第16話 兆し3
別室に入る目の前には私服の刑事が二人いた。
若い刑事と年配の刑事、まるで刑事ドラマみたいだ。しかし、二人は唯の生年月日や住所何度の個人情報を確認するだけ自分たちは名乗らない。
「君は、山野明美さんと普段から揉めていたそうだね」
「は?」
晴天の霹靂だ。揉めた覚えも言い争いをした覚えもない。嫌みはたいていスルーしていた。
「サークルの人がそう言っていたんだが、違うのかな」
「違います。私、山野さんとはほとんど付き合いがありませんし、飲み会は一次会だけ、サークル外で二人で会ったこともないです。それに私はもうサークルをやめています。今日はサークルの会長にここに呼び出されたんです。それが、どうしてそんな話になるんですか?」
すると刑事はうなずいた。
「そういう証言があってね」
「え、誰ですか? そんないい加減なことを言ったのは」
呆れてしまう。恐らくマリヤだろう。
「誰ということは言えないけれど、複数人から証言があった」
その刑事の言葉に唯は愕然とした。
――私、結構嫌われていたんだ。警察に嘘の証言をさるほどに。
複数人というところに、ショックを受けた。マリヤ意外に、いったい誰がそんな嘘を言うのだろう。すると刑事にアリバイを聞かれた。
独り暮らしなので、アリバイなどない。唯が言いかけた途端。
こんこんとノックがあった。
「あの、高梨唯さんの親戚だと言う子供が……」
振り返ると黒髪に薄茶の瞳の綺麗な男の子がいた。色合いは違うけれど……。唯が買ってやった濃い青のトレーナーの上下を着て、白いスニーカーを履いている。
「え? あれ、小弥太! どうして出てきたの?」
しかし、小弥太は唯の問いには答えず、色素の薄い瞳で刑事をひたりと見据える。
「唯とはずっと一緒にいた。近くに散歩に行って、一緒に買い物に行って。そのほか唯はバイトに行っていた。ねえ、刑事さん、僕の保護者を返して?」
と言って小弥太が困ったように小首を傾げる。美少年のその仕草は効果絶大だった。
「ええっと、高梨さん、その子は?」
刑事たちも突然の綺麗な闖入者にぎょっとし、毒気を抜かれたようだ。
「ああ、はい、あの、凄く遠縁の親戚の子供を預かっていまして、その今は私が世話をしているんです」
「ねえ、唯、僕おなかすいた」
小弥太が畳みかけるように言う。
「ああ、君は子供面倒を見ていたんだね。それはたいへんだ。もう帰っていいよ。高梨さんは、サークルを辞めたと言う話も聞いているし、飲み会にも参加していないんだよね」
と刑事が言う。だったら、呼ぶなよ。と思ったが、唯は大人しく、部屋を後にした。
そして慌てて、小弥太を廊下の隅に連れて行く。
「ちょっと小弥太何やってんのよ! 化けたところ誰にも見られていないよね?」
「化けたはやめろ。お前が困っていそうだったから、助けにいったんじゃないか」
小弥太はいつもの平板な口調で言う。
「てか、なんで突然の僕っ子?」
「は? ぼくっこ?」
「ああ、いや、いいや。サークルの連中に見つかる前に帰ろう。小弥太は綺麗過ぎて目立つから。というか小弥太、髪の色も目の色も変えられたんだね」
唯が感心したように言う。
「少し力が戻って来たようだ。長い時間でなければ、これくらい出来る。俺としては不本意だが、仕方がない。間抜けなお前が出てこないから迎えにいったんだ。日頃の供物の礼だ」
「供物って、いつもご飯あげてること? いや、そんな事より、迎えって、小弥太のこと調べられたら、私アウトだよ。どっかから攫って来たんじゃないかって疑われちゃう」
「大丈夫だ。問題ない。やつらはそんな気は起こさない。俺の妖力を侮るな」
「へ? ようりょくって? 侮るって、小弥太何かしたの? それに随分難しい言葉知っているね」
「なんでもない。それより、腹がへった」
「わかった。夏休み中だけど売店やってるかも。よって行こう。ちょっと帰るって挨拶してくるから、小弥太はここで待ってて」
