公女様はスライムとのスローライフが理想です〜愛があれば逆境さえ乗り越えられるわよね!〜

白夜黒兎

第1話 公女様はスライムがお好き

町から少し離れた洞窟付近では一人の冒険者が剣を構えて透明に近しい水色の物体と見つめ合っていた。つぶらな瞳、手足がなくゆったりとしてる動作…見るからにザコキャラそのものだ。冒険者は数秒その物体を見つめた後、剣先を物体に向ける様に掲げた。そして一刺しする様思いっきり振り下ろす―――――――。 


「ダメーーー!!」

「ぐふぉ!」


しかし突如背後から声が聞こえ、冒険者が振り向こうとした矢先背中に鋭い衝撃が走り顔から地面にダイブしてしまう。


冒険者の意識が朦朧とする中そちらに視線を向けると先程の水色の物体を大事に抱えて、頭を擦ってるバターブロンドの三つ編みの少女が冒険者を警戒する様に立っていた。


「あな、たはフラン、ツィ家の」


その人物を見るなり冒険者は目を見開き言葉を途切らせながらも発するがそれは少女が倒れている冒険者を一瞥するとすぐに何処かへ走り去ってしまった為に少女の耳に届くことなく消えてしまったのだった。


♢♢♢


少女はひたすら自身の家を目指して走っていた·····先程の物体を抱き抱えたまま。冒険者が追い掛けてくることはないが少女が止まることはない。息が切れようとも、足がもつれかけてもただ目的地を目指していた。あの者からつい好ましくない方法で強奪してしまったがそこに関しては別に悔いてはない。ただ後悔してると言えば、この顔を曝してしまったことだ。顔を隠す為にフードを被っていたと言うのに何時の間に脱げていたのだろう。·····どうかあの者が自分の正体に気付きませんようにと願いながらやっと見えた屋根を目掛けて全速力で走った。



屋敷に着くと少女は辺りを見渡して忍び足で庭に向かう。庭には鯉が泳いでる噴水やらブランコやらお茶会を開く為のテラスなどが設置されている。そこに誰も居ないのを確認すると少女は慣れた様子で屋根に登りだす。そしてある部屋の窓まで行くと二回ノックをした。少し待つと中から人が姿を現し、窓を開ける。それを待っていたかの様に少女は屋根に手を突き勢い良く中に飛び込んだ。


上手いごと着地すると少女は振り返って笑みを浮かべた。


「助かったわ、リータ」


それは先程窓を開け、少女を中に招き入れた金髪のお団子頭にメイド服を着ている女性に向けられたものだった。


「·····いえ、レイティア様が御無事で何よりです」


そんな少女、レイティアの言葉にリータは翡翠色の瞳を細めて微笑んだ―――――様に思われた。


「·····と、言うと思いましたか」

「い、いひゃい!ごめんなひゃい、ヒーヒャ!」


リータが眉間に皺を寄せてレイティアの両頬を人差し指と親指で掴むとすぐにレイティアは半べそをかきながら謝った。そんなレイティアにリータは溜め息を吐いて手を離した。


「全く。次期女王陛下候補がこれじゃあどうするんですか」

「·····仕方無いじゃない。だって元はしがない女子高生なのよ?」


唇を尖らせながらレイティアは背中からベッドに倒れ込む。そのお世辞にも品が良いとは思えない行動にリータは何も言うことなくただ肩を竦めてジッとレイティアを見つめた。


「·····えぇ、そうですね。私も最初は驚きました。貴女が“本当”のレイティア様じゃないことに」

「そんなこと言ってるけどすぐに見抜いたじゃない」


―はて、なんのことでしょうか―何食わぬ顔で惚けだすリータにレイティアはジト目で睨み付けるが今の自分が彼女に何か言える立場じゃないと喉まで出掛かった言葉をぐっと呑み込んだ。


彼女、レイティア・フランツィはこの世界の住人ではない。


とは言っても体は間違いなく彼女自身のものだ。しかし何故国、世界すらも超えて彼女の体を乗っ取る形で心に住み着いてしまったのかレイティアには分からなかった。彼女と自分を繋ぐものがないからだ。


レイティアはこの国の次期王女になると言われている。魔法はままならないが容姿は文句なしで王女に相応しいだろう。しかしそれに対して自分は目立った功績のない女子高生。今までに一度だって何かを成し遂げたことはないし、恋沙汰すら感じさせたことがないつまらない人生を送っていた。しかしそんなつまらないと思われる彼女には誰にも理解を得られない趣味があった。それは、自分だけのスライムを作ることだ。誰にも真似の出来ないスライムを作って名を授ける。友達と呼べる者が一人も居なかった彼女にとってはその自身で作ったスライムこそが友達であった。誰に見せるわけでもなく隅っこの方でスライム作りに明け暮れる日々を送っていた彼女だったが、ある日スライム作りの材料を買い歩いてる最中に居眠り運転してるトラックに轢かれてしまい17歳という若さであの世へ逝ってしまった。しかし誰が前世よりも若い15歳の少女に生まれ変わると思うのだろうか。最初は驚いたし訳の分からない言語を呟いていた彼女だが流石は変な趣味をお持ちなだけあって理解だけは人一倍早かった。周りにバレない様に極論、話さない様に努めていたのだが例の物体が目に飛び込んでしまったせいで一瞬でバレてしまうことになる。つるつるな水色の肌、愛くるしい瞳、のそのそと懸命に歩いてる姿。まさしくそれは彼女が愛してやまないスライムだった。


