第27話 鬼!?
校門に向かおうとした瞬間、ガシリと冷たい手に捕まれた。
「みいいつけた」
近くで鬼の声が響き、戦慄し振り返ると、唯の顔のすぐ近くで、鬼の口がにいっと裂けた。
「おい、何をやっているんだ」
村瀬が、唯たちに近づいて来る。
「村瀬君、来ちゃダメ!」
しかし、唯の言葉など聞こえなかったようにすたすたと近づいてくる。
そして、村瀬がいきなり鬼を殴りつけた。よくみると彼は拳から腕にかけて長い数珠を巻いている。
「へっ?」
唯は驚いて小弥太を抱いたまま、ぺたりと座り込んでしまった。
「それ以上変化すると人にもどれなくなるぞ」
村瀬が、唯と鬼の間に立ちはだかる。
「村瀬君?」
彼は何を言っているのだろう? 唯はこわごわ声をかける。
「やっぱり、そいづを庇うのが!」
鬼がくぐもった声で叫ぶ。
その瞬間じゃらりと数珠の音がした。
鬼が怯えたように、後ろにさがり、踵を返し走り出す。
逃げる鬼の背中に村瀬が白く長細い紙を投げつけた。唯は驚きに目を見張る。
「え? ちょっと何やってんの」
白い紙は意志を持ったののようにしゅっととび、ぴたりと鬼の背に張り付いた。鬼の動きが鈍くなる。
よくよく見てみるとそれはお札だった。
「……村瀬君っていったい?」
唯の小さな呟きに、村瀬が口の端にふわりと笑みを乗せる。それが妙に大人びていて唯は驚いた。
それから、もう一枚お札を投げる。足に貼りつき、鬼の動きが完全に止まった。
「あづいーーーー!」
お札が張られた場所からシュウシュウと蒸気が湧き、白い煙が立ち上る。
村瀬は人差し指を中指に挟んだお札を再び鬼に向かって投げた。
じゅっと肉が焦げる嫌なにおいがして、鬼がどうっと大きな音を立てて倒れる。
鬼から、しゅうしゅうと煙が上がり徐々にその姿は縮んで行った。
そうして現れたのは。
「うそ、マリヤ……」
唯が驚いて駆け寄ろうとすると、村瀬に腕を掴まれた。
「やめた方がいい。噛みつかれるぞ」
「え?」
「あの鬼は人の血を吸う」
「鬼って……マリヤじゃん?」
唯の思考は混乱した。二人が話している間にもマリヤの額に生えていた角はこぶ程度の大きさに縮んでいった。
顔にはやけどのような水ぶくれができ、ところどころ皮膚が黒くかさぶたのようになっている。あれは元に戻るのだろかと他人事ながら、心配になる。
シュウシュウと音を立てマリヤから煙が上がるのをみながら、唯はフェネックをぎゅっと抱きしめる。
「その獣は妖狐か?」
「え?」
村瀬に言われてびっくりする。見る人が見るとすぐに妖だと分かるようだ。
「こっちに見せて見ろ」
いつも爽やかな村瀬の視線がいつになく鋭い。
「だめ、小弥太にさわらないで!」
助けては貰ったが、彼が何者か分からない。途端に怖くなる。
「しかし、危険なものかもしれない。高梨も瀬戸みたいになりたいのか? 連れていると影響されるぞ」
村瀬の言葉に目を瞬く。
「村瀬君っていったい何?」
救急車とパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「瀬戸は妖の甘言に乗って、なまなりになったんだ」
「なまなり?」
古文でやった覚えがある。確か、鬼だ。マリヤは鬼になったのだ。
「そうだ。誰かを強く長く恨むと、素養のあるものは変化する」
彼が何を言っているのか、すぐには理解できない。
「どうして……そんなこと分かるの?」
「ふつうの人間は人を恨んだからと言って、いきなりなまなりになったりしない。どこかで何かにそのかされているはずなんだ。その妖狐も危険なものかもしれない。だから、こちらに渡すんだ」
瑞連も瑞穂もそんなことは言わなかった。それどころか神社に小弥太を連れて行くと「狐様」と呼んで茶菓子を出し、もてなし歓迎してくれる。
「そんなわけない。小弥太は私を守ってくれた。だいたいあなた何者なの?」
唯の中にむくむくと警戒心が湧く。
「寺の息子だ。だから、高梨よりもずっと妖に詳しい。その獣を渡すんだ」
「お断りします」
唯は憤然と言って踵を返す。
「おい、高梨、待てよ。これから警察が来る、きちんと状況を説明しないと」
「ごめん、村瀬君、私、小弥太が心配だから、行くね。それから、助けてくれてありがとう。このお礼は改めて」
唯はぐったりとした小弥太が心配で、足早にその場をさった。村瀬は舌打ちを一つただけで、追ってはこなかった。
大学やサークルで見せる彼の爽やかさはまやかしなのだろうか。
「守ってくれそう」そう唯に言った幼さは、今の彼から感じられなかった。だが、村瀬が何者かとかなんてどうでもいい。小弥太が心配だ。
♢
唯は小弥太を腕に抱いて帰宅する。
