第15話 兆し2

 唯は大学に着くと早速サークル棟に向かった。もう来ることは無いと思っていたのに、非常に残念だ。


「あれ? 唯じゃない! やめたのに来てくれたの」


 ポスターやチラシがペタペタと貼られたエレベーターホールでかおりに声をかけられた。彼女が凄く嬉しそうにする。


「はい、阿藤先輩から連絡があったので」

「え? 阿藤が?」


「はい、直電がかかって来て」

「まったく、あいつ、しょうもない。何考えてんの? でもいいや、唯が来てくれて嬉しい」


 かおりが微笑んだ。二人並んで、部室に行くと村瀬、マリヤ、幸田、井上、その他に一年が数人と前会長の丸越もきていた。だいたい、合宿に参加した面子だ。


 だが、皆一様に緊張した顔をしている。


「高梨、久しぶり」


 そこへ井上がやって来る。


「うん、久しぶり、……なんか随分雰囲気重いね」


 見ると明美とよく一緒にいた一年の女子浅野芽衣が泣いている。それを村瀬と丸越が慰めていた。


「今、警察が来ているんだ」


 声を潜めて井上が言う。 


「え? 嘘、なんで? 明美ちゃんは無事なの?」


 ふつう大学生がいなくなると家出で片付けられることが多い。それなのになぜ警察が来ているのだろう。


「依然、行方不明のままだ」

「ちょっと、井上、やめた唯によけいなこと言わないでよ」


 そこへマリヤが割り込んできた。彼女には会いたくなかったのに。相変わらずキンキンと声が響く。

 すると一年の幸田もやって来て、


「ええ! 唯先輩やめたんですか? 俺全然知らなかった。だからこの間の飲み会にも来なかったのか! 誰も教えてくれないんだもんな。俺もやめようなあ。何か雰囲気悪いし」


と恨みがましく言う。


「飲み会って?」


 唯が聞くと、かおりが答える。


「その飲み会の時、明美ちゃんが行方不明になったようなの」


 それは不穏だ。唯は思わず問い返す。


「飲み会は、何時頃に終わったんですか?」


 彼らはよく朝まで飲むらしい、唯はいつも一次会で帰っていたので皆が何時まで飲むのか知らない。


「ちょっと、唯、あんた部外者でしょ。興味本位で、首突っ込まないでよね」


 マリヤが意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「瀬戸、そういう言い方はよくないんじゃないか。せっかく来てくれたんだから」


 村瀬が唯を庇い、一気に場の空気が悪くなる。なぜ村瀬はいつもこういうタイミングで言うのだろう。マリヤがいらいらと唯を睨む。


 その時、


「瀬戸さん、ちょっといいですか?」


 呼ばれたマリヤの顔が歪む。


「これじゃあ、まるで犯人あつかいじゃない」


 ぶつぶつと文句をいいながら、マリヤが出て行った。どうやら別室で警察が聴取しているようだ。入れ違えに阿藤が出て来た。彼にしては珍しく憔悴している。


「いったい、何がどうして、こんな大事に?」


 唯は全く詳細を知らされていない。てっきり皆で心当たりを探すのかと思っていた。


 とりあえず小弥太を入れた鞄を教室の隅に置く。

「小弥太ちょっと待っててね。事情を聞いて来るから」

 と小さく声をかけた。彼にはごたごたをあまり聞かせたくない。


 マリヤもいなくなったことだし、一番冷静そうな村瀬に聞く。


「何でこんな大事になっているの? 大学生ともなると行方不明といより、家出で片付けられてしまうと思うんだけれど。何かあったの?」


「高梨はニュースを見ないの?」

と村瀬が苦笑する。


「ニュースって? この近くで何かあったの?」


「ああ、ここら辺で女子大生や女子高生がふっといなくなって、一週間から二週間後ぐらいに発見される事件が続いているんだ」


 唯は首を傾げた。


「えっと、発見されるなら事件じゃないんじゃない?」


 はなはだ疑問だ。


「発見された状態が問題なんだ。血が大量に抜かれているんだよ。それこそ死ぬ寸前まで」

「ええ、そんなことって……」


 唯は驚いて目を見開いた。そんな恐ろしいことが起きているだなんて、嘘だと思いたい。


「最初は娘が家出中に栄養状況が悪くて、貧血になったと思われていたんだけど、最近になって血が抜かれていたってわかってね。そのうえ、皆、行方不明になっていた間の記憶がないんだ。どうも質の悪い薬をやっていたらしい」


「え? やだ、何それ。そんな事件が……。ここら辺って物騒なんだね」


 背中がぞくりとした。ここのところバイトと小弥太に夢中になり過ぎた。そういえば、バイト帰りに「気を付けてね」と社務所の人達にいわれていた。


「でもそれだけじゃない」

と村瀬の話は続く。


「え?」

 唯が首を傾げると、村瀬が囁くように耳打ちする。


「山野は政治家の娘だから、大事になった」

「え、政治家の娘?」


「しっ」と言って村瀬が人差し指を立てる。これは村瀬だけが知っていて皆が知らないということだろうか。少なくとも唯は聞いたことがないし、それが本当なら明美の性格なら率先して吹聴しそうだ。


