第33話 変化(へんげ)
「小弥太! 逃げよう」
唯は我に返って叫ぶ、早くも鬼はもぞりと動き出した。
「唯、俺が強くなるように祈れ」
「え? 小弥太、何言っているの? 祈れって何? けがの治療しなくちゃ」
小弥太は唯に手を差し出す。唯はその小さな子供の手をとった。彼の腕から流れる血が伝ってくる。
「やだ! 血が流れてる!」
「落ち着け、唯。俺の本当の名は小弥太ではない。
「へ? 玲って、小弥太何言ってんの? 早く逃げよう。あいつが弱っているすきに」
しかし、小弥太は唯が手を引いても動かない。
「だめだ、逃げきれない。今の俺ではこの結界内に入ることは出来たが、出ることは出来ない。だから、あいつを倒す。いいから、早く祈れ! それがいまのお前に出来る最善だ」
小弥太の琥珀の瞳が、金色に炯々と輝く。その瞳に一吸い込まれそうな気がした。唯は催眠術にでもかかったように、言われるままに祈りを捧げる。
――どうか、小弥…じゃない。玲を強くして私のこれから先の私の運をすべてあげるから、どうか彼を助けて。これ以上傷つきませんように。
そう願った瞬間、唯の体からすうっと力が抜けて行くような気がした。すべて吸い取られ、小弥太に流れて行くような感覚。
唯の目の前が暗くなりかけた瞬間、小弥太が眩い光に覆われた。彼の体はどんどんおきくなる。ふわりと白銀の髪伸びる。
「え……」
唯の前に真っ白な直垂に小袴をはいた背の高い男性が立っている。輝く銀色の髪は長くまっすぐで、風にさらりと揺れる。唯からは背中しか見えない。
鬼が銀髪の男を見た途端、今までとは違う警戒するような低いなり声をあげ、とびかかってきた。
銀髪の男の手に一振りの光る剣が現れる。それは迷わず鬼に向かって振り上げられた。
「小弥太、だめ! マリヤを殺さないで!」
呪縛が解けたように、唯は必死で叫んだ。だが、彼は向かってくる鬼を迷わず切り伏せる。しゅうしゅうと音を立て鬼は崩れ落ちた。
唯は慌てて鬼のそばによる。鬼の姿が、萎むように縮んでいく。
「やめろ、唯。まだ変化がとけていない」
唯の腕を掴む。
「なんでよ。小弥太、なんで切っちゃうの? マリヤだよ? マリアが死んじゃう! 人殺しになっちゃうんだよ」
そう言って唯は小弥太を見上げた。端整な面立ちの美しい男性がいた。人を越えた美しさ。瞳は見事な金色で銀色の髪。
「うそでしょ。小弥太だよね……」
恐ろしく秀麗だが、それは間違いなく大人になった小弥太の姿だ。面差しが残っているし、唯の直感がそう告げる。
「落ち着け、唯。俺の剣をみろ」
言われて剣を見ると淡い光を放っている、しかしそれは剣の輪郭をかたどった光で。
「俺の力もお前の力も弱いから剣を具現がすることが出来ない。だから、そいつの体に降りた鬼を斬っただけだ」
声は低く成人男性のものだが、抑揚がなく事実だけを告げる淡々とした話し方は小弥太だ。不意に男の体がゆらぐ。
「え? ちょっと待って?」
「今から子ぎつねに戻る。力を使い過ぎた。三日は目覚めないが気に病むな。世話はいらない。飲まず食わずで1000年くらいは問題ない。だからお前は普通に大学に通え」
最後に妙に人間臭いことをいうと、光を放ち、しゅっと縮む。小さな白銀のフェネックが現れた。地べたにぺたりと丸くなっている。その目は固く閉じられていたが、温かく柔らかく呼吸は感じられた。
唯は束の間小弥太を抱きしめると、慌ててマリヤに目を向けた。
白い着物は焦げたようにボロボロになり、マリヤの肌はところどころ黒ずんでいる。角があった額が二つのこぶのように盛り上がっていた。さきほどより短くなった牙も口から覗いていた。
「玲」のいうとおり、袈裟懸けに斬られたはずのマリヤには剣で斬られた傷は一つもなかった。ただ、体中が焦げたように黒くなっていて、ところどことに水ぶくれがあり、ぷすぷすと音を立てている。まるで火であぶられたようだ。
