第24話 唯、絡まれる

「ただいま! 小弥太、、お土産買って来たよ」

 玄関にお出迎えにきた小弥太がぴょこんと耳を立てる。今日は朝から、ずっとフェネックだ。


 話し相手にはならないが、しっぽをパタパタと振り、甘味を食べる姿は愛らしい。それだけで癒される。


 小弥太といると裏を考えなくて済むから楽だ。フェネックの時は素直で賢いペットだし、人型の時は信頼できる友人だ。


 小弥太は直接的な言い方をする。持って回ったような言い方をしないので、話していて楽な相手だ。どうも村瀬をはじめとした大学の連中は会話に気をつかう。舞香だけは別だが。


 後はバイト先も結構癒される。なんといっても敷地内に広がる清涼な空気がいい。なんだかとても神聖な場所のように感じて心が洗われるようだ。



 ♢



「おい、唯、起きないか。いつまで寝ている」


 その朝、小弥太の声で目が覚めた。唯は慌てて、ベッドの上にガバリと起きた。


「小弥太、ごめん、お腹空いた?」

「そうではない。飯くらい勝手に用意する。今日は一限目からだろう? こんな時間まで寝ていて、お前は大丈夫なのか?」


 可愛いというか、綺麗な子供の姿の小弥太に叱られる。 


「あ! ほんとだ、やばい!」


 唯はスマホを見て慌てる。いつの間にか自分でアラームを止めていたようだ。小弥太が部屋から出て行くと同時に慌てて、着替えた。

 リビングに行くと小弥太はフランパンを切りクリームチーズを塗って食べている。


「お前、昨日は遅かったな」

「ああ、ちょっとバイト帰りにサークルの人がいて……」

「まだ、付き合いがあるのか」


 呆れたように言う小弥太に、唯は寝癖を直しながら、昨日の顛末をかいつまんで話した。


「ふん、それはまた面倒な奴だな」

「大丈夫。別にしつこくなかったから。もてるんだし、他行くでしょ。じゃあ、小弥太、行ってくるね」


「おい、朝飯は食べて行かないのか?」


 小弥太がとことこと玄関まで追って来る。言うこともすることも、まるで母親みたいだ。


「時間がない! 小弥太、起こしてくれてありがとう! なんかお土産買ってくるね」



 ♢



 小弥太が起こしてくれたおかげで、唯は一限目からの授業に何とか間に合った。


 すると二限目の途中から、マリヤが、ひっそりと教室に忍び込んできた。彼女は狡く、教養の大人数の授業だといつもその手を使う。先生は出席のした学生が名前を書くように紙を回すだけだから、いつも男子学生に頼んで自分の名前を書いて貰っている。


 その結果、出席点は取れているようだが、彼女の成績は芳しくないようだ。


 授業が終わり、そそくさと唯は売店に向かう。が、廊下でマリヤに絡まれた。


「あんた、昨日、村瀬とデートしてたって聞いたんだけど?」

「は? デートなんてしてないよ。バイトだったし」


 お茶を飲んだだけだ。昨日、誰かに目撃されていたようだ。それをいちいちマリヤに告げる者がいるかといるとげんなりする。


 マリヤが強引に唯の腕を掴んで廊下の隅に連れて行く。


「見た奴がいるんだよ! なんで嘘吐くんだよ。あんたら隠れて付き合ってるんじゃないの?」


「てか何でそんなこと言われなくちゃならないの? 私、絶対に村瀬君と付き合ってないよ。そんなに好きなら、村瀬君と付き合えばいいじゃない」


 するとマリヤの顔がゆがむ。


「渉君は、目指してる資格があるから、勉強が忙しんだよ。だから、遊んでいる暇なんてないんだって」

「へ?」


 サークルに入って飲み会も適度に付き合っているくせに、村瀬は何という舐めた断り文句をいうのだろう。唯は呆れた。しかし、それについては突っ込むのはやめる。火に油だ。


「唯、知らなかったの?」

「うん、知らない」

「だったら、彼女面すんなよ」


 どうしたら、そんなふうに思い込めるのか不思議だ。昨日、甘味につられて村瀬について行ったのは軽率だった。だが、マリヤに謝る必要性など感じない。


「してないって。私、村瀬君の事なんて何も知らないよ。マリヤの方がよく知ってんじゃん。じゃあ、もう行くから」


 唯は朝から何も食べていないので、お腹が空いてしょうがなかった。話は終わったとばかりに、マリヤにくるりと背をむけた。


「ちょっと綺麗だからって男にちやほやされて、調子に乗ってんじゃないよ! ど田舎から出てきたくせに!」


 なんて恥ずかしいことを廊下で叫ぶのだろう。まだ残っていた学生たちが振り返る。唯は慌ててその場を走り去った。この大学は地方から出てきた子が多いのに、彼らすべてを敵に回すつもりなのだろうか。


 この大学では地方出身者の方が、地元の人間にマウントを取ろうとして必死な場面もある。「あんた、東京に住んでるくせに六本木のクラブにも行ったことないの?」とか、キャンパスの近くに住んでいる地元民に「東京にこんな田舎あると思いませんでした。こっちに来てびっくりです」とか、まあいろいろだ。気づくと争っているは地方出身者同士というのはありがち。

「生まれなんてどこだっていいじゃないの」

 マリヤが追ってこないのを確認して、唯はぼそりと独り言ちた。


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