子供が出来たからって勝手に親にはなれない。
うらの陽子
第1話 赤ちゃんに対しても怒りはでてくる。
赤ちゃんの泣き声が家中に響き渡っている。
私はどうすることも出来ず、赤ちゃんの横にうずくまる。
顔を膝に埋めて、耳をふさぐ。
耳をふさいでも、我が子の泣き声は私の耳に届く。
自分自身が何を考えているのかさえ分からなくなって、自分の体をギュッと抱きしめる。
さっきまで、赤ちゃんを抱っこして、母乳をやり「かわいいな」なんて呑気に微笑んでいた私自身がうらやましくなってくる。
母乳を上げて眠り始めたから布団の上にそっと寝かせる。
その途端に泣き始めた。
抱っこしたらまた寝てくれるかと思って抱っこして、あやし寝かせる。
眠ったなって思ったところに電話が来てしまった。
携帯のバイブ機能が働きブブッブブッと小さな振動をキッチンの机の上から伝えてくる。
大きな振動ではないのだけど、子供を寝かしつけたこの部屋の静寂には十分な騒音だった。
電話に出る前にせっかく眠った我が子の泣き声再び。
頭を抱えたくなった。
電話は育休の職場から。困ったことがあったときにしか電話は来ない。
だから、無視することは憚られらた。
泣く我が子を抱えて電話に出る。
「もしもし、響です。」
我が子の泣き声が力を増す。私が自分じゃない誰かを優先したと怒っているみたいだ。
電話の主は子供の声に驚いたのか、一瞬止まって、慌てたように言葉をだす。
「お、お疲れ様です。先輩すみません。長谷川さんの事で、相談したかったんですが、、、お子さんメッチャ泣かれてますけど、、、」
「あぁ、長谷川さんね」
私は彼女の顔を思い浮かべる。私が担任を務めていたクラスの学生だ。
ちょっと問題があって、不登校だ。
何かあったのだろう。かなり力を入れて関わっていたのを彼女は知っているからわざわざ声をかけてくれたようだ。
「あのね、長谷川さんのことは学年主任の山田先生にお願いしてあるから、山田先生と相談して出た結果ならそれでいいよ。長谷川さんにも伝えてあるから」
電話先の彼女は納得した声をだした。
「あ、わかりました。長谷川さんに伝えられているんですね。ちょっとそれが気になってて、、、あ、すみません。香ちゃん泣いてますね。先輩すみませんでした」
「うん、大丈夫だよ。わざわざ連絡ありがとう」
電話をおいた。
電話中もずっと泣き続けてる我が子を私は抱きしめる。
「ごめんね、寝てたのに起こしてしまって、また寝ようね」
そう言って家の中をぐるぐる回りながら子守唄を歌う。
30分泣き続ける我が子を抱きしめて「もう寝て」とつぶやく。
決して可愛くないわけではない。
そう、自分に言い聞かせながら、それでも尖ってくる気持ちを押さえつけることが出来ない。
「もう寝て」声が大きくなる。
我が子の声も大きくなる。
もう一度おむつを見て、おっぱいをあげようと布団にそっと寝かせ、
自分の乳房を出して乳首を吸わせようと試みるけど、
何故かイヤイヤと母乳を飲むことなく泣き続ける。
もう、どうしようもなくて、私は我が子を布団の上に寝かせたまま自分は体を起こした。
泣き続ける我が子の横に座り込んで耳をふさぐ。
本当に嫌になる。
どうしていいか分からない。
抱っこして歩き回った自分の体はボロボロだ。
もう立ち上がることなんてできない。
自分の体を抱きしめる。
どうしようもなく涙が出てきた。
泣き続ける我が子に声をあげる。
「もう!いい加減にして、なんで泣き止まないの?なんで寝ないの。寝なくていいから、泣き止んでよ」
大きな声に泣き声がまた大きくなった。
私はまた耳をおさえた。
どれくらい時間がたったのだろうか、、、
空調の音だけが聞こえていた。
いつの間にか私は我が子の横に転がって眠っていたようだ。
何故か、我が子も寝ていた。
当たりが少し暗くなっていることに気付く。
リビングの置時計を確認する。
あぁ、もう17時だ。
