テオドールの非倫理的な日常
ヘルム
プロローグ
暗い部屋に甲高い電子音が響く。
その闇の中でモゾモゾと影が動き携帯端末をつかんだ。
「はいこちら黒羊探偵事務所でございますご依頼ですか」
「人探しの依頼だ」
低くしわがれた声が答えた。
「ああ、カローンさん。人探しのご依頼ですねお探しの人物の特徴は?」
「カトリーヌ・ヴェイユ、19歳、女、身長176cm、体重62kg、フランス出身、幼少の時にバイオリンのコンクールで金賞を受賞、15歳から犯行の――」
「ああ、それぐらいで構いません」
男は通話の相手が融通が利かない性格であることを理解していた。このまま黙っていると失踪者の爪の長さまで話し出すほどである。
「失踪時の状況は?」
「行方が分からなくなったのは2日前のことだ。時間は深夜場所おそらくフランクス塾の路地裏だ」
「犯人の目的に心当たりは?」
「わからんがさらわれた地区では同じ時刻に他にも失踪した人物が多数報告されている。無差別にやったんだろうな」
「犯人から身代金の要求とかはないんですね?」
「ああ、無い」
電話の向こうから紙をめくる音が聞こえる。
「途中までは下手人の車を監視カメラとかで覚えたんだが、ひと気のない場所で物理的な痕跡が一切なくなった」
「転移系の魔術ですか」
「その通りだ」
魔術、現実世界において伝えるものが絶え、失われてしまった技術である。
「魔術的な痕跡を疑途中でなくなってしまった。だが、そっちの世界に行ったことはわかった」
「了解しましたそれではお探しの人物の体の一部もしくは体液などはございますか?」
「今、使い魔に運ばせている。もうすぐ着く頃だろうよ」
玄関からドアをノックする音が聞こえた。
「ああ、来たみたいです」
男が扉を開くと、そこにいたのは、体高が男の腰辺りまである巨大な蜘蛛であった。赤い模様のある背中に小包を背負っている。
「はい、どうも」
巨大蜘蛛は男が小包を受け取ったことを確認すると、霧のように消えてしまった。
「血、ですか?」
男が小包を開けると試験管が姿を表した。中には赤い液体が揺れている。
「ああ、健康診断で採血された失踪者の血液だ。医療施設から拝借したものだ」
「これなら……大丈夫です。依頼料ですが、依頼が完了しましたら、100万ドルいただきます。それでもよろしいですか?」
「ああ、頼むよ、テオドール」
通話が切られる。
テオはしばらく揺らしたり、眺めたりして試験管を調べると、一息に試験管の中身を飲み干した。
口のなかいっぱいに血液の鉄臭さが広がる。テオは構わずに口腔内の血液を舌でかき回す。自分の唾液と混ざり合うように。ある程度、失踪者の血とテオの唾液が混ざり合うと、試験管のなかに吐き出した。
吐き出された赤黒いソレは試験管の中で、活きのいい魚の様に暴れ回る。
試験管の内側を叩いていたソレがおとなしくなると、一つの目玉がぎょろりとテオを睨んだ。
テオが習得している黒魔術のひとつであり、生体由来の素材から生物を作り出す魔術だ。様々な目的で使用できるため、探偵業で最も使用する頻度が高い。
「師匠、行ってきます」
テオは部屋の闇に向かって声をかけるが、返答はない。テオは気にせずに部屋を出た。
地下に位置する部屋から地上に向かう。廊下にはテオの隣を複数の眼球をもつ双頭のネズミが走って行った。
地上にでると、騒がしい街がテオを出迎える。
現代的な街並みには、流線型の未来的な宇宙船や、透き通った翅をもったムカデのような細長い生物が空を飛び、道行く人々は曲がりくねった角のような突起を持った異形や、スーツを身につけた触手の塊など人間を探す方が難しい。
ここは現世から隔離された都市『ペインズ・ブレニプス』
混沌の特異点にして、テオドールの故郷である。
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