第02話 麒族VS流一郎①

 キーンコーン……。

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 四時限目の終了、すなわち昼休みとあってか、二年A組の雰囲気はどっと緩んだ。

 鞄から弁当を取り出す者、生徒食堂へ移動しようとする者、購買部へパンを買いに行こうとする者、さまざまだ。

 だが、その弛緩した空気は次の瞬間に一変した。

 ガララララララ。

 教室前方の引き戸が開け放たれると、見知らぬバーテンダーとバーテンドレスが無言で入ってきた。その服装の印象は、通り魔やテロリストから大きく外れていたので、生徒たちが声をあげることはなかった。だが教壇に立っていた国語教師の対応だけは違った。部外者の侵入については厳しく対応するというルールが教師たちの間で共有されていたからだ。

 国語教師は二人の侵入者に近付いた。

 宵子はそれをぼうっと見つめていた。彼女はまだ、目の前の二人がディスコ「ケイオス」で遭遇した相手だということを思い出せていない。

 国語教師が侵入者に向かって何かを言おうとした瞬間、それよりも早く言葉を発したのは流一郎だった。

「馬鹿か! 三流麒族が!」

 その言葉とほぼ同時に、国語教師はバーテンダーに殴り飛ばされた。

 勢い、教室の反対側まで飛ばされ、窓ガラスを盛大に割る。

 さすがに教室内は騒然とした。

 流一郎は右手に金属バットで立ち上がると、跳ぶ勢いでバーテンダーとバーテンドレスに向かって駆ける。

「秒殺!!」

 振り抜いた金属バットは、二人の侵入者を同時に捉えていた。

 ガシャーーーーン。

 白磁の割れる音は、宵子の記憶を一気に呼び覚ました。砕け散った二人組が、昨夜、自分に牙をむいた相手だということを思い出す。宵子の胸の奥に、またも痛みが走った。

 根拠のない考えだが、今の二人組は、自分を探してこの学園に来たような気がした。

 一方、流一郎は、足もとに砕け散った瀬戸物の欠片を未だ警戒している。

『どうしたのだろう? 終わりではないの?』

 そう宵子が思った瞬間、瀬戸物の欠片たちはつむじ風のように舞い上がると、再び人間の姿を取り始めた。形状を復元しているのだ。

 否、復元ではなかった。

 先ほどまではバーテンダーとバーテンドレスの姿をしていた「それら」は、今度は一柱の「白磁の鬼」の姿に変身した。これが本当の姿なのかもしれない。

 麒族きぞく――。

 さすがの流一郎も、ギョッと目を見張った。だが一瞬ののちには冷静さを取り戻し、金属バットをフルスイングする。その軌道は、鬼の胴体を確実にとらえていた。ものすごい運動神経だ。

 カーーーン!

 だが今度は割れない!

「くっ……!」

 流一郎の表情から余裕が消えた。

 今の一撃は、流一郎にとって会心の一振りだったからだ。

 流一郎は続けざまに二撃、三撃と打ちつけたが、白磁の鬼が割れる気配はない。

 金属バットが効かない現状で、流一郎に次の策はあるのだろうか?

 クラスメイトたちが、教室後方の引き戸から次々に脱出していく。やや薄情な気もするが、そのほうが流一郎にとっても望むところだろう。観客たちの怪我にまで注意しなければならなくなったら、戦いに集中するどころではないからだ。

 緊迫の戦いを、宵子と五郎そして小夜子の三人が教室内で見守っている。

 宵子は緊張のあまり、胸の奥がさらに痛くなっていた。そして流一郎のために出来ることは何かないかと教室内を見渡す――が、武器になるようなものは見当たらなかった。

 それでも何か出来ることはあるはずだ。

 例えば、こんな風に――。

「えいっ!!」

 宵子は、白磁の鬼の背後から、自分の椅子で殴りかかった。

 ガシャーーーーン!

 もろくも割れてしまう鬼。これには宵子自身が一番驚いた。

「えっ!?」

「不意打ちには弱いってわけか」と崩れ落ちた破片を見やる流一郎。

 やがて細々とした破片たちが、生き物のようにうごめきだした。再度、本体を復元しようとしているのだ。

「みんなは下がっていてくれ。また来るぞ――」

 言いながら流一郎は一歩前に出た。宵子たちは、言われたとおりに教室の隅へ移動するが、決して外に出て行こうとはしない。

 再び、欠片たちがつむじ風と共に舞い上がると、またもや白磁の鬼の姿になった。

 通常攻撃では効かないと分かっていても、流一郎は金属バットを構える。

 その気迫に押されたのか、それとも流一郎の中に眠る「何か」に恐れおののいたのか、白磁の鬼は、突然、脱兎のごとく逃げ出した。教室後方の引き戸から飛び出すと、廊下を駆け抜けていく。と同時に、廊下から生徒たちの悲鳴が響き渡る。おかげで白磁の鬼がどこをどう逃げているのか、手に取るように分かった。生徒たちが叫ぶ方向を追えばいいのだ。

 流一郎は廊下に飛び出した。その後を、宵子、五郎、小夜子が続く。

 はたして、白磁の鬼はまだ視界の中にいた。まっすぐな廊下のかなた、二年G組の教室前あたりを駆けている。もっとも、その先で廊下は終わっているのだが――。

 程なくして、廊下の突き当たりで白磁の鬼は立ち止まった。そこに全力で走る流一郎が迫る。

 白磁の鬼は決断を迫られた。あと数秒で鬼と流一郎は再び激突する。

 意を決したのか、白磁の鬼が廊下の窓を突き破って外へと飛び出した。

 続けざまに流一郎も飛び出す。そこに迷いはなかった。

 五郎が「おいおい! ここ三階だぞ!」と叫びながら窓外を見やると、白磁の鬼と流一郎は、新校舎と旧校舎を結ぶ渡り廊下の屋根の上に着地していた。

 そのまま屋根の上で対峙する両者。

 鬼の両腕が刃状に変形し、二刀流となって流一郎に迫る。

 ガキン!

 流一郎の金属バットと鬼の刃が激突した。

「くっ! 三流の分際で!」としのぎを削るが、鬼の刃が割れることはない。

「助けないと! また後ろから椅子で!」と宵子。

「いやいや、さっきのはビギナーズラックだろ。今さら行っても邪魔になるだけだ」と五郎は断じる。

「でも!」

「五郎くんの言うとおりです。ここは死ノ儀くんに任せるしかありません」

 小夜子は宵子をまっすぐに見据えたままそう言った。その確信がどこから来るのか、今の宵子には分からない。

 三人が再び窓外を見ると、そこに白磁の鬼と流一郎の姿はなかった。

 次の瞬間、体育館のほうから生徒たちの叫び声が聞こえた。戦場は刻一刻と移動しているのだ。

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