第3話 肝試し3

唯と井上が皆に追いつく頃、阿藤が言う心霊スポットについた。


「何というか地味だね」

 村瀬がぼそりという。


「まじで? これ、ちゃっちい祠をしめ縄で囲っただけっすね。ビジュアル的にないでしょ?」

 一年の幸田が言う通り、古くて小さな祠の五メートル四方をしめ縄が囲っているだけだ。竹林に囲まれているので、多少不気味ではあるが、ただそれだけだ。


「いやいや、何言ってんの? これからだよ」

 そう言う会長の阿藤あとうは目が据わっていて酒臭い。酔っ払いだ。


「何がこれからなんだよ。これで夜の散歩は終わりだろ。意外にしょぼかったな。まあ、心霊スポットなんてこんなもんだよ」

丸越がツッコミを入れる。


「違いますよ、丸越まるこし先輩。祠をあばくまでが、肝試しなんですよ」

 得意げに阿藤が胸を張る。

「あばくったって、こんなしょぼいのを? 誰が?」

 丸越が呆れたような目を阿藤に向ける。


「もちろん、本日の勝者、唯ちゃん、よろしく!」

 突然名指しされていい迷惑だ。


「嫌ですよ。あの祠、今でもきちんと祀られているみたいですよ。お供え物もあるし、盛り塩もしてあるじゃないですか。地元の人に怒られちゃいます」


 唯は祖母に育てられた。祖母は信心深い人で、特に地元で祀られている神には触れるなと教えられてきた。封印された祟り神かも知れないから……。


「乗り悪いなあ。唯、先輩の命令じゃん、聞きなよ」

とマリヤがにやにやしながら言う。


「そうですよ。先輩ぜひ!」

 と幸田こうだが言えば、

「ああ、なんか唯先輩と祠って絵になりますよねえ」

 明美が同調する。


「あの古い祠と絵になるって……しょぼい陰キャってこと?」

 うんざりしてきた。一年生になめられている。


「唯、撮影してあげるよ。それとも誘い待ち? 注目が足りないのかな? ちょっと男子、唯にもっと声かけてあげてよ。応援!」

といってマリヤがスマホを構える。唯はこのノリが嫌いだ。マリヤの事だ。すぐにSNSに動画をアップするだろう。そんなことをすれば炎上必須だ。


 ここが私有地であれば、大学にバレたら処分されるかも知れない。今までまじめに勉強して来たのに冗談ではない。


 いくら何でも、くだらなすぎる。もうこの場でサークルやめると言おうと決心した瞬間、隣にいた井上が庇うように唯の前にでた。


「俺がやりますよ」

「おお、何だよ、井上、唯ちゃんのこと好きだからなあ」

と阿藤が騒ぎ出す。


 いつも陽気で、会長でありながらムードメーカーの阿藤だが、なんだか今夜はおかしい。悪ふざけが過ぎる。彼は強引なところはあるが、たいてい害はない人だ。


「おい、阿藤、さすがにそのくらいにしておけよ。お前、なんか変。今夜は調子に乗り過ぎだ」

 元会長の丸越が止めに入る。


「いいよ。井上君、ほっときなよ。私は大丈夫だから。阿藤先輩酔っぱらっているんだよ」


 唯は井上にいった。


「別に平気だよ。ちゃちゃっと開けて元に戻しておけばいいんだろ」

「おうおう、唯ちゃんの前だからってかっこつけちゃって」

 更に阿藤が煽る。


「だめだよ。祠をあばいちゃ! 地元の人が大切に祀っているんだし、失礼だよ。それに祟りがあるかもしれないよ」

 唯がそう止めると井上が驚いたように顔をする。


「へえ、意外、高梨ってそういうの信じたりするんだ」

 そう言いながらも井上はほらを中心に膝のくらいに張り巡らされているしめ縄をまたごうとする。


「おお、なんだ、井上先生いくのか? じゃあ、俺も、というか俺が行く! どけ、井上! いい恰好するなよ。ここはお前の見せ場じゃねえ。唯ちゃん、見てて」


 笑いながら唯に向ってひらひらと手を振り、阿藤が真っ先に入って行く。ここは神域だ。絶対に荒らしてはいけない。


 唯が止めようとしたその時、ざわりと生ぬるい風が竹林を抜けた。


 マリヤが「きゃあ、怖い」と大袈裟に騒いで村瀬の腕にしがみつく。さり気なくマリヤの手を村瀬が振りほどくのが見えた。村瀬はもてるわりには特定の女子を自分の周りに侍らせない。


「俺も面白そうだから参加するよ。こういうのって一蓮托生だろう? なあ、高梨」

と村瀬が突然話しかけてきた。彼の隣にいたマリヤが恨みのこもった目で唯を見る。


「何いっているの? やめなって」

 唯は間髪入れず村瀬も止める。


「あ~あ、唯は一人だけいい子ちゃんなんだ。瀬戸も参加します!」

といってマリヤも村瀬に続いてしめ縄をまたいで中に入った。


「さっ、唯先輩行きましょう!」

 明美にいきなり腕を引っ張られ、しめ縄に引っ掛かってしまった。しめ縄がつながれていた竹が、ざわざわと揺れる。


「ほんじゃあ。御開帳!」


 そういって先に入っていた阿藤が、祠の扉に貼られていたお札をべりべりと無造作にとはがし、一気に開けた。


 その刹那まばゆい光にあたりが満たされた気がした。そして何かが激しく唯の胸にぶつかる。衝撃で息が止まりそうになった。


「唯?」

「唯先輩!」

「高梨!」


 自分を呼ぶ声が遠くで聞こえる。唯の意識はそのまま闇に飲み込まれた。


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