第142話 女子高生(おっさん)と美容室②


〈美容室 『ざっくざくに切ってあげる』〉


『──えぇ、彼女が貴女の専属ヘアメイクアーティスト』の【初音(はつね)熱葉(ねつは)】……もしも貴女がTV出演する気があるなら一緒に同行してもらうことになる──カリスマ美容師よ』


 待合室にて──準備が整うまでの間……編集長に確認の意味を込めて電話した。どうやら明らかに同属性の彼女がカリスマらしい……しかしオタムーヴをかます彼女のその挙動不審ぶりはどう見てもオタクのそれだ。

髪色は明るい茶髪であり、可愛いらしくボブカットにして化粧もナチュラルというか自然体でありながら……ぶっちゃけめっさ可愛いメイクだ。容姿だけならカリスマ美容師のそれだろう。


『貴女との相性を考え抜いて選抜した人材よ。彼女にはもう一つの顔があるんだけど……それは貴女自身が仲良くなって聞いてみて頂戴。それじゃあね、ch(チュ』


 投げチューを無視するかのようにボタンを押して通話を終了する──とにかく、彼女がアシュナ担当……略してアシュ担ヘアメイクアーティストで間違いないらしい。


「変ですわね……理髪店の待合室には古き善き漫画が置いてあると聞いていましたのに……『ジョジ●』はどこにありますの?」


 俺が準備を待つ最中──めらぎは置いてあるお洒落系雑誌を忌々しそうに見て『ジョジ●』を探していた。間違いなくここに『ドカベ●』とか『魁!●塾』とかの古き善き漫画はないと思うなと諭(さと)そうとすると……ネツハさんが大量に何かを抱えてやって来た。


「い……いぃですょねジョジ●……これ……さ、最新刊までありますから……わ、私は…………………………読んでくださぃ……」

「あら、気が利きますのね。ありがとう」


 めらぎはネツハさんが何か言いかけたことも、ここに漫画がある不自然さも気にしていないようで……満足そうに『ジョジ●』を読み始めた。


「じゅ……準備で………した。こ……らへ………どうぞ………」


 まるで冥界へと誘うような挙動不審ぶりで、彼女に窓際の席へと案内される。漫画を持ってきた時には聞き取れるくらいの声量だったのに……彼女は再び何を言っているのかわからないくらいか細い声になった。



「き………今日は………ど……どん……に……………ますか……?」

「……え? なんですか?」


 席につくと丁寧にケープを何重にもかけられる、そこらへんはやはり手慣れているのか迅速だったが……いざ、接客すると何を言っているのか聞き取れない。

 普段どうやって接客してるのだろうか……これじゃあ会話どころではない。誰かにヘルプしてもらおうにも……別の店員は他の客と話しているし、めらぎは漫画読んでるし、コクウさんは店外を見張っている。


 隔離されたような二人だけの空間を、微かに流れる店内BGMが包み込む。ネツハさんはなにか言い淀(よど)んでるような仕草をして困っているようだ。困りたいのはおっさんの方なんだけど。

 と、いうか席についたはいいけど……特になにも決めてなかった。アシュナになってかは大体がありのままのストレートか、適当に結ぶかしかしていないし……可愛い髪型にしてみたいという欲はないことないけど、ぶっちゃけ髪のオシャレ凄く面倒くさいので基本このままでいい。


「………ゃ………ぁ………どて………」


 それ以前に、このバッドコミュニケーションの彼女を攻略しないと意志疎通できなくてとんでもない髪型にされそうだ。『どて』から会話文を推察せよ、なんて無理ゲーすぎるし。


「あの、これ……私のアドレスです」

「………え?」


 仕方ないのでケータイ画面でアドレスを見せた。

 オタクにずかずか踏み込んで積極的に話しかけたりすると余計に距離ができる。しかし向こうからは踏み込んでこない……という面倒な生き物なのは俺自身がそうなので良く知ってる。


 そこで一番良いのはネット上でのやり取りだ──メールならば会話しなくても大丈夫。文章ならば誰でも雄弁に語れるというものだ。


 すると早速、彼女からアドレスのみの空メールが届いた。追撃するように……俺は一文だけを素早く送信する。


『安心して、私もオタクです。好きなキャラクターは誰ですか?』

「──!!」


 わかりやすく、後ろで動揺した様な音が聞こえた。

 先程めらぎに言いかけたのは──自分の好きなキャラで、それを語りたかったのだろう。しかし、めらぎの容姿や雰囲気を見て『ライトオタク』だと推察し、踏み止まった。下手に熱く語ると引かれる……そう感じたのかもしれない。


『岸辺●伴先生です。彼の人物像と漫画にかける情熱──そして独特のセンスはただの人気キャラクターという魅力の範疇を超えているものであって──(以降50行ほど●伴先生愛溢れる文章)』


 数秒後……凄い長文が返ってきた、一瞬でどれだけ打ってるの。こちらも負けじとカウンター気味にメールを返信する。


『私はエルメ●ス、スタンド能力の上級者向けの利便性もさることながら本人の有り余る人の良さが見え隠れしてそれが女性ながらアニキとも呼ばれる所以の一つになってると思うの──(以降50行に渡りエルメ●スがいかに素晴らしい女性かの論文)』


 もうそれ以上のメールでのやり取りは不要だった。

 全てを悟ったネツハさんはやや抑えめだけど……ちゃんと聞こえるように声を出してくれた。


「ごめんなさい……私……勝手な偏見でアシュナ様をリア充って決めつけてて……だってそんな可愛くて美しくて小説家だなんて絶対カーストの頂点の人だと思うと怖くて喋れなくて……」

「ぅうん、私だって同じ……カリスマになる美容師だし絶対プチDQNって決めつけててごめんなさい。みんながみんなそうじゃないんだよね」


 そして、俺達は握手を交わした。

 ありがとうジョジ●、音楽に国境はないというが……ジョジ●も誤解と偏見の壁をぶち破る架け橋だと証明された瞬間だった。














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