呼吸は規則正しいが、小弥太は目を覚まさない。心配で一晩中子狐のそばについていた。
昼近くになり、子狐がぱちりと琥珀色の目を開いた。
「小弥太? 気が付いたの?」
すると小弥太は唯の腕からするりと抜け出し、人型に変化した。
「問題ない」
小弥太はけろりと言う。
「問題ないって、鬼に跳ね飛ばされていたじゃない」
唯は心配で一晩中小弥太を見ていたので、今日の授業はさぼってしまった。
「あれはついうっかりだ。不甲斐なく気絶してしまった」
「けがはないの? 小弥太、地面をバウンドしてたよ」
「あの程度で、けがなどするわけがないではないか。次は負けない」
あの時小弥太は盛大に飛ばされていた。怪我無いわけないと思うのだが、
「次はないって。マリヤ、多分入院していると思うし」
唯は帰りに救急車やパトカーとすれ違っていた。きっと村瀬が呼んでいたのだろう。
「そんなことより、ぐったりしていたじゃない。もう目を覚まさないかと思ったよ」
「最初は、村瀬という
「え? そうだったの? じゃあ、何があったのか知っているの? ん、待って、小童って、小弥太の方が小童じゃない!」
「俺は、小童ではない。それに村瀬と言う奴、助けてもらったからといって信用するなよ」
「信用なんてしてないよ。小弥太を連れて行こうとこうとしたもの」
「ふん、どうだか、唯はおかしなところで義理堅い」
「そんなことない」
「なら、少しは疑え」
「疑えって……助けてくれたわけだし」
「まず一つ、あいつは寺の息子だと言っていたろ」
「うん、言ってた」
「それが、祠を暴く仲間に加わるなどおかしい。夏のサークル合宿の肝試しの時いたのだろう?」
確かに小弥太の言う通りだ。
「凄い小弥太、よく覚えているね」
唯が感心して言うと小弥太が呆れたような顔をした。
「ああ、私そういえば村瀬君にしめ縄の中に入るよう誘われた」
「そいう事だ。瑞連や瑞穂ならば絶対に犯さない愚だ。だが、そのせいで俺の封印が解けた。誰かが、唯を神域に引っ張ってくれたおかげなのだが」
唯が小弥太の言葉に首を傾げる。
「ん? ちょっと待って、小弥太の封印って私のせいでとけたの? 阿藤先輩がお札をはがしたからじゃないの?」
「札をはがしたのもあるが、お前が近くにいたからだ」
「嘘でしょ? なんで?」
「縁があったのだろう」
「縁ってどういうこと?」
「今はそんな事より、考えることがあるだろう。村瀬の正体が気にならないか? どうもあいつの行動は不自然だ」
「小弥太は何にそんなにひっかかているの? 私はそんなことより……」
「あいつは胡散臭い」
「ああ、同意。私も助けてもらっておいてなんだけれど、それは思っていた。なんか爽やかな笑顔を貼り付けたようで、胡散臭いんだよねえ」
唯は自分でも酷いことを言っている自覚はあった。
「それで、なぜ、お前は、マリヤという女にあれほど恨まれているんだ? なまなりになるなど半端な恨みではないぞ」
「だよね。ちょっとショック、普通なら刺されていそう」
「妖の関与があり恨みが増幅されたのだろう。それと、村瀬がおおかた、その女を煽ったのだろう」
「へ? 煽ったって。もしかして、私と村瀬君がつきあっているって?」
「村瀬がそうし向けたということはないか?」
「まさかあ」
さすがに信じたくない。第一そんなことをしても村瀬の特にならないだろう。
「素養があって、悋気の強い者は、なまなりになりやすい」
「やだ。なんでそんな難しい言葉使うの。 で、村瀬君がマッチポンプだって言いたいの? でも、それはさすがにないんじゃないの?」
「考えるには材料が足らない。あいつには注意しろ。必要以上に関わるな」
「それは分かってるけれど、助けてくれた借りがあるから、困ったな」
ご飯ぐらいおごらなければならないかなと思っていた。どうも人に借りがあるのは落ち着かない。
「自分から関わるな。上手くさけろ」
「頑張ってみる。ようは村瀬君とばったり出くわさなければ、いいんだよね。なんか小弥太、探偵みたい」
「ふん、この時代では馬鹿な刑事に代わって子供姿の探偵が活躍するのだろ?」
小弥太がしたり顔で言う。
「小弥太テレビの影響受けすぎ、相当気に入ってんだね」
本当に小弥太はテレビが大好きだ。
「大丈夫。ここが、凝った殺人事件で毎週何人も殺される土地だということは把握している」
「違うから! それアニメで想像の産物だから!」
「まあ、道端に骸が転がっていないだけ平和だということか」
「は? 道端に骸って……いつの時代? ねえ、実はけっこう思い出しているんじゃない」
「疲れた、俺は寝る」
そういって小弥太は再び子ぎつねになってしまった。