「レイティア様?」


動かなくなったレイティアを不思議に思ったリータは首を傾げながら尋ねてくるがこうなってしまえば他の者の声など彼女の耳には入ってこない。


「す、スライムだ〜!!」


レイティアは目を輝かせ、スライムの方へと思いっきり飛び付いた·····側に居るリータの事を忘れて。


「凄いもちもちしてる!目もつぶらで凄くキュートね!見てよ、リータ!ほんも、の、よ…?」


レイティアはスライムを抱え、満面の笑みを浮かべたままリータの方を振り返って固まってしまう。やってしまったと思ったときには既に遅くてリータは冷ややかな視線をレイティアに送っていた。


「貴女、レイティア様ではありませんね?」


そうはっきりと断言されてしまえば成す術など見当たらずにレイティアは口をはくはくと動かすことしか出来なかった。


「·····あら、何を言ってるの?どう見ても貴女の主、レイティアじゃない」



まだ行ける。まだ完全にバレたわけではないのだから。レイティアは花笑みを顔に貼り付けるがリータは確信してるかの様に首を振る。


「·····甘いですね。今のレイティア様は私の知っているレイティア様と全くもって違うとこがあります。それは――――――――――」

「そ、それは?」


早く言えば良いものの余りにも溜め込むリータにレイティアはゴクリと唾を飲み込んだ。その時に自然と力が入ったレイティアの腕はスライムの体にめり込んでしまっていた。それを見逃さなかったリータは眼光鋭くさせて人差し指を突き出した。


「レイティア様はスライムはお嫌いです!」

「なっ!」


リータのその一言に完全敗北感を味わったレイティアはその場で膝から崩れ落ちてしまう。しかしスライムを抱き抱えた腕の力は緩めることなく膝だけを突く形で項を垂れた。そこまで決定的証拠を突き出されてしまえばこれ以上悪足掻きする気が起きずに気付けばレイティアはリータに全てを話していた。自分は本物のレイティアではないこと、事故で死んでしまって気づいたらレイティアになっていたこと、自分が大のスライム好きなことなど余すことなく全てを。全部話し終えた後でレイティアはハッとした。果たしてこれを言ったからって何か変わるのか。バカ正直に話したことで自ら最悪な事態を招いてしまっている気がしてならなかった。娘のレイティアを溺愛してる父と母に偽物だと言う事がバレてしまえばギロチンも待ったなしだ。これから起こりうる想像したくもないことを想像してしまい、レイティアは体を硬直させて顔を青ざめた。しかしリータは顎に手を添えて何か真剣な表情のまま考えごとをしていた。


どう対処しようか考えてるのだろうか。思えば彼女はS級メイドだ。S級メイドは誰でもなれるわけではない。頭脳明晰、身体能力、魔力…全てが完璧ではないとなれないのだ。そんなS級メイドの彼女だからこそ、表沙汰にせずに自分を始末しようとしてるのかもしれない。


(私はどうなっても良いからどうかこの子だけは―――――!)


スライムの頭部を撫でながらレイティアはきつく目を閉じた。


「·····レイティア様は物静かな方です。ですので言動にはお気を付けて」

「うん?わ、分かったわ!」


最初リータの言ってる意味が分からなかったレイティアは首を傾げながらも変に意気込んで頷いてみせた。


「それから婚約者様が居られるのですが何を言われてもキレてはなりませんよ?」

「こ、婚約者…。令嬢の世界は大変なのね」


ほぇーなんて変な声を出して感心するレイティアにリータは肩を竦める。しかしその眼差しはどこか優しいものだった。


「·····レイティア様の中身が誰であろうともレイティア様には変わりありません。私が最期まで貴女様を支えます」


目を細めて微笑むリータにレイティアはきょとん顔をするがそれは次第に満面の笑みへと変わる。リータ程頼りになる人材は居ないことだろう。そうレイティアが思った通りリータはこの世界の仕組みが少しは分かる様になったレイティアを今でも傍らで支えてくれている。しかしばれる前とばれた後ではリータの接し方が違っていた。最初あんなに敬愛に満ちた目でレイティアを見つめていたリータだったが、今では冷めた目をすることが殆どになってしまった。別に偽物のレイティアが気に入らないからではない。単に公女とは思えない振る舞いに呆れてしまっているのだ。レイティアの中身が誰であっても女王陛下候補には変わりない。彼女が王女に選ばれる二十歳の誕生日を迎えるまでに立派な公女に育てるというのがリータの考えであった。


しかしリータが思ってるよりもそれは難しいものだった。自分は甘く見ていたのだ、彼女のスライム愛を。たかがスライム…。スライム如きに自分の教育の邪魔をされてたまるかと。だが彼女は周りの大人達よりも弱くて喋ることの出来ないスライムのことを第一に考えていた。周りに勘付かれて困るのは自分だと言うのに。それと同時に慌てて教えても意味がないとも思った。それは後々どうにかするとして、今心配すべきことはすぐ目の前にある。


「レイティア様、クリスト・アーロン皇子がこちらに向かわれてる様ですが」

「ゲッ」


その名を聞いたレイティアは整った顔を歪ませる。公女にあってはならない表情に窘めようとリータが口を開くよりも先にレイティアは怒った様な口調で話し出した。


「また来たの!?リータ、婚約の件なら断っといてって言ったじゃない!」

「そういう訳にはいきません。あの方と御結婚なさればレイティア様は女王陛下に一歩近付けるのですよ?それに御令嬢ともあろう方が婚約者が居ないなんて恥も良いとこです」

「それは分かってるけどあの人苦手なんだよな〜」


頬杖をついてぼやくレイティアだったがやがて決心がついたのかテーブルに両手を突いて勢い良く立ち上がった。


「リータ、この子をお願いね」

「畏まりました」


レイティアはリータにスライムをそっと渡すと重い足取りで歩き出した。そんなレイティアを後ろで見つめていたリータもスライムを一撫でするとレイティアに続く様に歩き出した。

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