バーチャル充なので非リアでも構わない

あやせ。

プロローグ VTuberの恋愛事情

「コンコン! こんばんは! 『ZOOV』所属の狐森ひのえでぇす」


 声のトーン、明るさ、声音、全てが完璧とも言える挨拶で口火を切った。獣耳が揺らぎ、サラサラな前髪左右に揺蕩う。

 開始数秒、その僅かな時間で視聴者の胸をガッシリと掴んだ。


「ごめんねー、2、3分遅れちゃった。そのお詫びと言ってはなんだけど、みんなからの質問にバシバシ答えていこうかなぁと思ってます」


 今、YouTubeで破竹の勢いで人気向上中の『VTuber』の1人、業界トップクラスのチャンネル登録者数を誇る、狐森ひのえの配信である。

 その人気は日本国内のみならず、海外にも進展しており、コメント欄にも『lol』などのネットスラングが多く見受けられる。


「ハノンさん、スパチャありがと〜! 読みます。『最近ハマっていることを教えてください』 あー、ハマってることかぁ。あれかな、FPSかな。なんかね、ストレス発散にマジでベスト。上手くいかない時は逆にストレスが溜まることもあるけどね」


 スーパーチャット通称スパチャと呼ばれる、コメントと共にお金を送ることができるシステムのことだ。

 金額は人それぞれ指定できるが、最大5万円と決まっている。5万円のスパチャはなかなかお目にかかれない。

 狐森はスパチャの総額の世界ランキングで5位にランクインしており、その人気度が伺える。


「今度FPSのゲーム実況でもしよっかなぁ」


『台パンとかしそう』

『あの美しい発狂が聴けるな』

 

「おい! 誰だぁ、台パンしそうとか言ってるやつ!」


 辛辣なコメントに必死で反論するその姿が、彼女の人気の所以とも言える。虐めれば虐めるほど、面白くなる。それが狐森ひのえの魅力であった。

 

「まあでも多分するね。うん、台パンはゲームに付き物でしょ? ねぇ?」


『出た脳筋』

『机の耐久値が削られていく……』


「脳筋言うな。こんなか弱い乙女に」


『か弱くなくて草』

『乙女?どこ?』


「乙女どこって……ココだよ!!」


 このフォクサー(狐森ひのえの固定ファン)とのやり取りもまた、彼女の面白さを引き立てている。

 これが一種の芸と化しているのだ。

 

「あ、はなおべさんスパチャありがとうございますっ! えーと、『VTuberの恋愛事情教えてください!できれば具体的に!』とのことですが……、これ大丈夫? 炎上スレスレ案件じゃないこれ?」


 フォクサーの突っ込んだ質問に困惑を隠せずにいる狐森。煽り立てる視聴者たち。

 次第にコメント欄が騒がしくなり始め、盛り上がりを見せていた。同時接続者は約1万人。問題発言をすれば一瞬で燃え上がる、今のこの世の中。

 発言1つ、気をつけなければならない。


「まあでも名前出さなきゃ大丈夫かな。有名な話だと、VTuber同士の恋愛とかね。実際あるよ。私は今のところないけどね。んー、VTuber同士リアルで会うことも多いから、多分そこから恋愛に発展するんだろうね」


 他人事のように話す狐森に、視聴者たちはすかさず批判的なコメントで殴る。


『自分の恋愛話そ』

『そういうシャイ狐はどうなの?』

『他所の話はどうでもいい』


「え! 私の話? えぇ、マジでないよ。私にそういう話を期待するのやめな? あ、でも待って、学生の頃の話ならいいかな。私、好きな男の子がいたの。身長高くて、成績良くて、運動できて、顔もかっこよくて。マジで完璧で。でもね、私ほら、しつこい性格じゃん? だから結構アピールしてたの。でもしつこすぎたんだよね。ある日から避けられるようになりました」


『え、普通に切ない』

『声だけ美人説あるなこれ』


「あ、私かわいいよ? うん、かわいいもん私。え、かわいいよね? ね? うん、そうだよね」


『メンヘラ狐』

『自分で言っちゃうのかわいいww』


 可哀想だ、と同情するコメントが溢れかえる中、更なる爆弾が放り込まれるのである。


「え! ちょっと待って! 赤スパ!? しかも5万円! やば!」


『マジだw』

『しかも質問の内容神すぎだろ』

『これは答えないわけにはいかないなww』


「なか中野さん、ありがとうございます。やばいね、5万円。こんな私に。本当にありがとうございます。えーと、『今気になっている男性クリエイターを教えてください。居ないとは言わせませんよ?』って、マジかぁ……。5万円強ぇなぁ……」


 黙秘権を行使させまい、と主張しているかのような真紅のスパチャ。50000円という数列の威圧感。

 狐森は答えないわけにも行かず、しかしながら嘘をつけば自分の首を余計に締めることになるため、恥ずかしながら最近気になっている男性VTuberの名前を出すことを決心した。


「リリカルオフィシャルっていう事務所の人でね……あのぉ、VTuberなんだけど……マジで声が良すぎて、優しいヴォイスなのよ、ヴォイス」


『惚気はいいからはよ名前』

『リリカルあんま知らない』

『もしかして……?』


「いや待ってぇ! めっちゃ恥ずいんだけど! みんな急かさないでよー、マジで恥ずいから」


『ガチ恋で草』

『とりあえず落ち着こ』


 フォクサーは宥めたり、はたまた急かしたり、対応は十人十色であったが、誰もが彼女の回答を心待ちにして耳を傾けていた。

 狐森ひのえというトップクラスのVTuberが、気になっている男性VTuberの名前を出す。それは国内外における大ニュースと言っても過言ではなかった。

 その世紀の大ニュースを、画面の前で今か今かと待ち続けるフォクサーや、はたまた通りすがりの視聴者。誰もが息を飲み、口が開くのを待っていた。


「うーんとね、はい。言います。リリカルオフィシャルの久我夕陽くんですっ!!」


 コメント欄の激流が僅かな間、完全に静止した。

 はたまた僅かな間に、爆発が起きたかのようにコメントが流れ出す。さながらビッグニュースを掴んだ記者のように、この情報を忽ち拡散する。

 ネット社会の恐ろしさである。

 久我夕陽の名前は瞬く間に各種SNSで拡散され、『狐森ひのえの想い人』という情報と共に、どんどん知れ渡っていく。


「恥ずかしいなぁ……これ、多分久我くんの耳にも届いちゃうよね〜」


 紅潮した頬と、柔和な声。

 その姿が愛おしくて、フォクサーはあるひとつの結論にたどり着く。


『コラボ希望』

『コラボしよ〜』


 久我夕陽とコラボすれば、愛おしい狐森ひのえを更に堪能できるんだと。無意識のうちに脳が判断し、無条件反射でコメントを放つ。

 

「コラボ!? そんな、私なんかが久我くんと……?」

 

『ひのえに私なんかがと言わせる久我夕陽マジ何者』

『最上層がなんか言ってんぞ』


 この日を境に、彼ら彼女らの運命が動き出すことになったのだ。

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