第21話 お手伝い
9月も半ばをすぎ、後期が始まった。大学に行くと噂が流れ、大騒ぎになっていた。山野明美に続いて浅野芽衣もいなくなったと言う。両方ともバトミントンサークルの一年だ。
彼女たちを探すならまだしも面白おかしく噂するくらいなら、そっとしておいてあげればいいと唯は思う。
購買で、指定の教材を買うために並んでいると、学生会書記かつ学祭実行委員でおしゃべりな自称インフルエンサーの山本沙也加に掴まってしまった。
「唯、あんた、バトミントンサークルだったよね?」
「もうやめた」
唯はあっさりという。彼女とはあまり会話を広げたくないからだ。
「え? やめたってあの事件が原因で?」
「違うよ。その前にやめた」
この手の噂話は好きではない。特に沙也加などに話したら、どれほど尾ひれがつくことか。
「山野さんって子の他に、また一人、一年が行方不明になったんでしょ?」
「うん、そうらしいね。私も学校に来てから聞いた」
「なんだ。本当にやめてたんだ。やっぱり、その子もよく夜遊びする派手な子だったの?」
芽衣は明美よりは、少し大人しい感じで、それほど上級生に絡んでは来なかったように思う。
あくまでも比較対象は明美なので、決して芽衣が地味だというわけではない。しっかり、派手目系女子だ。
「さあ、私はあまり飲み会とか付き合わなかったから知らないよ」
すると沙也加は腰に手を当て、片眉をくいッと上にあげる。芸能人のインスタにありそうなポーズだ。
そういえば、夏休み前は、自分がやっているショート動画のサイトをフォローしてくれてと唯にうるさく言ってきていた。
故郷の小中高と静かに過ごしていたのに、東京に出来た途端、なぜか派手目の女子に目を付けられる。
「別に興味本位で聞いているんじゃないんだから、教えてくれったいいじゃない。夏休み中に警察が来たんだって? どんな感じだったの? 近くの大学や高校でも女の子が行方不明になっているって噂があるし、それに学生会として、注意喚起しておいた方がいいじゃない? だから、情報収集しているのよ」
そいう沙也加の瞳には好奇心の光がありありと見て取れる。彼女は大学のミスコンを狙っているという噂があった。自己主張が強く、情報はいち早く知っていないと気が済まない子で、唯は少し苦手だ。
「本当に知らないんだって、その浅野さんて子とはほとんど口きいたことがないよ」
すると沙也加がこんどは大袈裟に肩をすくめる。
「唯って口硬いよね。信用されそうだけど、つまんない女とか男子に思われちゃうよ。もっといろいろフランクにやってみた方が断然いいよ。いいや、マリヤから聞こう」
いうだけ言って行ってしまった。彼女にとっては対岸の火事なのだろう。
「早くお家に帰って小弥太に癒されよう」
唯はレジの行列に並びながら、ふうとため息を吐いた。
♢
家のドアの前に着くと、唯が鍵を開ける前に小弥太がドアを開けてくれた。
「唯、お帰り。掃除機をかけておいたぞ」
琥珀色の澄みきった瞳が唯を見上げる。
「凄い! 小弥太、偉い! 早速、癒される!」
唯が大喜びで、小弥太の頭を撫でようとするとひょいとよけられた。小弥太はフェネックの時にしか撫でさせてくれない。褒めてもらいたいわけではないのだ。
しかし、とうとう小弥太は掃除を覚えた。家事をやって待っていてくれる妖など本当に最高だ。人間関係の瑣末ないざこざなどあっさりと吹き飛ぶ。
「そうだ。小弥太、買い物ついでに、お散歩に行こうか。それと小弥太のお洋服買おう」
彼はいつもジャージ姿。今はグレーの上下だ。
「そんな贅沢していいのか? 金を盗まれたばかりだろう?」
まだ綾香に盗まれた金を心配してくれている。見た目小学生な小弥太が、なんだか不憫になった。きっと唯があまり服を買わないから、服を買うことが贅沢だと思っているのだろう。
「いいの。小弥太へのお供え物だから」
「わかった。それならば、受け取ろう」
小弥太はこくりと頷いた。さすが神様?
◇
「小弥太は、今夜は何が食べたい?」
洋服を買った帰り道、二人は狭い道路を公園向かって歩く。小弥太はお散歩が好きなようで、人型の時でもフェネックの時でも毎日必ず散歩に行く。
「菜の花の辛し和え」
久しぶりに無理難題を言う。
「菜の花は今時期じゃないからな。おばあちゃんがよく作ってくれたな。ちょっと苦みがあって美味しいんだよね。懐かしい」
話しながら、いつもの公園に散歩に入って行った。
「唯、今日はこっちへいこう」
小弥太が公園の奥に入って行く。彼の進む方向には丈の高い草がはえ、雑木林が広がっている。
虫が多いので普段は行かないところだ。小弥太は小さな体で背の高い草などものともせずにどんどん行ってしまう。見失いそうになり、慌てて唯はついて行った。
東京の雑木林などすぐ終わると思っていたのに、意外に長い。唯は少し不安になってきた。
「小弥太、マダニがいるかもしれないし、迷子になりそうだから戻ろう」
「大丈夫、もうすぐ着く」
小弥太が、いつもの抑揚のない口調でいう。しかし、自信ありげだ。
すると突然、ふわりと視界が開けた。ギラギラと照り付けていた日差しが急に柔らかくなる。
目の間には、淡い黄色の菜の花畑が広がっている。
「え? 菜の花?」
唯は目を丸くした。
美しくも不思議な光景だった。9月の菜の花畑。狂い咲き?
今までむしむしと暑かったのに、黄色い花を揺らすように、ふうわりと清涼な春の風が吹く。
呆然としているといつの間に隣に来ていた小弥太に声をかけらた。
「さあ、唯、晩御飯をさっさと摘んで帰るぞ」
小弥太が菜の花畑に入っていた。
「ああ……、うん、わかった」
まさに狐に包まれた気分。唯は戸惑いながらも、慌てて小弥太を追う。
「ほら、唯、こごみもあった」
小弥太は勝手知ったる場所のようにそんなものをとってくる。
「えっと、この時期にこごみ? いったいどこに?」
唯がきょろきょろする。菜の花畑からして、どうかしている。
「異常気象のせいだろう? 図書館にある新聞で読んだ。唯は他に何が食べたい?」
突然唯の中に祖母と過ごした穏やかな春の一日がよみがえる。
「たらの芽。たらの芽が食べたい。スーパーで買うと高いんだよ。そうだ、今夜は菜の花の辛し和えと天ぷらにしよう!」
まるで童心に返った気分。異常気象が続いたなら、こういう事もあるのだろう。きっと小弥太の言う通りだ。
疑問はさらさら春の風に流れ、唯は夢中になって春の恵みを摘んだ。
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