「やっぱり、その狐、妖狐なんだね」
出し抜けに声をかけられ、慌てて振り返ると村瀬がいた。
「見ていたの?」
唯の言葉に、彼は首をふる。
「いいや。残念、今回は鬼の結界の力が強すぎて、俺の力じゃ干渉できなかった」
「もう、何言ってんのか意味わかんないよ」
唯は混乱して、小弥太をぎゅっと抱きしめた。
「その妖についてちょっと聞かせてくれない?」
「やだ」
即答する。前に助けてもらった恩はあるが、村瀬は怪しすぎる。
「前にも言ったけれど、妖はそばにいると影響されてしまうんだよ。この瀬戸がいい例だ」
村瀬の瞳は転がるマリヤに冷たい視線を送る。
「どういうこと?」
「瀬戸は身近にいる妖にそそのかされたんだ」
「身近にいる妖って……。そそのかされて鬼になったっていうの? だいたい、どこでそんなものに会うの」
小弥太も前に同じようなことを言っていた。
「妖は夜の都会にいくらでもいる。若い奴の生気を吸うんだ。嫉妬とか欲望とか、上昇志向の強いやつとか、自己顕示欲をこじらせている若い奴か集まるだろ?」
といってにやりと笑う。
「なんでそんなこと知っているの?」
納得するどころか、ますます彼を怪しく思い警戒してしまう。
「だから、前にいっただろ? 俺は寺の息子なんだ。たまたま法力を持って生まれてね。妖だの生霊だのを祓って金を稼いでいる」
「はらっているって。え? 生霊って、そんなのまでいるの」
怖くてぞくりと寒気がした。
「へえ、見たことないの? お前結構狙われそうなタイプだけど、時々誰かにじっとみられているような気がしない」
それはあるが……。
「ちょっとやめてよ」
唯は立ち上がり、村瀬と距離を取る。
「不思議なんだよね。高梨はいろんな奴から生霊がとばされるてるのに、なんでか無事なんだ。ピンピンしてる。普通はひどい目に合うはずなんだが」
と言って村瀬が首を傾げる。
「はい? あなた何言ってんの? ほんとやめて、そういうの。やだな、私そんなに人に恨み買ってる?」
「恨みをかっているかもしれないけれど。どちらかというと、執着されやすいんじゃないかな。おそらく体質の問題だと思う。
まあ、いいや、とりあえず、ここには俺がいてやるよ。貸しってことで。妖狐連れで警察にいろいろきかれたくないだろ? この状況でなら、間違いなく聴取を受ける。救急車とセットでパトカーも来るはずだ。さっさと逃げろ」
サラリと、とんでもないことを言う。村瀬に何か思惑あるにしろ、その言葉に甘えるわけにはいかない。
「いいよ。前回私逃げちゃったし。ここには私がいる。小弥太はペットで通す。それに村瀬君、毎回現場にいたんじゃヤバくない? 留置所入れられちゃうよ」
「大丈夫。これでも警察に顔が聞くんだ」
「はい?」
唯は首を傾げた。
「妖退治で金を稼いでいるんだ。警察に知り合いがいないわけないだろう」
「まじで。そんな世界があるの?」
村瀬が呆れたような顔をする。
「高梨だって、妖狐をペットだって言い張っているじゃないか。そいつ夏休みに合宿で行った祠にいた狐だろ?」
「……」
彼はなにをどこまで知っているのだろう。
「ああいう、祠にいた奴はまつろわずに封印された奴だから、危険なんだよなあ」
「まつろわず? 危険ってどういうこと?」
そうしている間にもサイレンの音は近づいて来た。
「知らなくてもいいんじゃない。どのみち警告したって、高梨はいうこときかないだろ? いいから行けよ」
「わかった。ごめん、助かる! でも小弥太は渡さない」
唯は小弥太を抱いてその場を後にした。
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