第24話

 日付が変わり、文化祭当日がやってきた。


 午前中は生徒達による祭りで、午後は一般解放もされる。


 俺と沙希は一緒に登校し、教室に入ると沙希に気付いた陽キャ組が挨拶してきた。おはようという朝の挨拶を交わすのを横に、俺は素知らぬ顔で自分の席へ直進する。


 ホームルームが始まり、教師から注意事項など伝達されてから喫茶店の準備を始めていった。


「どう? 似合ってる?」


「もち、めっちゃ良き」


 メイド服に着替えた沙希が友達のギャルと一緒に写真を撮っている。


 楽しそうにしている接客組とは違い、陰キャ組はお通夜だ。


 ぼそぼそと話す俺の言葉を聞いてくれる委員長と最低限の打ち合わせをしつつ、具材の準備を進める。


 焼きそばとタコ焼きとホットケーキなどシンプルなものだ。喫茶店に合っていない品もあるが、陽キャ共に逆らえなかったのである。


 抗えず、強いられている。そんな現状を後悔していると、厨房に沙希がやってきた。


「優作、どうかな? に、似合ってるかな?」


「ああ、まあ。可愛いと思う」


 世辞ではない。普通に可愛くて似合ってる。


「そっか。優作も頑張ってね。わたしも頑張るから」


「おう」


 準備が終わるや、校内放送から文化祭が開始される旨が響き、陽キャの一人がクラスを見渡して音頭を取る。


「オレたちで、売り上げ一位を目指すぞ!」


「うぇぇえーい!」


 そういって始まった文化祭。俺にとって地獄だった。


 喫茶店となった教室に人が雪崩れ込んでくるのだ。陽キャが陽キャを呼び、口伝てに広がっている。


 彼等の仲間を呼ぶコマンドは優秀らしい。一人に付き、確実に二人以上は呼び込んでいる。


 メイド服に釣られた男達が更に伝達していき、学年を隔ててやってきていた。


 調理班の俺は忙しくなっている。こんなに人が来るとは考えもしなかった。裏方のやつらは全員そうだ。


 そのため、午前中は俺一人で厨房を回すことになっていたが、急遽内装係が手伝ってくれることになった。簡単な盛り付けをやってもらう。


 午後は委員長がリーダーとなって回していく予定である。それまでの辛抱だ。


「つらたん……」


 この意味不明な台詞は沙希から教わった。辛いときも可愛く言えば、まだ頑張れるとかそういう意味合いがあるとのこと。


 言ってみても、心労が激減したとかもなく、どうみても変わりないので可愛さが足りないのだろうか。


 内心で愚痴を吐きつつ、次々とやってくるオーダーをこなす。手際はまあまあ悪い。


 ゲームのオーダーなら確実にこなせるのに……。


 とか、言い訳をしながらも手を動かしていく。


 注文された品を作りつつ、隔てられた暖簾からクラスを覗いてみる。鬱になるほど盛況だ。


 クラスの女子は容姿のレベルが高く、今日限定でメイド服を着ているのだから、そりゃ来るだろう。


 俺にとってメイドではなく、冥土だけどな。


 男達も執事姿はそれなりに似合っていて、友達同士でやってきた女子が姦しい声を上げている。


「メイド服めっちゃ可愛い!」


「ありがとー!」


 沙希も他クラスの者とも話していて、お礼を言っていた。本当に人気者だ。別クラスでも友達が多い。


 沙希のコミュ力は俺の数倍はある。配信でも話すことには慣れているだろうし、会話が楽しく成立してしまうのも致し方ないだろう。だけど、他クラスの男達と親しげに話す沙希を見て微妙な気分になる。


 嫌な気持ちというのだろうか。初めて味わう感情だ。


「はあ……」


 沙希は可愛いし、仕方ない。納得もしてる。俺も逆の立場だったら鼻の下を伸ばしていた。


 それよりも、俺は振られた仕事を奴隷のように無賃金で働かなくてはいけない。楽しくないし、やっぱり学校は辛い場所だ。


 文化祭といっても、これはサービス残業をする会社に就職するかもしれない時の予行練習なのだろう。


 ここで踏ん張らなくては社会での生存率はゼロだ。


 そう意味わからないことを言い聞かせ、俺は無心になって注文された品を次々と出していった。




 死にそうになりながら午前の部が終わり、午後の部に移る。


 委員長達へバトンタッチして、俺は居場所のない教室から出て散策でもしようかと思った。俺にはソロが似合っている。


「あ、待ってよ。優作、一緒に回ろ!」


「……え、無理」


「えー、いいじゃん。みんなで回ったほうが楽しいよ!」


 教室から出た直後に沙希が友達のギャルを引き連れてやってきた。二人のギャルが近寄ってきて、自然と俺は身を引く。


「えー、沙希。陰キャのそいつと回るの?」


「え、ダメかな……?」


「ダメじゃないけどさー」


 不機嫌なギャル二人に沙希が戸惑っている。


 そうだろう。俺は沙希と仲良くなったとしても、こいつら陽キャとは交流を一切していない。こうなるのも簡単に予想できる。


 沙希が二人を説得しようとする背中を眺めて傍観していると、横から男二人が更にやってきたのが見えた。


 クラスメートではない。喫茶店に客としてやってきた人物だ。


「なあなあ、そいつと回るんじゃなくてオレ等と回んね?」


「えっと、先輩でしたよね……」


「そうそう。オレたち三年ね。てか、キミさ、マジで可愛いよね。めっちゃタイプ」


「え、はい。ありがとうございます」


「どう? オレたち文化祭回らない? こんなんと一緒より良いでしょ」


 こんなん呼ばわりされた俺へ沙希が不安げに見詰めてくる。


 盛大に溜め息を吐く。面倒くさい。


「……先輩、すんません。俺とこいつ一緒に回るんで、他を当たってくれませんか?」


 沙希の腕を握り、こちら側へ引き寄せる。


「優作っ……」


 そんなに強く引き寄せたわけじゃないのに、俺の腕に絡まってきた沙希が上目遣いだった。目がキラキラしてるんだけど、何なんだよ。少女漫画に出てくる王子様ってか。そんな柄じゃねえって。


