残酷で美しい世界
徳田雄一
儚い夢
風が吹き荒れる中、車が物凄いスピードで走っていく道路を見つめてボーッとしている彼女を俺はジッと見ていた。
徐々に徐々に近づいていき、彼女と数メートルの距離になった頃、彼女はこちらに気づき汚物を見るかのような目で睨みつけてくる。
「なに?」
「あ……」
「……用がないならあっちいって」
すると彼女はおもむろに道路に飛び出そうとしていた。それを放ってはおけず彼女の腕を掴み、歩道へと引き込んだ。それに彼女は驚きながらも、怒りを露わにする。
「なにしてんのよ!!!」
「ご、ごめん。咄嗟に……」
咄嗟に出てしまった手。掴んだ腕は華奢で今にも折れそうなほど細かった。
彼女は掴む手を振りほどきながら、勢い任せに言葉を並べる。
「あんたみたいな無責任に正義感のあるやつが1番邪魔なんだよ……助けても助けてもその後のケアは何もしてくれない。なのに死ぬなだなんて言ってくる。ケアもしてくれないなら放っておけよ!!!」
「ご、ごめん。責任取るよ。何があったのか教えてくれ」
「私が言ってからそんなこと言うなんて、やっぱり偽善なんでしょ」
彼女は人を完全に信じることを忘れ、孤独に生きていた。過去に何らかの事情があったとしてもここまで拗らせるなど何があったのだろうか。それを聞こうとなけなしの金をはたいて、カフェへ彼女を連れて行く。
☆☆☆
「ご注文はお決まりでしょうか」
「君は何にする?」
「……オレンジジュース」
「僕は珈琲で」
「かしこまりました」
店員が去った後、彼女を見つめながら彼女から話し始めるのを待っていると、おもむろに語り出す。
「初対面のあんたに言うことじゃないけど、私見てわかる通り死にたいんだよね」
「そう……だろうね」
「私。親が借金で蒸発したんだ」
「……その借金は」
「返し終わってない」
その後の会話をどう繰り広げるべきか迷っていると、店員がテーブルにコップを置く音が響き、一度リセットをしてくれたかのような時間が過ぎた。
「……借金が君にかかってて、死のうと思ったんだね?」
「……違う。これ以上はあんたに話すことじゃないから」
「そ、そうか……」
カフェから彼女は勢いよく出ていく。それを追いかけるようにテーブルに二千円を置き、飛び出した。
彼女の後ろ姿を捉えた場所はラブホテルが立ち並ぶ、ホテル街であった。
彼女は他の男と共にラブホテルの中に入っていった。自分の身体を差し出し金を渡す。
援交の様なことをしているのだろうか。
だがこのまま待っていても出てくる気配はなく、その日仕方なく家に帰る。
☆☆☆
次の朝、憂鬱になりながら会社へ行こうと玄関を開けると、昨日の少女が現れる。
「……おにいさん」
「お、おう」
「……」
「どうした?」
「一緒にラブホテル行こ……」
「は?」
「三万円でヤらせてあげるから」
「自分の身体を大切にしろ!!」
そう怒鳴ると彼女は諦めたようで、どこかへ行ってしまった。その背中からは孤独、寂しさが溢れ出ており、やはり放っておけず追いかける。
「……待てよ」
「なに?」
「……何万あれば足りるんだ」
「……借金は死んでも返せない額」
彼女は悲しい笑みを浮かべながら、また前へと進んでいった。ここで彼女を放っておいていいのだろうか。
放っておいてはまた自殺するのではないだろうか。そういった不安が頭をよぎる。
気づけば、俺は彼女とラブホテルに入っていた。
「男はみんな同じだね」
「……違う。俺は君の身体が、大事だから」
「だから、自分だけのモノにしようってこと?」
「うっ……」
「嬉しいよ。私を求めてくれてるんだね」
そういうと彼女はおもむろに服を脱ぎ出し俺に股がった。
その後は彼女を玩具のように扱ってしまう。本能に逆らえなかった。
「はぁ……はぁ……」
「おにいさんきもちよかったよ♡」
「これ……約束の三万だ」
三万を渡した後彼女とラブホテルから出て、その日は終わった。彼女を慰みものにしてしまったことを後悔していた。
だが今更後には戻れない。その日から始まった彼女とのラブホ生活。仕事を忘れ、会社を無断欠勤する日々が続いた。
☆☆☆
ある日のことだった。彼女と事を終わらせたあと、ラブホテルから出るとある男が待ち構えていた。
「おいこらぁぁ!!」
「ひっ……」
彼女は顔を隠し、恐怖で肩を震わせていた。俺は思わず彼女の前に立ち塞がり、彼女を守ろうとした。
「なんだワレェ!!」
「……あんたこそなんだ」
「そこのガキは家の子供だ。迎えに来て何が悪い!!」
「そんな悪人面で迎えに来ることなんかないでしょう!!」
必死に彼女を守ろうとしたが、彼女の義父を語る男から拳が飛び、顔面を殴られてしまう。ズキズキと痛みが走り、歯が数本折れてしまう。
「な、なにすんだ!!」
「次こいつに手を出したら殺すぞ」
「……!!!」
スポーツも何もしてこなかったただの社畜である俺が、喧嘩で勝てるわけもなくただ彼女が連れていかれるのを見ていた。