「ちょっと小弥太! ずるいよ。本当はいつでもスイッチ出来るんじゃないの?」
♢
大学に行くと、何後もなかったのように平穏無事に授業を受けた。
小弥太を大学に誘ったが、しっぽを振ってテレビを見ていた。
学食で舞香とご飯を食べていると、阿藤がやって来る。
「唯ちゃん、行方不明だった瀬戸が大学内で見つかって。大けがを負って病院に運ばれたって知ってる?」
といいながら、唯の隣にがたりと座った。
「ええ? 瀬戸さん行方不明だったんですか? そんな噂聞いていませんよ」
舞香が驚いて声を上げた。
「阿藤先輩、そんな話しここでしても大丈夫なんですか?」
唯は彼の口の軽さが心配になる。
「ああ、平気平気、もう警察も結構大っぴらに聞いて回ってるから。噂は広まってるんじゃない? 何せ見つかったのは大学構内だしね。目撃者もしたし」
なんでもないことのように軽く手を振る。むしろ阿藤が広めているような気がする。多分悪気はないのだろうが……。そういえば、唯の地元にもこういう人がいた。
「もう、俺も何がなんだか分からないよ。サークルから三人もいなくなって、おかしな状態で見つかるなんて」
「え? おかしな状況って?」
舞香がいぶかしそうに首を傾げる。彼女は何も知らない。
前に村瀬は他のマリヤたちの件は伏せられていると言っていたが、この分だと広まるのも時間の問題だろう。
「何か警察からきかれたんですか」
唯は聞いてみた。
「今朝警察が来て、今解放されたよ。サークル内でなにかあるんじゃないかと痛くもない腹をさぐられてさあ、まいったよ」
といって阿藤はぽりぽりと頭をかく。
「かおり先輩もですか」
「うん、敷島はよく、瀬戸の相談に乗っていたらしい」
「え? かおり先輩が」
唯にとっては初耳だった。かおりがマリヤと親しくする姿など見たことがない。
「ああ、それ、私も見ました。なんだか、真剣な表情で、学生館のロビーで話していました」
となぜか部外者の舞香がまで知っている。
かおりは唯と折り合いの悪いマリヤとの板挟みになっていたのかもしれない。なんだか、申し訳なくなった。
「かおり先輩、大丈夫ですか?」
「うん、あいつも疲れているみたいだけれど。唯ちゃん、俺の心配はしてくれないの?」
「そうですね。先輩もお体に気をつけて。今日はもう家で休んだ方がいんじゃないですか」
と言って唯は微笑んだ。このままだと阿藤が大学中に噂を触れ回りそうだ。早く帰ってほしい。
まだ、阿藤ははなしたそうだったが、舞香が気を利かして、「私達これから、明日締め切りのレポートやらなきゃなんで」と唯を連れ出してくれた。彼女もあまり校内の噂話は好きではない。
大学の廊下を歩きながら舞香が言う。
「食堂であんな大っぴらに話していいのかなあ。唯、あんた、サークルやめたんじゃなかったの? どっぷりつかっちゃてるけど。平気?」
「うん、マリヤが私のこと恨んでるから、そのことが尾を引いているみたい」
「だって、あんた、別に何にもしてないじゃん」
「そうなんだけどね」
「もてる女も大変だね」
舞香が同情したように言う。
「だから、それが誤解なんだって、私もててなんかないよ。それだったら、マリヤや明美ちゃんの方がサークルでずっと人気だったよ。あの子たち、男子と個別に遊びに行ってたみたいだし」
「個別にって、阿藤先輩と二人でのんだり、井上君と二人で遊び行ったりってやつ」
「そうそう、マリヤも明美ちゃんもやってて、明美ちゃんなんか、『唯先輩も気軽に付き合えばいいのに』て言ってた。でも、その気軽にっていうのが、よくわからないんだよね」
「あんたって、おめでたいというか」
舞香が呆れたように言う。
「え? おめでたいって?」
「それ間に受けたの? 嘘に決まってるじゃん。たいだい、阿藤先輩ならまだしも井上君はそういうタイプじゃないじゃん」
「でも、ツーショットの写真見せられたよ」
「それはあんたが参加しない飲み会で撮ったんでしょ」
「やだ。やめてよ、舞香。怖いこといわないでよ。人間不信になりそう」
「何ってんのよ。ただの女同士のマウントよ。大丈夫、私がいるでしょ? それとあいつらの話にいちいち付き合う必要はないよ。サークル辞めたのに呼び出されるなんておかしいよ。嫌だからやめたんでしょ? 付き合う必要ないって。それと唯は随分敷島先輩を信用してるみたいだけど。あの人ちょくちょくあんたのこと利用している気がする。兎に角気をつけな」
「うん、わかった」
唯は神妙に頷いた。
――東京って妖はいるし、へんなマウント合戦はあるし、なんだか怖い。
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