第29話 また、会っちゃった

村瀬と幸田は隣のテーブルに腰を下ろす。

 店内は込んでいるはずなのに、こういう時に限って隣が開いていたりする。


「珍しいね、二人だけでいるっていうのも」


 黙っているのも何なので、唯は彼らに言葉を返す。


「サークルの人間結構やめましたからね。それにしばらく飲みは禁止って、会長と副会長が珍しく声を揃えて言ってるから。今日はハンバーガー食いに来たんっすよ」 


 と幸田が零す。


「そっか、たいへんなことになっちゃったね」

「丸越先輩も顔出さなくなっちゃっいましたよ。内定取り消されたらやばいからって」


 村瀬は唯と幸田の会話に入ってこない。なぜか視線は小弥太に注がれている。


「そちらは? 弟さん?」


 そして、出し抜けに聞いてくる。小弥太はちょうどポテトに夢中で返事もしないし、反応もしない。挨拶する気もないようだ。


 見た目小学生だし、まだそういう態度が許される年齢かも知れない。


「えっと、親戚の子供を預かっているの」

 唯は前々から用意していたことを言う。


「へえ、唯先輩の家系って美形揃いなんですね。それになんか色素薄いっすよ。二人揃ってスカウトされそう」


 などと幸田が調子のよいことを言う。しかし、色素が薄いは褒め言葉なんだろうか? 違う気がする。


「いやいや、そんなことないよ。小弥太は特別可愛いの」


 そう言ったとたん、小弥太の鋭い一瞥が飛び、焦った。なにかまずことでもいったのだろうか。しばしば小弥太と力関係が逆転する。


「そういえば、井上がサークルやめたの知ってる?」

「え? 井上君サークルやめたの?」


 井上はサークルの集まりはすべて律儀に参加していてた。


「警察沙汰が堪えたらしい。あいつ就活に影響あるかどうかきにしてた。辞め方もかなり強引だったよ。あの日のカラオケに参加している奴はサークルから逃げるなよと、阿藤さんが呼びかけてた矢先だったからね」


「逃げるなよ」というのも穏やかではない。以前村瀬が話していたように、サークル内はだいぶギスギスとしているのだろう。


「それから一年女子もちらほら、辞めちゃいました。なんかサークルごとなくなりそうな雰囲気っすよ」

 と幸田が言う。


 話が重くなりそうだ。唯も事件の前とはいえサークルから逃げ出した口だ。小弥太も食べ終わって満足しているようだし「じゃあ、私はそろそろ」と唯は腰をあげようとすると、


「ああ、唯先輩。俺たち今日、瀬戸さんの見舞いに行って来たんですよ」


 幸田が引き留めるようにいう。


「どうだった?」


 入院していたのは知っているが、病院までは知らない。顔の傷は残っているだろうかとか、すぐにでも退院できるかとか、気にはなっている。


「気になるなら自分でいけばいいじゃないか」


 幸田が口を開く前に村瀬が言う。彼にしては意地の悪いい方だ。

 

