川を見る
友利日香梨
第1話
私は今日も川を見る。自宅の最寄り駅と隣駅の間にある大きな川。それに架かる橋を電車が通る。通学の度に私は川を見る。この川に身を投げたら死ぬことができるのだろうか。毎朝、毎夕考える。
一度、川に行ってみた。川沿いには大きな遊歩道があり、川との間に草むらがある。その草むらをかき分け進み、川を間近で見てみた。しゃがんで覗き見ると、川にはぼんやりと私が映っていた。風が吹くとその姿はよりおぼろげになった。鏡のようだと思った。線を引かれているようにも思えた。見る者を映すことで侵入を牽制する。川にそっと触れてみる。鏡に触れるように。水が揺れ、私の姿が消える。冷たい感触からは私を拒む意思を感じた。お前はまだだと言われたような気がした。
私は毎日死を考えている。それでも今こうして生きているのは死ぬ勇気がないからだ。
誰か殺してくれないかなと思う。そうしたら私は悲劇のヒロインになれる。死ぬ方法を考えなくてもいい。それか事故に遭う。しかしそれだと運転手さんが気の毒だ。他人から死を与えられるなら悪意を持った者からが良い。その方がきっと気持ちいい。
どうして人は死を恐れるのだろうか。死後の世界の正解なんて誰も知らないのに。死んでどうなるかなんて誰にもわからないのに。本当に天国があるのならこの世にいるよりそこにいる方がずっと幸せなことではないだろうか。
ああ死にたい。死んで違う場所に行きたい。そこは幸せな場所かもしれない。
朝のニュースで高校生の自殺が取り上げられていた。いじめが苦しくて自死を選んだらしい。彼は今、幸せだろうか。いじめる存在のいない世界に旅立つことができたのだから幸せに違いない。
母がそのニュースを見ながら
「もしいじめとか困ったことがあったら相談してね」
と言った。相談して何になるのだろうかと思いながらも返事をして家を出た。
学校へと向かう電車の中、私は今日も川を見る。川の色は昨日の雨の影響だろうか、濁っていた。
私は4月からミッション・スクールの中学校に通っている。第1志望だった学校。難易度がわりと高い人気校。この学校に通うことを夢見て小学生の私はそれなりに努力した。憧れの制服を着て、礼拝を受けて、沢山の学校行事に参加してなどと夢を見ていた。
今私は憧れの制服を着て憧れの学校に通っている。夢が叶ったのだ。合格した時はとても嬉しかった。小学校でなんとなく感じていた居場所のなさや虚無感から抜け出せるんだと思った。しかし実際は変わらなかった。毎日が不安でしょうがない。慣れない環境、腹の探り合いから始まる会話。周りの席の人に迷惑をかけてないだろうか。今日は上手くやれただろうか。そんなことを考えながら川を見て帰る。
クラスに話す人がいないわけではない。学校でトラブルがあるわけではない。両親と話すのは苦手だが、家庭に大きな問題があるわけではない。それでも駄目なのだ。こんな恵まれた環境にいて何が駄目なのかわからない。だが、私の心はぽっかりと穴が空いている。その穴を塞ぐ唯一の方法が死を思うことなのだ。
この学校では毎朝礼拝を行う。讃美歌を歌い、聖書を読み、牧師先生からお説教を聞き、祈る。今日無事に学校に集えたことを感謝し、今日も平穏であることを祈る。それが朝のルーティーン。私は祈りの度に、幸せになれますようにと祈っている。そろそろ夏服の時期だというのに未だにそれは叶わない。自分勝手な祈りだからだろうか。私が幸せを定義できないからだろうか。
そもそも神なんているのだろうか。だが、神を信じることができたら少しは幸せになれるかもしれない。神はいつも私達を見守り、寄り添ってくれているらしい。そんな存在がいてくれると心から思えたら、私の虚無感は解消されるのかもしれない。それでも私は信じることができずにいる。そもそも神に限らず何かを信じることが私にはできない。まず自分を信じることができない。自分に自信がない。勉強も運動もそこそこにしかできない。顔も背もスタイルも普通。そんな自分を愛することもできない。隣人を自分のように愛しなさい。そう聖書には書かれている。自分を愛せない人はどうすればいいのだろうか。
今日も私は川を見る。夕日に照らされた川はとても綺麗だった。あの中に入り込むことができたら幸せかもしれない。満たされるかもしれない。だが、川に飛び込むだけで死ねるだろうか。川が浅くて頭を打ち付けることができれば死ねるかもしれないがそうじゃなければただ飛び込んだ人になってしまう。毒薬でも飲んで飛び込まなければいけないのだろうか。それとも自分を刺して飛び込むか。可能であれば綺麗なまま飛び込みたい。冬だったら凍死するだろうか。冬になったら飛び込もうか。けれどこれから夏が来る。冬はまだ遠い。
私は川を見ながらため息をついた。ああ、死にたい。楽になりたい。幸せになりたい。満たされたい。
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