008.女子高生(おっさん)の文化祭


『──本日未明……OSSAN天体観測研究所チームによりますと観測史上、地球に最も近いブラックホールが発見されたとの発表がありました。これについて、所長であるオッサン・スグツカレール氏はこれ以上の正式なコメントを控えており……』


「お姉ちゃん、後でみんなで見に行くからね」

「ああ、頑張りなさい」

「気をつけて行ってらっしゃい」


「──はい、行ってきます」


 この季節特有の匂いと、空気と、変なニュースと、家族みんなに後押しされておっさんは家を飛び出した。

 これまで積み上げてきたものを大々的にお披露目する学校行事一大イベント──文化祭。その日が容姿なく訪れたのである。


 今日は快晴──この緊張感と何とも言えない感情を誰かと共有したいと思い、空の写真と共にSNSにアップしたら秒で100万イイねとかついた。何を投稿しても一瞬で通信エラーを巻き起こすくらいバズることから運営からは『炎獄の女帝』の通り名で恐れられているらしい。


「はぁ……陰キャ中年だった俺が今や超絶美少女で……あれだけ嫌ってたSNSを駆使してるだけじゃなく文化祭で歌うなんて……人生わからんもんですなぁ」


 順風満帆、なんの壁も無い人生という道のりを自動運転で爆走してる俺だけど……心に引っ掛かるものがないでもなかった。

 なんかニュースではしきりに【時代遡誤】とかいう現象が取り沙汰され、あちこちで頭ハッピーセットになっている人間が出現してるらしいし……相変わらず耳鳴りは消えてくれない。


 まぁどっちも大したこととは思えないけど。

 それよりも今日、大観衆の目の前で歌うことの方が問題だろう。


「……ま、考えても仕方ないし成るように成れだ。さっさと終わらせて、ヒナ達と打ち上げ酒池肉林パーティーを開催しよ」





「すぅぅ……っ……はぁぁぁ……っ」


 様々な装飾で彩られる校門で、ルーティーン化した女子高生の匂いを吸い込む儀式を終えて下駄箱へと向かうと何やら校舎内が騒がしい。生徒達がキャーキャーわめき散らかしており、囲いを作っている。


「困ったな……あ、阿修凪ちゃん」


 中心にいたのは【アオアクア】のidoさんだった。どうやら朝早くからリハーサルを行っていて、トイレに行くところを登校してきた生徒達に見つかってしまったようだ。

 俺は鶴の一声で囲いを離散させて控え室まで同行することにした。


「助かったよ……囲まれるなんて久しぶりで、びっくりした。この学校ではまだファンでいてくれる子達がいるんだね」

「当然だよ、そんな落ち目みたいな事をファンの目の前で言わないで悲しくなるから」

「ごめんごめん。でも最近、昔を捨てて未来に生きようみたいな運動が至るところで起きてるし……僕の周りでも異様な雰囲気なんだ」

「あぁ……【時代遡誤】とかいう……」

「皆と話が噛み合わないことがあるし、まるで本当にみんな過去を失くしたようで……世界中がそんな風に染まっていく感じがしてさ」

「う~ん……考えすぎだと思うよ。ほら、リバイバルブームだってあるんだし……過去は失くそうと思って失くせるようなもんじゃないしさ」

「……はは、それもそうだね。阿修凪ちゃんと話すと安心するよ──さ、じゃあリハーサルに戻ろうかな。また後でね」


 そう言って、idoさんは体育館の方向へと戻っていった。


「…………さ、おっさんもさっさと歌って文化祭を終わらせるとしますかね」


 心に何処か引っ掛かりと、モヤモヤを抱えたまま──教室へと向かう。

 果たして……このまま事を進めていいのだろうか?

 正規ルートへのフラグを一切踏まないままに進行しているような言い知れぬ不安は、結局消せないままライブの時間はやって来た。









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