第22話 バイト帰りに

バイトに行くと鳥居付近で瑞連に会った。


「高梨さんは随分、狐様に気に入られているようですね」


 ここの人達は皆小弥太を狐様という。小弥太は妖というより、神に近いらしい。


「え? 小弥太にですか? まあ、仲はいいと思います。小弥太は私より、テレビや本のほうが好きみたいですけど」


 唯は苦笑する。


 妖というのは不思議な存在で、祀られぬ神が妖になったり、また、妖が祀られて神になったりすることもあるのだという。ここでバイトをするうちに学んだ。


 小弥太にしろ、宝物殿でバイトをしている犬上亨にしろ、実際に彼らは人や動物の姿で存在し、人にまざって普通に日常生活を送っている。そして、唯はそんな彼らを違和感なく受け入れてしまう。


 突然彼らが変化しても、怖いと思わないのだ。


 それに小弥太はフェネックでも人型でも寄り添うように唯のそばにいていくれる。おかげで将来を不安におもったり、孤独を感じたりすることもなくなった。


「ただ、以前にも言いましたが、あまり狐様には、ついて行かないように。そのうち、こちらに帰って来れなくなりますよ」


 瑞連は不思議なことを言って謎めいた笑み浮かべた。そういえば、以前狐様の道案内にはついて行かないようにと言われていたことを思い出す。


 まさか、菜の花畑……?


 宝物殿に掃除を手伝いに行くと、唯を見た亨が驚いたような顔をする。


「アレ? 唯ちゃんもしかして渡っちゃった?」

「え? 渡るって何?」


「ああ、いやなんでもない。その、あんまりお狐様について行くと、俺たちと同類になっちゃうよ」。

「同類?」


「そう、まあ、俺は大歓迎だけれど。なんて、俺が言ったなんてお狐様に言わないでくれよ。今日は来てないよね? あのお方怖いから」


 亨がきょろきょろとあたりを見回りながら言う。小弥太の何が怖いのか不思議だ。


「小弥太はいいこだよ。この間なんか私が学校に行っている間にうちの掃除してくれてた」


 フェネックの時は自慢のペットで、人型の時は大切な友人だ。


「う~ん、なるほど。さすがお狐様だ。唯ちゃんは知らないだろうけれど。お狐様ってとっても魅力的な妖なんだ。愛想を振りまくわけでもないのに、周りのものを惹きつけちゃうんだよ。ああ、それと龍神様にも気を付けて、たぶん唯ちゃんはそういうものを引き寄せる人なんだね。何というか、かんなぎ体質?」


「かんなぎ? よくわからないけれど、小弥太に会うまで妖なんてあったことなかったよ。というか存在してると思ってなかった」


 ここにいると普段馴染みのない言葉を覚えていく。


「ああ、それは……違うと思う。ただ、妖や怪異をそれと認識していなかっただけじゃないかな。えっと怪異が日常にとけこんでしまうような生活をおくっていたとか」


「怪異? 小弥太が、人になったり、フェネックになったりすることだよね」


 唯が首をひねる。


「そうだ! 唯ちゃん、何かに命を守ってもらった覚えはない?」

「あるよ。実家で飼ってた犬に」


 亨が苦笑する。


「それ、多分、犬じゃなくて、俺らの眷属かも。誰かの式かなあ? ちなみに何から守ってくれたの」


 彼の言うことは小弥太と一緒で、時々意味不明だ。実家の犬の小弥太は凄く賢かったが、何かに化けたりしなかった。


「とても大きなイノシシから、守ってくれたの」

「ああ、なるほどね」


 亨が納得したようにうなずく。


「子供だからか凄く大きくみえたんだよね、そのイノシシ」


「うん、それ、まじでデカかかったと思うよ。唯ちゃんの故郷って、もしかしてもの凄いど田舎の山間部? えっと、閉鎖的というか昔から地元の人しか住んでいないような感じで、よそ者があまり出入りしない土地で、陸の孤島的な?」


 亨の言い方は直接的だが、別に腹は立たない。


「そうだけれど、何でわかったの? 高校行くのにバスと電車で一時間くらいかかったんだよ」


 地方出身かと言われたのは初めてだ。こちらに出て来た時、東京の人間とよく間違われた。唯には訛りがないのだ。


「そのイノシシって、恐らく祟り……じゃなくて、まあいいや、お狐様にその話をして聞いてみるといいよ。俺があまりあれやこれや言うのもどうかと思うし」


 自分で話し始めたくせに亨は慌てて話を途中でやめた。


「そういうものなの?」

「妖には妖の仁義があるんだよ」


 帰ったら小弥太に聞いてみようと思うのに、彼の顔を見るといつも忘れてしまう。



 ♢



 バイトが終わり、夕暮れどきに唯が社務所の裏口から出ると、だしぬけに声をかけられた。


「高梨」

 振り返って驚いた。

「あれ? 村瀬君」


 サークル一というか学校一のイケメンだ。


「もしかして、ここでバイトしているの?」

 と聞いてくる。

「うん、まあね」


 ここでのバイトは舞香以外にいっていない。思わぬところでバレてしまった。


「村瀬君こそ、お参り?」


 あまり信心深いタイプには見えないので意外だ。


「うん、まあ」


 言葉をにごして苦笑する。彼は一人で来ているようだ。それともこの近くに住んでいるのだろうか。村瀬にはあまり興味がないので知らない。


「そうだ、これからお茶でも飲まない?」


 気軽に誘ってくれるが、ここは学校にも近い。二人でいるところを知り合いにでも見られたらことだ。


 村瀬に他意はないのは分かるが、付き合ってもないのに同じ大学の生徒に目撃でもされて、噂されたら困る。彼は人気があるから面倒くさい。


「いや、やめておくよ」

 一応口調は柔らかくして断る。


「もしかして誤解している? 俺、瀬戸と付き合ってないよ」

 それはどうでもいい。女子に無駄にやっかまれるのが嫌なのだ。


「うーん、でもね……」


 こういうタイプの人は断られて慣れていないのだと思う。

(どう断ろう? ペットが待っているにしようか?)



「ちょっとサークルの事で話したい事があって。そうだ。この近くに評判の甘味屋があるんだ。いってみないか? それにそこの店、学生はこないよ」


 甘味屋と聞いて小弥太が浮かぶ。土産に買って帰ればきっと喜ぶだろう。学生が来ないならなおさらいい。


「そこって、お持ち帰りもある?」


 唯の心変わりは早かった。ぜひとも小弥太に土産として持って帰りたい。


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