 村瀬はマリヤが唯を嫌っているのを知っているはずだ。しかもマリヤは鬼になって唯を襲って来た。そんな彼女のもとに見舞いになど行けるわけがない。


「マリヤからは歓迎されてない気がする。私には具合が悪い所見せたくないと思う。じゃあ、私行くね」


 当たり障りなく答えて、唯はトレイを持って小弥太とともに席をたった。


「おい、唯、ポストみたいなダストボックスにたくさん穴があいているのだが、どうやって捨てるんだ」


 小弥太が興味深そうに聞いている。唯が説明すると小弥太は自分でやりたがった。


「なるほど、ごみはわけて捨てるのか。家のごみと一緒で分別だな。なかなか合理的ではないか」


 ダストボックスが神様に褒めらた。小弥太は嬉々としてごみを捨て始める。ごみ捨てすら遊びになるようだ。こういうところは子供だ。


「そうだ。唯、俺は英語を勉強しようかと思う。この時代には必要なようだ」


 小弥太の好奇心は食べ物から、学へ広がっていた。暇なのか向学心が強いのかよくわからない。


「わかった。じゃあ、本屋さんに寄ってから帰ろう」


 二人はエスカレーターで下り、下の階にある本屋へ入る。


「テキストというものがあるのだろう? テレビでみた」

「ふふふ、わかったよ。テキスト見てこよう。まずはアルファベッドの書き方から勉強するといいよ」


 なんだか小弥太といるとしがらみから解放されて癒される。


「それから、唯」

「なに?」

「村瀬のことは気にするな。あいつはお前の反応が見たくて、ああいう言い方をしただけだ。別に傷つける意図はなかったと思う」


 唯は小弥太の言葉に目を瞬く。言い方は相変わらず平板でぶっきらぼうなのだが……。


「小弥太ってさ。もしかして意外に大人で優しいの?」

「は? 何を言っているんだ。さっさと行くぞ」


 小弥太は先に立ってレジに向かい歩きだした。


 本当に妖って分からない。



 ♢



 唯が神社でのバイトを終えて広い参道を歩いていると、村瀬がやって来た。


 ちょっと気まずい気付かないふりをしようかと思ったが、


「やあ」と向こうから挨拶してきた。


 唯も仕方なく「やあ」と返す。今日は小弥太はついて来ていない。ちょっと心細い。こんなふうに思うのは初めてだ。


「この間は悪かったね。嫌な言い方をした。ごめん」

 あっさりと謝った。


「いいよ、別に。むしろ貸し借り無しってことで」

「貸し借り?」


「この間助けてくれたお礼をまだしていないから」

 驚いたように村瀬が唯を見る。


「高梨って結構義理堅いんだな。あんな状態だったのに、さっさと帰るから薄情な奴かと思ってた」


 確かに、嫌味の一つも言いたくなるかもしれない。貸し借り無しとは行かなさそうだ。


「その件はごめん。私のこと警察に話さないでおいてくれたんだよね」


 唯の元に警察は来なかった。


「ああ、そういうの面倒くさいから、大学構内でけが人を見つけて通報したって事にしておいた。まあ、行方不明の瀬戸だったから、いろいろ事情を警察できかれたけれど」


「それは、たいへんだったね。それで何か用?」

 と唯が聞くと高梨が苦笑する。


「立ち話もなんだから、どこかに入らない」


 さすがに断れない。


「そうだね。また、誰かに見つかって誤解されるのも嫌だし、コーヒーショップにでも入ろうか?」


 結局二人は駅前のコーヒーショップに入った。人目にはつくがデートには見えなさそうな店だ。


「あの日、瀬戸を見舞いに病院に行ったといってたろ? 瀬戸が、いなくなっていたんだ」

「いなくなってた? 退院したんじゃないの


「病院を抜け出したんだよ」

「え? なんで」


 結構重症に見えたが、そんなことをして大丈夫なんだろうか。


「家の人も知らなくてね」

「大変じゃない」


「ああ、大変だったんだ。瀬戸は個室だったんだが、俺たちが行ったときはもぬけの殻で。いつまでたっても本人は戻ってこない。それで看護師に聞いたら大騒ぎになってね。また警察から事情を聞かれるはめになって、あの時間になったんだ」


「それは、また……なんというか」


 村瀬もなかなか不運なようだ。


「俺も幸田もこのことを話す気はないから、まだ噂にはなっていないが、恐らく警察が阿藤先輩あたりにきいたら、また噂が広がると思う」


 確かにその通りだ。


「早く、マリヤがみつかるといいね」

 

 しかし、村瀬はそれには答えず、


「これから、飯でもどう?」


 と唯を誘う。


「また誰かに誤解されるの面倒だし。今日は帰るよ」

「ふーん。それで、あの親戚の子供って、まだ高梨の家にいるの?」 


 その言葉にどきりとした。小弥太の話題はなるべく避けたい。


「そんなことないよ。時々遊びにくるだけだよ」


 とりあえず予防線を張っておく。


「随分大人びて見えたけど。訳ありの子?」

「え?」

「小学校はもう始まっているだろう。確か高梨は山間部の出だと言ってたよね。親戚の子供そこからでてきているの?」


 嫌なところを突っ込んでくる。


「うーん、まあ、いろいろと……」


 唯は言葉を濁して逃げるように村瀬と別れた。


 いったいどういうつもりなのだろう。小弥太の事を探られた気がして凄く嫌だ。

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