だが妙な胸騒ぎがしてしまい、バレないよう尾行をしていると、ボロボロのアパートに男と彼女は入っていった。
するとボロアパートから響く罵声。彼女のすすり泣く声が外にまで漏れていた。
俺は思わず扉を叩き、開けるように。彼女を助けたくて必死に必死に扉を叩く。
「うるせぇな。誰だァ!!」
「……彼女を出せ」
「あーうぜぇ!!!」
彼女の髪の毛を引っ張りながら男は連れ出す。
先程まで綺麗に身を包んでいた服がビリビリに破られ、下着姿で血を流しながら涙目のまま連れ出されてくる。
虐待だ。性的暴行を加えている上、言うことを聞かなければ殴り続ける。
義父の立場を利用していた彼を許せる訳もなく、警察に連絡をしようとした。男はそれを止めようとしたが、こちらも必死になっているため、男の股間を蹴りあげ悶絶している所でスマホで警察を呼ぶ。
彼女は俺の後ろに隠れ、震えながらギュッと抱きついてくる。俺は彼女に上着を着せ、警察の到着を今か今かと待ちわびていた。
☆☆☆
パトカーのサイレンが街中に響き渡る。警察が到着し事情を説明すると、男はその場で現行犯逮捕される。
その姿に彼女は安堵したのか、我慢していた涙が溢れ出る。
「ありがとぉぉ……」
「いいんだ。助かってよかったよ」
「でも……私」
「いいんだ。俺が君を養ってあげる」
「え?いいの?」
警察になんとか事情を説明して、俺が彼女を引き取る形となった。
彼女と共に家へ帰る。彼女は少し汚れた男臭い部屋にも嫌な顔ひとつせず、むしろ喜んでいた。
「……これから宜しくお願いします」
「あぁ。我儘でもなんでもいいんだ。我慢するなよ。したいことをすればいい」
「……おにいさん。私を抱いて?」
「そういうのはお断りだ。俺の家に来たからには健康に過ごしてもらう」
「うぅ……」
彼女の頭を撫でながら、俺は会社へ詫びの連絡を入れる。
「無断欠勤申し訳ありません」
「……何をしてたんだ」
「クビは覚悟しておりますが、その上で説明しても……?」
「あぁ。理由によっちゃ解雇はできねぇ。ただくだらねぇ理由で欠勤してたんならクビだ」
優しい上司で良かったと思いながら説明をすると、なんとか許しを頂けることとなった。
彼女は不安そうな顔で見つめていた。これから彼女を養うためにも、仕事はしなければならない。失業しなかったことに少し安堵した。
「大丈夫だったよ」
「良かった……」
「心配してくれてたのか」
「私……」
「いいんだよ。晩飯何がいい?」
彼女は目を輝かせながらピザを食べたいと言う。彼女の我儘を受け入れ、ピザを食べる。
次は「一緒に寝たい」と可愛らしい笑顔を見せながら言う。タジタジになりながら彼女とベッドに入り、彼女が眠るまでずっと撫で続けた。
ふと思う。何故ここまで彼女に肩入れしているのだろうか。
だが思いつく理由はただ1つ。
彼女に一目惚れしたからだろう。あの日から。
☆☆☆
暮らし始めて3ヶ月が経った頃だろうか。普段通り、朝目が覚めると置き手紙と共に彼女は居なくなっていた。
私を探さないで。今までありがとう。
と書かれていた。胸騒ぎがした。
街中全てをくまなく探した。だけど彼女は見つからなかった。
日が落ち始めた頃、捜索も難しくなってくる。ふと頭をよぎったのはあの日出逢った道路。
彼女が死のうとした、あの道路に向かうと彼女はあの日と同じように道路をボーッと見つめていた。
「おい!!」
「あれ。おにいさん」
「な、なにしてる!」
「おにいさん。私の名前ね【幸】って書いて、さちって言うんだ」
「……」
「幸って名前さ。幸せになれるよーにとかでつけてくれたんだって」
「おう」
「なのに私幸せになれなかった」
「お、俺がいるだろ!!」
「おにいさんとも幸せになれないよ。だって義務感でおにいさんは私を助けたでしょう?」
「義務感なんてない!お前が好きなんだよ!」
「……ありがとう。そんなこと言ってくれる男なんて居なかったよ」
「お、おい何してんだ。戻ってこい」
「あのね。私……」
「話しならいくらでも後で聞くから、今は戻ってこい!」
「私、あの男の子を孕んだの」
「……え?」
「笑っちゃうよね」
「……やめろ。やめろぉ!!!」
キィィィ……ガンッッ……
鈍い音が響き渡る。
サチの華奢な身体が吹き飛ばされ、宙を舞う。
そして、次に映った光景は、地面に強く叩きつけられ、血だらけになる彼女の姿。
だが、顔は幸せそうに微笑んでいた。
幸。お前なんでそんな顔で死んだんだよ。
幸。俺はお前を幸せに出来る自信があったんだよ。
幸……
この世は理不尽なものが多い。
一つ幸せを逃せば、その後は虚無の世界。
幸。今行くからな……。
残酷で美しい世界 徳田雄一 @kumosaki
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