に戻らせて頂いて宜しいでしょうか」

 「戻って良し」


 半蔵は、難儀な事柄を見事に成し遂げ、速やかに秀吉の元を去った。


 「家康は、良き家臣を持っておるな。私が天下を取った暁には、あの者を召し抱えるとするか、あはははははは」


 秀吉は上機嫌で、半蔵の残像に思いを馳せていた。



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