幼馴染はテレビの中

杜侍音

幼馴染はテレビの中


 ──俺の幼馴染はテレビの中にいる。



 ……本当だ。妄想だとか厨二病だとか、フィクションと線引きができない人だと思わないで欲しい。

 幼馴染はテレビの中にいるのだ。物理的に。

 芸能人でもない。推しを勝手に幼馴染に変換しているわけでもない。

 家が隣同士でクラスが毎年同じの、すぐそばにいる女の子だ。


 彼女の頭には、下から突き上げるようにしてブラウン菅テレビが突き刺さっている。もしくはテレビから女子高生が生えているという表現がよいだろうか。

 とにかく、サイレンヘッドの妹として都市伝説となりそうなほどには、奇妙な容貌であることは間違いない。

 それが俺の幼馴染、中西実里なかにし みのりである。名前は至って普通だ。


『──えぇ! ワタクシも行きたいですわ!』


 高飛車なお嬢様喋りの実里は、放課後、クラスメイトからのカラオケの誘いに乗るみたいだ。

 入学当初は常識から逸脱した姿に学内は騒然としていたが、馴染んだ今では学校、いや地域で一番の有名人。この町出身のピン芸人よりも人気だ。


『──いっくん』


 ボーッと眺めていた俺の前に実里が立ちはだかる。

 いっくんとは実里が俺を呼ぶ時の呼称だ。


『貴方も当然行きますわよね?』


 友達が少ない、人付き合いも苦手な俺はクラスの誰かと連絡を取る時は実里伝いであることが多い。

 最初はクラスで浮いている幼馴染とみんなの間を必死に取り持ろうとしてみたが、彼女自身で克服してしまったから俺の出番はいらなかった。


「……いや、カラオケはいいや」


 カラオケは苦手だ。

 流行曲やカラオケで定番の盛り上がる曲は知らないし、俺はアニソンやボカロしか歌えないオタクだから、みんなに引かれたくないので行かない。

 いや、オタクよりも個性が爆発しているテレビ女子を受け入れているわけだから、そんなこと気にもしないか。

 ま、密室に大勢でいるのは苦手だし。盛り上げ下手だし。あと音痴だし。


『そう……。ならワタクシも行きませんわ』

「別に行きたいなら行っていいんだぞ」

『平気よ! ──皆様方、申し訳ございません。大切な殿方と約束がございますので』


 テレビ画面に映し出された美少女と、スピーカーから出る音声加工された声。

 今期の覇権アニメである王道の魔法学園物に登場するお嬢様となった幼馴染は華麗にクラスメイトの誘いを断った。

 このヒロインはツンデレではあるが、物語途中から主人公を溺愛しだし一緒にいたがる──という設定の人気キャラクター。

 実里は俺を主人公と置いているのだろうが、こんな冴えないオタクよりも主人公となりうる適任者はたくさんいる。

 みんなは残念がるが、「実里がそう言うなら仕方ないか」と教室を出て行った。

 クラスのみんな、最低建前だけはしっかりとした人たちばかりだ。とりあえず怖い人じゃないことは分かっている。

 だからこそ実里を任せても大丈夫だというのに。


『それでは帰りましょう』

「……そうだな」

『テンションが低い! ──これじゃなかったのかな。ちょっと待ってて!』


 実里は首元に両手をツッコむと、しばらくその場で立ち尽くす。

 すると、画面に映るヒロインは別キャラへと変身し──


『じゃあ、帰ろっか! いっくん‼︎』


 声も、世界観も別物となった。

 この子もまた大人気青春ラブコメアニメに登場する主人公の幼馴染。

 実里は俺の手を取り、教室から連れ出した。


 ──実里とは物心が付く前から家族ぐるみの付き合いがあった。月に一回は食事会もするし、旅行にも何度か行ったことがある。

 幼稚園から今まで、登校も下校も常に一緒に行動していた。

 高校生となった今もそれは続いている。


『もう9月が終わるね〜』


 元気幼馴染ヒロインとなった実里は俺と手を繋ぎながら、前後にブンブン振る。


「ああ。夏アニメも終わるな」


 最初は人目を気にしていたが、このキャラは過去にも何度かあるから慣れた──というよりも、みんなが気にしているのは実里であって誰も俺を見ていないことを知ったから気にしなくなった。


『いっくんは、次は何が一番楽しみー?』

「そうだな……来期はかなり豊作だからな。有名作品の続編も多いし、人気漫画やなろう作品のアニメ化も外せないし、オリジナルアニメがダークホースになるかもしれない」

『けど、やっぱりカクヨム作品が一番気になる?』

「そうだな。今回の作品は昔から応援してたからな──次はそれか」

『うん! そうしよっかな!』


 3ヶ月に一回、今期の俺の最推しに実里は生まれ変わる。

 それはチャンネルを変えるように、Vtuberが転生して新しい身体になるように、画面の女の子と声が変わるのだ。

 二話目が公開される前には追加されている。たとえ、俺が途中で推し変しても3日以内には対応しているほどだし、今回のようにいつでも過去の子を呼び戻せるくらいには、仕事が早く正確だ。