1時間近く寝ていたことになる。
眠った事で少し頭がクリアになった感じだ。
体はだるくて、起き上がるのにかなり力を入れなければならなかった。
旦那さんの帰ってくる時間は大体19時。
それまでにご飯を用意しなくちゃいけない。
重い体を引きづって、キッチンに行く。
キッチンからも我が子が寝てるリビングは見える。
キッチンに立って、冷蔵庫を開けた瞬間にまた泣き声。
私はため息を吐きながら冷蔵庫をそっと閉めた。
今日はお弁当を買ってきてもらおう。
私は我が子の横に寝転がる。
そして、お腹をトントンしながら、童謡を歌う。
何度も何度も、
その内にキャッキャッという声が聞こえてニコニコ笑顔になってきた。
私の娘。
初めての子供。
子供の泣き声が近所迷惑にならないように一軒家の借家を借りて親子3人で暮らしてる。
旦那さんは看護師で夜勤もあるからほぼ育児は私の仕事。
私は中学の国語教員をしてる。
只今育休中。
引継ぎもしっかりしたつもりだけど、時々ヘルプの電話が鳴ってくるし、人手が足りなくて少し内職的に採点の仕事をしていたりする。
育休中だけど、仕事から離れているって感じがあまりしない。
今まで、子供の立場に立って、色々考えてきたけど、親って大変だと親になって改めて思う。
子供が可愛くない親なんていないとか
虐待って意味わかんないとか
何でしんどいなら周りを頼らないんだろとか
子供以上に大切なものなんてないだろとか
散々保護者に対して思っていた言葉達が今は自分に向けられる。
泣き続けられると
黙れって思うし
可愛いなんて思えない。
夜中なんて発狂しそうになる。
助けを求めるより前に自分の精神が異常をきたして、助けを呼べる状態じゃなくなる。
何にも分かってなかった。
笑顔の娘を見て、
自分も笑顔になるけれど
その心の中は苦いものでいっぱいになる。
こんな天使みたいな赤ちゃんに大きな声で怒鳴りつけて、
私は怒ることないって思っていたのに、赤ちゃん相手に滅茶苦茶怒っている。
自分がとても醜く思えた。
いつもならスリングに入れて抱っこしながら夕食を作ったりするけれど、今日はとてもそんな気分にならない。
きっと離れたらまた泣くだろうし、、、
携帯電話をとって旦那さんにメールを送る。
『ごめんなさい。今日は夕飯を作れそうにないです。お弁当買ってきて』
6時過ぎてるから、メールの確認は出来ると思う。
なんてのんびり考えていたら、着信がきた。
旦那だ。
「もしもし」通話ボタンを押して、電話にでる。
開口一番、彼は思いもよらない一言を言った。
「またお弁当なの?」
私は固まった。
涙が出そうになる。
「何?また香が泣きっぱなしだったの?赤ちゃんなんて泣くのが仕事みたいなもんなんだから、ちょっとくらい泣いててもいいじゃない。神経質すぎだよ。」
涙が盛り上がってくるのが分かった。
何か言い返したくて携帯電話を握る手に力が入る。
いつの間にが隣で寝てる我が子をみる。
泣くのをグッとこらえて、我が子の寝てる横でスっと体を起こす。
そっと立ち上がる。
文句が言いたかったはずなのに出てきたのは謝罪の言葉だった。
「ごめんなさい」
もうこらえられなくて涙が洪水のようにあふれ出す。
「ごめんなさい。何か作るから。ごめん、簡単な物しか作れないからちょっとでもお惣菜買ってきてくれると嬉しい」
少し声が上ずっている。
「また泣いてるの。君がそんなだから香ちゃんも泣きっぱなしになるんだよ。母親なんだからさ、もっとしっかりしてくれない?」
電話越しの母親としての自分への叱責。
心がつぶれそうになる。
私がダメなんだ。
無意識にそう思った。
気分が悪くなる。
これ以上旦那の言葉を聞いていられない。
私はご飯作るからと言ってすぐに電話を切る。
後1時間もすれば彼は帰ってくる。
それまでにご飯を炊いて、冷凍してたお肉とお野菜で野菜炒めをして、豆腐があったから味噌汁をして、とりあえず、1時間あれば出来る。
