第十七話 「スパイ」

「(・・・・)」


「Мы ~

(ウィ~)」


"ダンッッ


「(酒か・・・・)」


「Что, ты наконец


 пришел? Эмои?

(何だ、ようやく来たのか...? 


 "エモイ"?)」


"グビ"


「Уххххххх!

(ッハァァあああーーー!)」


「(・・・・)」


林の招きによって面接が行われる小部屋の中に


隆和が入ると、そこには


仕事道具か何かと勘違いしているのか


当たり前の様に酒のボトルを片手に


部屋の奥の長机に座っている


モスクワ支局支局長


"カラシニーコフォ・スサケフスキ"


の姿が見える


「・・・すわって」


「あ、ああ、どうも。」


"ガタッ"


林の言葉に奥の机に座っている


二人の机の少し先、あまり広くはない


部屋の中央に置かれたパイプ椅子に


隆和が腰を下ろす


「Эмои, Эмои,!

(エモイ... エモイ...!)」


「(・・・・)」


"ドンッ!!


「(・・・コロブネフ...)」


机の上に叩きつけられた


酒のラベルに目を向けると、


おそらくロシア語であろう文字で


"Коробнев"


の文字が書かれているのが見える


「・・・・・」


「・・・・・」


「・・・・・?」


緊張した顔つきで少し離れた場所の


長机の方を見ていると、スサケフスキが


青いビー玉の様な瞳でこちらを睨みつけたまま、


特に何かを喋る訳でも無く眉間に皺(しわ)を寄せ、


手にしていたウォッカを自分の口へと流し込む....


「・・・・」


"ガッ"


「・・・・」


「... Платеж

(・・・フィーッ)」


"ドンッ!"


「・・・・あ、あの...」


「... Какова цель


 "Нитиаса" ...?

(・・・おめえら、"ニチアサ"は


 何が目的なんだ・・・?)」


隆和が口を開こうとすると


その言葉を制する様にスサケフスキが


低く、部屋中に響く声を上げる


「―――支局長、こう言ってるネ」


林が隣に座っているスサケフスキの言葉を


隆和に通訳する


「・・・も、目的?」


"グイ"


口元に付いていた酒の雫を手で拭うと、


スサケフスキは大きく目を見開く


「Тебе не нужно


 это скрывать Теми это


 шпион, которого


 послал, Ничиаса?

(・・・隠さなくたっていい....


 テメェは、ニチアサが送り込んできた


 "スパイ"なんだろう・・・?)」


「―――支局長、こう言ってマス」


「す、スパイ?」


「Не правда ли? Ничиаса


 купил, комсоморец


 Искра, а я пока был


 начальником бюро,

(―――そうじゃねえか、ニチアサは


 このイスクラ・コムソモーレツ社を買収し


 とりあえず、俺はその


 支局長に収まったが...)」


「・・・・」


目の前のこのロシア人が


何を言っているか、まるで分からない


「Вот почему Оми пришел,

(そこに、オメェが来たって訳だ...)」


「支局長、こう言ってマス」


「い、いや、それは


 本社からの命令で――――」


「Не говори глупостей!

(ふざけた事言うんじゃねえっ!)」


"ドンッ!!"


「――――ひ、ひぃぃぃっ!?」


「・・・・!」


どうやら部屋の外に三咲がいるのか、


部屋の中に酒瓶を叩きつける音が響くと


どこからか叫び声の様な物が聞こえてくる


「コノ、トンチキィヤルルロオゥッッ―――、?


 オメェルゥア、ニチアサノヤトゥルァグァ


 コヌォイスクラ・コムサモーレツニキトゥェッ


 ソコニオムェガシャイントゥォスィテ


 ニホンクゥワルゥァキツェルッテコトウァ、


 カンゼンヌゥ


 "Hokkamuri"!


 "ホッカムリ"!


 ――――ヌワンドゥアヨッ!?」


「・・・・!」


どこで覚えたのか分からないが


流暢(りゅうちょう)な江戸弁で話す


スサケフスキに、


どこか場違いな場所にいる様な....


自分はまだ日本にいるんじゃないか....


そんな気がしてくる


「―――スゥオゥジャネェクワァッ!?


 ロシアッ!? ロシアッ!?


 オムェウア、ニホンクゥワルゥアキトゥア


 スパイ・・・


 "Hokkamuri"、


 "ホッカムリ"ナンダロウッ!?」


「・・・・・」


"ホッカムリ"


おそらくどこかで


間違った言葉を覚えたのだろうが、


真剣な表情でこの言葉を連呼する


スサケフスキに、かなり戸惑いを感じる....


「("Hokkamuri"="スパイ"って


  事なのか....)」


「―――――、」


「ガタッ」


「・・・・!」


何か思う所があるのか


自分の椅子からゆっくりと立ち上がると、


背を向け、スサケフスキは部屋の壁際を見る....


「А пока, эй, Эмои


 В какой-то мере


 Кисаме сообщили


 из штаба Нитиаса

(とりあえずおめぇ、"エモイ"....


 キサマの事は、ニチアサの本社からも


 ある程度は聞かされてる...)」


「支局長、こう言ってマス」


"ガッ"


机に置いてあった酒瓶を手に取ると、


スサケフスキはくるり、と踵(きびす)を返す


「エモイ・・・」


「は、はい」


「А пока у меня будет


 главный редактор одной


 из двух моих газет,


 таблоида


 «Аро! Комсоморецу!»...

(おめぇは、とりあえず、


 ウチの二紙ある紙面の内の一つ、タブロイド紙


「アロ! コムソモーレツ!」の方で


 編集長をやってもらう事にする...)」


「へ、編集長....」


「Спросите там лес,


 чтобы, узнать


 подробности

(―――詳しい事は、そこにいる林に聞け)」


"ガタッ"


「――――あ!」


酒の瓶を手に取り、


部屋から出て行こうとするスサケフスキを


隆和が後ろから呼び止める


「・・・・!」


"ガタンッ!"


スサケフスキは酒を呷りながら立ち止まると、


目の前に座っている隆和を見下ろす....


「・・・・!?」


「Хорошо, я еще не


 доверял тебе,

(いいか―――.... 俺はまだ


 お前を信用した訳じゃねぇ―――....)」


「・・・・っ」


「Я не знаю, послали


 ли вас в этот Искра


 Комсаморец как


 Хоккамури, но


 я вам не доверяю,

(お前が、何故、"Hokkamuri"としてこの


 イスクラ・コムソモーレツ社に


 送り込まれて来たのかは分からんが、俺は


 お前を信頼しちゃいねぇ――――)」


「・・・し、信頼?」


「Не забывай об этом

(―――それを忘れるな)」


「ッ・・・!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る