「は? 馬鹿か。お前を落とし入れようとした奴らがいる場所へわざわざ戻るのか?」
「聞いていたの?」
「聞いていたわけではない聞こえてきたのだ。人とは聴力が違う」
「そっか、聴取も聞こえちゃったんだね」
唯は時々、小弥太の精神年齢はいつなのだろう思ってしまう。確かに見た目通りではない。だが、新しいものに対して純粋な子供のような態度を見せる。妖は本当によくわからない。
「とりあえず髪は黒くなったものの。小弥太は目立つからちょっと隠れていてね」
唯はかおりにだけ暇を告げて帰ろうとしたが、かおりに声をかけたところで、阿藤に見つかってしまった。
「唯ちゃん、ちょっと待ってよ。これから、カラオケ店に行って山野のこと聞いてみようかと思っているんだ。一緒に行かない」
「それってもう警察がやっているんじゃないですか? 私は行きません。というか皆で捜そうと言うから来たのに」
「あ、いや、それは、最初はそう思っていたんだけれど、あの後警察から連絡があって、その」
と阿藤はしどろもどろになる。
「唯の言う通りだよ。阿藤、あんまり下手に動き回らない方がいいんじゃない。それこそ警察の邪魔になるかもしれないし、あらぬ疑いをかけられるかもよ」
「そういってもさあ。責任感じちゃうんだよね。金も返してもらってないし」
「結局それね。で、あんた、いったいいくら貸しててたのよ」
かおりが呆れたように言う。
「俺は二万円くらいかな。井上なんかもっと貸してるよ」
「え? そんなに?」
「そう、あいつ10万以上は貸してるんじゃないの?」
驚いた。人に借金してまで飲みに行くなんて信じられない。それはかおりも思ったようで。
「なんで、みんなで貸すのかねえ」
呆れたように言う。
「だってほら、女子ってあんまり遅くまで付き合ってくれないじゃん。朝まで付き合ってくれる子って貴重なんだよ。ヤローばっかじゃつまらないし」
二人が話しているすきに、唯はさっさと教室を出ることにした。結局、誰も本気で明美を心配していないのだろう。
唯自身も明美ならば、何食わぬ顔で、ひょっこりと帰ってきそうな気がしていた。思い返してみれば、彼女にはそういう人騒がせなところがある。
「小弥太、お待たせ」
小弥太は廊下で大人しく待っていた。
「遅い」
「ごめん、これでも急いて抜けて来たんだよ。もう、ここに来ることもないだろうけど。小弥太は昼、何が食べたい?」
「エレベーターの下で、自動販売機の中にパンが入っているのを見た。あれが食べたい」
「ああ、そういうえば、小弥太は菓子パン食べたことないよね。分かった買いに行こう」
「それから、ここの図書館に行きたい」
「え? その……大学の図書館に入るのは無理かな」
唯が困って言いよどむ。
大学の図書館は、入口が某テーマパークの改札のようになっていて、学生証がないと入れないし、その学生証も図書館のオリエンテーションを受けてから手続しないと入れない。意外に厳重なのだ。
「問題ない。お前の後について行く」
「え? いや、それ、ばれたら、私、捕まっちゃうし」
「大丈夫だ。問題ない」
小弥太が譲らない。
「わかった! 小弥太が見つかったら私、他人のふりするから」
「なら、お前が困っていても俺も他人のふりをする。もっとよい供物をくれる家にうつる」
唯は小弥太の言葉に分かりやすくショックを受ける。
「やだ。小弥太、冗談だってば出て行かないで。癒しがなくなっちゃう。私、もう一人でご飯食べられそうにないよ。小弥太は可愛いから、すぐに他所のお家に飼われちゃう」
そう言って、ぎゅっと小弥太を抱きしめた。
「なんだ、飼われるって。俺は早く菓子パンが食べたい。さっさと連れていけ」
小弥太がいつもの口調で淡々と言った。
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