私はお米を取り出す。
次の瞬間に我が子の泣き声。
ああ、始まった。
旦那は泣かせとけばいいと言ったけれど、私はその泣き声を聞き続けることが辛い。
だから、スリングを出して、その中に我が子を抱きかかえる。
スリングに入れると泣き声はおさまった。そのまま、食事を作る。
「ご飯作ったら、香ちゃんもご飯にしようね」
うちの子は母乳しか飲まない。
生後3か月母乳しか与えなかったら、母乳しか飲んでくれなくなってしまった。
4カ月に入って、ちょっと両親に預けて買い物しようと思って粉ミルクを与えてみたけど、一切受け付けてくれないのだ。
後2か月もすれば離乳食だからそれまでは一人の外出は2時間くらいが限界だ。
見てくれる両親も車で1時間以上かかる場所に住んでる。
そこまで行くのもしんどい時がある。
本当に時々、2時間くらいは旦那が子守をしてくれる。
今までで3回、月に1度のペースだ。
その事は本当に感謝している。
でも、ああやって非難され続ける。
赤ちゃんが泣くのは母親のせいだって。
私がダメなんだって、、、
お腹の前のスリングの中の我が子の重みを感じながら、淡々と食事の用意をする。
炊飯器にご飯をセットして、
水とイリコを鍋に入れて火をかける。
キャベツと豚肉を取り出して炒めて、豆腐とねぎを切る。
そこまでして、再び赤ちゃんの泣き声が私のお腹から響いてくる。
「はいはい。お腹すいたのかな?もう少しだから、もう少しだけ待ってね」
そう我が子に声をかけながら、体をゆする。
沸騰した鍋からイリコを取り出し豆腐とねぎを入れて冷蔵庫から味噌を取り出す。
味噌をときながら、泣き続ける我が子をあやす。
そこまで終わって、畳のお部屋に腰を下ろし我が子を座布団の上に寝かす。
授乳服から乳房を出す。
我が子が一層声を大きくして泣いた。
我が子を抱き上げて乳房に顔を近づけるパクっと口に頬張る。
こくこくと母乳を飲み始めた。
母乳を飲んでいない方の乳房に母乳が溢れ始めるのを感じる。
自分の心は母親とは言い難いのに、体は立派にこの子の母親なんだと感じる。
しばらくして、母乳を吸う乳房を交換する。
我が子の口の端から指を入れて、乳首から口を離すと乳房を服で隠すと頭の向きを反対に抱っこし直す。
反対の乳房を出してもう一度我が子の口に乳首を入れる。
まだまだ飲み足りないようで、また一生懸命飲み始めた。
一生懸命こうやっておっぱいを吸っている姿をみると母性がくすぐられて本当にかわいいと思える。
私は思わず大きく息を吐いた。
ずっとこんなにかわいいままならいいのに。
泣いて泣き止まない彼女は小さな悪魔に見える自分の目はやっぱり母親にはなれていないのかもしれないと思った。
我が子の口が止まる。
満腹になって眠っているのが分かった。
そっと顔を近づけて頬に少し触れるだけのキスをする。
こんなにこんなに大好きなのに、、、
やっぱり苦い思いがこみ上げる。
玄関のカギの開く音が聞こえる。
旦那が帰ってきた。
私はそっと、我が子をお布団の上に寝かせてみる。
寝てくれている。
良かった。
私は胸をなでおろす。
彼は部屋の入口に立っていた。
「お帰り」
大きくも小さくもない声が私の口から出た。
その声を聞いて、赤ちゃんが反応しないのを見て、同じくらいの声で「ただいま」と彼も言う。
その手にはスーパーの袋。
揚げ物の匂いがする。
私はスーパーの袋を受け取ってお惣菜を皿にもり、机に並べた。
彼は真っ直ぐに我が子の側により、小さな声で囁く
「パパが帰ったよ。ただいま」
彼は目を細め、とろけるように笑った。
私には向けられることのない顔。
自分の娘なのに、娘に嫉妬してしまう自分。
また、落ち込む。
私は私の感情がコントロールできないことにいら立っていた。
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