第2話 衣装
さて今更ではあるけれど、私は女性らしい。まあそれは別にどうでもいい。重要なのはこの衣装箪笥にしまわれている服は多分女性の衣服であること。どうも別の誰かが使っていた服らしい。
中には民族衣装? らしきどうやって着ればいいのかわからない服もある。それでも前世での
改めて私自身の容姿を確認してみよう。部屋に備え付けられた鏡台の前に立つ。
しげしげと自分の顔を眺め、ぺたぺたと体を触る。
「なかなかの美人じゃないですか」
つややかな黒い長髪。シミ一つない肌。プロポーションもきっちり出るところは出ていて引き締まるところはしまっている。深窓の令嬢という言葉がしっくりくる絵画から現実世界に飛び出てきたような美少女だ。
そして神秘的なのが赤い瞳。宝石のように赤い虹彩がとても印象に残る。
年齢は高校生くらいだろうか。こんな美人が高校に通っていればそれだけで通学も苦にならないに違いない。
若さとはそれだけでかけがえのないものだけど、これで文句を言えば三日以内に背後から刺されて死ぬだろう。顔面偏差値が人生のすべてではなくても、ブサイクより美人のほうがいいに決まっている。
「だからこそ何を着るべきか迷いますね」
この美人に負けない服。さらに旦那様に気に入られそうな服。
衣装箪笥をもう一度漁る。
「いいのがあるじゃないですか」
何故こんなものがあるのかよくわからないが、この状況にぴったりな服を見つけた。
チリン、と鈴が鳴る。ノックの代わりなのだろうか。それから旦那様が声をかけてきた。
「サユリ。着替えは終わったか?」
「終わりました」
返事をするとすぐに旦那様が入室した。
さあ、私のコーディネートをご覧あれ!
濃紺のワンピースに白く丈の長いエプロンドレス。頭には白いカチューシャ。どこをどう見ても立派なメイド服だ。
ミニスカにしたり無駄にフリフリがついていない硬派な感じも気に入っている。ヴィクトリアンとかクラシカルとか呼ばれる種類だったはず。
髪を結う時間がなかったのは残念だけれど、男は好きでしょう? こういうの。露出が足りないなんて言い出しそうですけどね。
(さあ、どうだ旦那様!)
自信満々の心持ちで旦那様の表情を窺うと……。
途轍もないほどの怒りの表情だった。
(なんっでですかぁ⁉)
喜ぶどころか思わずたじろぐ形相。今まで仏頂面か優し気な表情が多かっただけにその衝撃は激しい。そんなにメイド服が嫌いだったんですか⁉ それなら部屋にしまわずに捨ててくださいよ!
何とか失態を挽回する方策を頭の中で巡らせていると、プルルルル、という電話の呼び出し音が聞こえた。……電話があるの?
旦那様は踵を返すと音が鳴る部屋に向かっていく。少しためらったが私も後に続いた。
呼び出し音がする部屋の前に立ち止まると旦那様は一瞬だけ私の方を向いたが、何も言わず部屋に入った。しかし扉が閉められていなかったので好奇心に負けた私はこっそりと部屋を覗き込む。
部屋の中にいたのは当然旦那様……そして呼び出し音を発していたのは……鳥だった。オウムだろうか。それほど大きくはないが派手な色合いでくちばしの大きな鳥が鳥かごの中の止まり木にとまっている。
人の言葉を話す鳥は地球でも別に珍しくない。多分何かの声真似をしているうちに呼び出し音のような言葉を覚えたのだろう。だが旦那様はその鳥に対して話しかけた。
「ケレム・ヤルド」
何故名乗る?
まさかあの鳥が旦那様の上司だとでも言うのだろうか。
だが、鳥から飛び出したのは流暢な言葉だった。
『ヤルド様のお宅ですか? 私は地下水路管理組合のものですが……』
完全に会話が成立している。流石にそんな鳥は地球では見たことがない。興味はあったが覗き見がばれるのはあまりよくない。
一旦少し下がり、会話が終わるのを待つことにする。間を置かずに旦那様が鳥かごを持ちながら部屋から出てきた。
「旦那様。質問してもよろしいでしょうか」
「何だ?」
「その鳥は一体何でしょうか? 人の言葉を話すのですか?」
「
ネーミングセンスはともかくとして便利な鳥だ。これが一家に一台、いや一羽いれば固定電話はいらないだろう。でも食費などのランニングコストを考えれば損かな?
興味深く電話鳥を見ていたが、視線をあげると旦那様がわずかに頬を緩ませていた。しかし私の視線に気づくと顔を引き締めた。
「ついてこい。私の息子に会わせる」
「はい」
なんとなくだが、機嫌は先ほどよりもよくなったように思える。メイド服を着ると怒って鳥に興味を持つと喜ぶ。……さっぱり心情がわからない。
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