「それ本当の話? なんで村瀬君が知ってるの? あの子そんなこと私には言ってなかったよ」


「ああ、まあ、ちょっと……。山野は、正妻の娘ではなく妾腹らしい。いろいろと複雑な事情があるようだよ」


 そう言う村瀬を唯が胡乱な目で見る。なぜ、彼は知っているのだろう? すると村瀬は諦めたように口を開く。


「山野から政治家の父を紹介するから、付き合ってくれって言われたんだよ」

「はあ?」

 そんな話は寝耳に水だ。


「ゼネコン系にコネがあるから、就職先を紹介してやるって言われたんだ。それから、政界に興味があるのなら秘書にしてもらえるように口添えするとか言ってたな」


「ええっと、それはまた……。村瀬君的にはチャンス?」


 すると村瀬は苦笑し首を振る。 


「いや、その時は話半分に聞いていたんだが、これだけ大騒ぎするところを見ると本当だったんじゃないのかと。現に警察もきているし」


 マリヤも明美もほんの少し虚言癖がある。それにしても水面下で明美とマリヤは村瀬を取り合っていたとは知らなかった。


 そういえばが、唯が村瀬と話しているとたいてい明美がマリヤを焚きつけていた気がする。今思うと明美なりの牽制だったのだろう。唯が思うより、明美は腹黒かったようだ。


 なんだか、大変なところに呼び出されてしまった。


「それで、飲み会で何かあったの?」


「直接何かあったわけではないようだよ。先週、いつもの店でサークルで飲んで、その日は20人くらい集まったかな。一次会は八時ごろ終わって、二次会でカラオケにいったんだ。

 俺は終電前に帰ったが、結局いつものメンツが残って。女子は瀬戸に山野、それから阿藤先輩に幸田、井上がオールで飲んで歌っていたらしい。それから、明け方に帰ろうとなったとき、山野が消えていたんだ」


「え? じゃあ、その時に行方不明になったの? すぐに探さなかったの」


「それが、山野はよく金を払わず消えるんだ。高梨はほとんど飲み会に参加しないし、たいてい一次会で帰るから知らないよね」


「うん、一回二千円貸したことあるよ。でも返してくれないから、それ以降貸してないけど」


 というと村瀬が苦笑した。


「山野は家が裕福なのに、金にルーズってわけだね。俺のところには借りに来たことは無かったよ。たいてい、井上か阿藤先輩、幸田あたりが貸していたらしい。それで、その日は阿藤先輩が山野分も払ったと言っていた。で、そのまま連絡が取れなくなったわけだ」


「カラオケの最中に、いつの間にかいなくなったってことね」

「ああ、皆酔っ払いで、出たりはいったりしてたから、誰も気付かなかったようだ」


「マリヤも?」


 同じ女性ならば、トレイが遅いと具合が悪くなったのかと様子を見に行きそうなものだが、酔っ払いだとそうもいかないものなのか。いつもそこまで酔うことはない唯には分からない。


「ああ、それとちょっと一次会で、瀬戸と山野が言い争いになったんだっけ」

「え? 二人が? 珍しい事もあるんだね。普段は仲がいいけれど」


 彼女達は要領がよく、お互い上手に付き合っていた。唯が辞める前は、まるで二人で連携するように当てこすりや、言いがかりをつけて来ることがあった。


「そう見えるのは高梨の前でだけだよ。おおっと失礼」


 つい口が滑ったというように、村瀬が気まずげに笑う。


「いいよ、別に。私、彼女達から嫌われてたの知ってるから。だってこのサークル、無茶苦茶いづらかったもん。そんなことより、言い争いって何?」


「詳しくは知らない。敷島さんが仲裁に入ってとめてた。まあでも高梨がいないとあの二人ぎくしゃくするんだよね」


「それって共通の敵がいないからってことかな。とりあえず私は部外者だから、これで帰るね」


 いままで小弥太に癒されていたから縁遠くなっていたが、久しぶりにサークルの息苦しい人間関係を思い出してしまった。一緒に帰って、散歩してご飯を食べて癒されよう。


 するといきなり、背中にどすんと何かがぶつかった。


「痛い!」


 唯が言うと


「大袈裟ね。ちょっとぶつかっただけじゃない」


 マリヤだ。もう聴取はすんだらしい。唯の背中に肘鉄を入れたのだ。本当に質が悪い。


「肘が入ったように思えるけど」


 唯がはっきり言う。


「ひどーい。どうして唯ってそうやって人を陥れるような事言うの? ほんと、怖いよねえ」


 村瀬に甘えるように同意をもとめつつ、腕にしがみつく。だが、村瀬はその手をさり気なく外す。そしてなぜかマリヤは唯に恨みのこもった目を向けて来くる。


 ――私が何したっていうのよ。


 うんざりした。


 その時


「こちらに、高梨唯さん、いますか?」


 突然、警官に呼ばれた。


「はい、私ですが……」


 唯はなぜ自分が呼ばれたのか分からない。そして警察がなぜ唯がいることを知っているのか。


 よくわからず、呼ばれるままに警官について行く。小弥太を教室に置きっぱなしにするのは忍びないが、わけのわからない聴取に突き合せたら可哀そうだ。


 部屋を出る時、


「いってらっしゃーい」


 とマリヤがくすくすと楽しそうに笑った。彼女が余計なことを言ったのだろうか? 嫌な予感がする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る