第25話 行方不明!?
しばらくはマリヤと大学内で出くわすこともなく、平和な日が続き、唯は勉強とバイトと、小弥太に癒される日々を過ごした。
もともと、マリヤとは教養の授業がいくつか重なるだけで、さぼりがちな彼女と学内で頻繁に遭遇することもなかった。サークルをやめてしまえば、そんなものだ。これなら、東京もいいかも。
その日、唯は売店でパンとお茶を買い。そそくさと食べ終わると、図書館で調べ物をして、次の授業に向かった。成績が下がったら、奨学金が受けられなくなってしまう。
親戚だのサークルだのいろいろと揉め事はあったが、唯はさくっと気持ちを切り替えていた。
きっちりと授業を受けた後、今日は大学図書館に籠って勉強することに決めている。
たいてい夜9時までやっているので、重宝していた。小弥太がいるので最近は早く帰っていたが、今日は晩御飯の準備もしてきたし、小弥太なら、きっといい子にお留守番をしているだろう。
しかし、図書館に入る前に、サークルの会長の阿藤と副会長の敷島かおりに捕まってしまった。
「唯、ちょっと話があるんだけれど」
そのまま、サークル棟の一階のロビーに連れて行かれて、自販機の茶を飲むことに……。唯はミルクたっぷりの砂糖なしのコーヒーのボタンを押した。
二人の空気が重い。いつも陽気な阿藤まで元気がない。やめたはずのサークルからなかなか抜けられない。これがしがらみってやつだ。
「実はね、瀬戸がいなくなったらしい」
阿藤が深刻な顔で言う。
「え? マリヤが? また、飲み会の帰りにとかにですか?」
おかしな事件が続いているのだ。マリヤは苦手だが、さすがにざまあみろとは思わない。
「いや違う。一週間くらい前らしい。同居している妹さんから、姉が帰って来ないって連絡があった。いままでも二、三日かえらないこともあったが、今回は長すぎるって」
マリヤは地方の有力者の娘だと言っていた。駅前の高いマンションで妹と同居生活をしている。3LDKのファミリータイプでとても広くミスとサウナもついていると自慢していた。唯は行ったことがないので知らない。
「いなくなったのは、唯が村瀬とのことでマリヤと揉めてた日らしいんだよね。あんた何か知らない?」
とかおりが心配顔で言う。
「いや、揉めてたってほどじゃないです。マリヤが、私が村瀬君とデートしてたって勘違いしたらしくて」
「でも、一緒にお茶はのんでたんだよね?」
畳みかけるように聞いてくる。まるで尋問のようだ。それになぜかおりがそんなことを知っているのかと疑問に思う。
「それは、バイト帰りにたまたまばったり会って、お茶しただけです」
なるべく柔らかい口調で事実を伝えた。
唯の言葉に、阿藤とかおりが顔を見合わせる。
「妹さんが言うには、唯ちゃんと揉めた日に一端家に帰っていて、その後に誰かに電話で呼びだされたようだと。それ以来帰って来ないって」
どうやら疑われているようだ。
「マリヤ、随分、唯のこと妹さんに零してたみたい。その、唯が村瀬との間を邪魔するって、だから、決着をつけるって出ていってそれきり」
かおりの言葉に、唯は思わず仰け反った。
「ええ! なんですか、それ? 身に覚えがありません。マリヤの邪魔なんかしてないし、決着って意味わからないです。別に私、村瀬君のことは何とも思ってないし、村瀬君も私のことなんとも思ってないですよ」
だいたい好きな女子に、マリヤがしつこいから、付き合ってるふりしてくれ、なんて頼めないだろう。マリヤのやっていることはほとんどストーキングだ。
話がとんでもない方向にいってしまった。もちろんマリヤとはサークルに入ったときに連絡先を交換しているが、サークルをやめた今は着拒している。連絡を取り合うわけがない。
「もちろん、わかっているよ。唯ちゃんがそんな子じゃないってことは」
阿藤が慌ててとりなす。かおりはいつになく精神的に参ってしまっているようで、憔悴しきっている。
あのとき村瀬とお茶なんか飲み行くのではなかったと、唯は後悔しきりだ。
「とりあえず、唯は、マリヤがどこに行ったのか知らないんだね」
かおりが確認してくる。
「はい、もちろんです。連絡取り合ったりもないですから」
かおりは唯の言葉に頷いた。
こんな空気の中で一人サークルを逃げ出した気がして、気がとがめる。逃げられない会長、副会長コンビが気の毒だ。
唯はサークル棟をでると、「よしっ」と自分に気合を入れて、落ち込みそうになる気持ちを無理矢理切り替えた。
奨学生を維持するためには、勉学に励まなければならない。最近色々とあったせいで、課題が遅れ気味だ。
♢
8時過ぎには図書館での勉強を切り上げるつもりでいたが、レポートが思ったより時間がかかり、図書館閉館の時間になってしまった。
時計は9時を回っている。今日は朝から子狐姿だった小弥太は、今頃家で何をしているだろう。早く会いたい。
そんなことを考えながら、唯はとぼとぼと暗い学舎内を校門に向けて歩く。
大学内は、事件の影響か学生はいつもより少なく、夜の構内は不気味だ。まだ残っている者はいるはずなにの妙に人気がない。
その時、ぬるく生臭い風が吹き、ぞくりした。続いて、卵が腐ったようなひどい匂い。
「なんだろう……」
通いなれた大学だが、なんだか気持ちが悪い。嫌な予感がして、唯は足を速めた。早く大学の敷地からでなければ……そんな気持ちに背中を押される。
(誰かに見られている?)
ふと暗くじっとりとした嫌な眼差しを感じて、唯は顔を上げた。
その先には……。
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