『いっくんのためだったら、私はどんな子にもなるからね!』


 ──これは今の彼女の設定だ。実里の本心ではない。

 三つ前のクールでは、クール系無口キャラだったので基本会話してくれなかった。この時はクラスメイトにもあまり評判いいものではなかったけど。


 以前、「テレビを被ってて重くないのか」と聞いたところ、「薄型のモニターとスマホだけだから軽いよ♪」と答えていた。それでも辛いと思うが。

 LIVE2D技術を用いているから二次元美少女はぬるぬる動くし、ご丁寧に音声合成ソフトで限りなく担当声優の声に近付けている。

 オタクであれば喉から手が出るほど欲しい機械だが、扱えるのは実里だけだ。


「うわぁ! テレビ女だぁ!」

「逃げろー‼︎」


 家の近くの公園に面する道路を歩いていたら、そこで遊んでいた小学生たちが実里を見て騒ぎ立てる。

 みんなからは受け入れられてるとは言っても正直な子供たちは例外だ。

 大人だって表に出さないだけで、裏では何を思っているのか知ったことではない。

 だが、今の彼女にとってはそれこそ知ったことではないのだ。


『あはは、驚かれちゃったねー。赤ちゃんには泣かれちゃうし、ワンちゃんには吠えられちゃうし』

「……なぁ」

『ん? どうしたの?』



 ──いつからだったか。

 実里がテレビを被り出したのは。


「あのね、いっくん……わたし、いつかね、いっくんのお嫁さんになる……」


 まだ小学生になったばかりの頃、俺たちはこの公園でいつも遊んでいた。

 砂場で砂山を作っていた時に、実里に告白されたところまではハッキリ覚えている。

 告白と言ってもいいのかは微妙なところではあるが、当時の俺は恥ずかしくて、実里を払いのけた気がする。

 それから学校では距離を置くようになり、俺は当時の男友達とばかり遊んでいた。

 実里は……人見知りだったから誰かと一緒に遊ぶことはなく、いつもちょっと離れたところから俺のことを見ていた。地面によく木の枝で落書きしていたことは知っている。


 そして中学生へと成長し、今のように立派なオタクとなっていた俺の元に現れたのが、現在の実里だ。


『スターライトパーンチ‼︎』


 一言目が〝ふたりはプニキュア〟キュアノワールの必殺技だった。本当に繰り出されていたら目の前の俺は死んでいるだろう。

 まぁ、一応オタクを隠していた俺は、そんな実里によって社会的に心中させられたが。

 ただ、徐々にアニメキャラ特有の個性的な性格と強烈なビジュアルを駆使して、実里自体はみんなと仲良くなるようになり、同時に技術も進化していった。



「──何でもない。早く帰ろう」

『うん!』


 画面の幼馴染は満面の笑みを浮かべた。

 もう何年も彼女の素顔を知らない。中学の卒アルですらテレビを被っていたままだった。


 でも、俺はありのままの実里が好きだったんだ。

 どうしてあの時、素直になれなかったのか。

 そしたらまた違った結果が待っていたんだろうか。

 本音を隠しているのは、俺の方だ。


「次は君のありのままがいい」


 そんなことすら今日も言えぬまま、明日もまた違う彼女とこの道を歩いて帰るのだ。




   ◇ ◇ ◇




「今日もいっくんとたくさんお話できたなぁ……」


 ──家に帰った実里は部屋に入ると早々に、テレビを外した。

 毛先がクルンとした癖っ毛。

 黒縁の大きなブルーライトメガネ。視力が悪く、度が強すぎるので目が点のようになっているが、ひとたび外せばパッチリとした透き通った瞳。

 ずっと、テレビの中にいるから紫外線に晒されることはないので、もはや病人のように肌が真っ白だ。

 外面だけで言えば、お屋敷の窓からそっと覗く病弱のお嬢様。


「次のキャラはこれ、がいいよね。よし」


 自室のパソコンと向き合いながら、プログラムを打ち込んでいく。

 デュアルモニターにはキャラクターの基本情報や担当する声優の声を分析したもの。

 どのようなアニメキャラクターでも再現できるこの技術は全て実里お手製のものだ。


「嫁? 俺の嫁はキュアノワールだけだ!」


 小学生の頃、大好きな幼馴染はとっくにオタクに染まっていた。

 自分はキュアノワールにはなれない。そもそも二次元とは何なのかすら慣れていなかった。

 だから彼女は子供ならではの没頭力を活かして、この仕組みを考えていた。

 時には地面に設計図を書いてみたり、家に帰ってはずっと部屋に引きこもって作業をして。

 全ては幼馴染の嫁になるために。


 ただ、一つだけ問題があった。


「いっくんの顔、ちゃんと見れるようにしないとな……」


 まだ、キャラクターとしてしか幼馴染とは話せない。

 自分として生きるのは、恥ずかしくて照れてできないのだ。

 極度の人見知りである彼女は、画面越しであっても人の顔が映ると自動でモザイクがかかり名前が表示されるだけのシステムが導入されている。

 実里もまた、幼馴染の顔を長年見ていないのだ。


「いつか本当の私で話せるように、練習しなきゃ」


 まずは自分でプログラミングした二次元女性から会話の練習を。

 さっきまで繋がっていた手を見れば、体が熱くなって白から赤へと色が変わる。

 ありのままの自分で彼と手をいつか繋ぐため。

 実里は、エンターキーを押した。



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幼馴染はテレビの中 杜侍音 @nekousagi

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