「あ? つか、お前誰? 関係なくね?」


 詰め寄ってくる男二人にたじろぐことはない。午前中に疲れすぎたせいか、ダル絡みされてるとしか思えなかった。


「当然の正論ですね。先輩方にも当てはまるんですけど。というか、本当に先輩なんですかね。見たことない顔ですし、どうみてもお呼びじゃないらしいっすけど」


「お前、喧嘩売ってんのか? あ?」


「ちょ、先輩、そういうのは止めましょうって。問題になるんでっ」


 詰め寄ろうとして語気を強くした三年生にギャルの一人が慌てて仲裁に入ろうとする。


 一触即発の空気。叫んだのは沙希だった。


「関係ありますから! この人、わたしの彼氏だし!」


「え」


「え」


「……え?」


 ギャル二人と俺の間抜けな声が連鎖した。連鎖ゲーか。あまりやったことはないが、あと一人揃えないと駄目なやつだ。


 というか、今言うのか。


「なんで、優作がそんな顔してるの!? 彼氏でしょ!?」


「ないない、沙希。嘘でもそれはないって」


「そうそう」


「違うし! 本当だし! わたしの初めて奪われたし!」


「おい、沙希やめろって……」


 廊下で人聞きの悪いことを大声で話す沙希を宥めようとする。


「本当じゃん。優作は隠したいのかもしれないけど、わたしは優作が馬鹿にされるのはイヤ」


「え、ガチなの? 最後までヤったの?」


「赤い糸ならぬ白い糸……」


 ギャル二人の下ネタが酷すぎて引く。


「いや、そこまではやってないけど……。付き合うことになった」


「まじかー、今まで彼氏作らなかったのに。ほー、沙希のタイプが陰キャだったかー」


「近づいて見れば、有り寄りの有り……?」


「寄ってくんなよ……」


 目を輝かせたギャル二人から逃れようとする。嫌そうな顔で後ろへ下がると、彼女達は俺のほうを直ぐに諦め、教室へ向けて叫んだ。


「ねえ、みんな! 沙希が彼氏作ったって!」


「え、まじかよ!?」


「オレ、文化祭の最後に告白する予定だったんだけど!?」


 男集団が教室から出てくる。俺や沙希を囲んできた。


「沙希、まじ?」


 カースト最上位の陽キャの一人が確認するように問う。イケメンの男だ。執事姿をしていて似合っている。


「うん、優作と付き合うことにした。わたしの初恋の人」


「そっか。おめでとう。へえ、こいつが沙希の……泣かせたら殴るからな?」


 イケメンが俺の肩を組んで言ってくる。耳元で言われ、ゾクゾクした。そっちの趣味は無い。


 コクコクとイケメンへ頷いていると、クラスのお調子者としてカースト上位に居る男二人が右手を上げる。


「沙希をよろしくな、うぇーい!」


「うぇ、うぇーい……?」


 パンッと乾いた音が鳴った。二人目もやってくる。


「沙希を頼むぞ、うぇーい!」


「うぇーい……」


 何なんなんだ、これは。新手の儀式なのか。


 意味が全く分からないハイタッチを交わす。


 俺が陽キャ集団に囲まれていたら、いつの間にか先輩方は消え去っている。この数を相手にするのは無理だと察したか。


 邪魔者も居なくなり、めでたしめでたしとなるところである。しかし、陽キャ達に囲まれた俺はクルものがあった。吐きそう。精神的にダウン状態までされている。


 俺は上を見上げ、変哲のない天井を眺めた。心を落ち着かせるためには上を見ることが効果的らしい。


「……ああ、誰かウルト焚いてくんねーかな。空爆とかめっちゃ刺さりそう。ついでに温かい泡で包んでほしい」


「こんなときもゲームのことばっかり。もう、仕方ないなぁ。ほら、現実逃避してないで、ちゃんとわたしが温めて上げるからさ」


 沙希ががっつりと腕を組んできて、俺の左腕に胸を押し当てている。


 恥ずかしそうに真っ赤になっている沙希がいて、それを見た陽キャの奴等が捲し立てていた。


「うぅ……」


「恥ずかしいならやるなよ……」


「は、恥ずかしくないし!」


 ツンデレみたいなことを言う沙希に引き連られる俺は陽キャの一団に加わった。


 どうやら、このまま文化祭を満喫していくようで、周りから見れば強制連行されているとしか映らないと思う。


 まあ、それでも、隣に居る沙希が楽しいのならいいのだろう。




 ――文化祭。


 最も苦手とする陽キャ達に囲まれた日、俺は心身的疲労を負いながら屋台を巡ったり、体育館で開催された軽音部の演奏を楽しんだ。


 隣に居た沙希はずっと笑っていた。


 陽キャの男達がボケたり突っ込んだり、俺もそれなりに楽しかったと思う。


 彼等の名前を覚え、友達の一歩手前ぐらいにはなれたはずだ。


 俺は陽キャというものに少しでも触れ、ノリの良い奴等という認識になっている。陽キャと決めつけて馬鹿にすることは、もう出来なくなっていた。


 ウェイウェイしてウェイウェイする意味は未だに不明だが、彼等はノリでやっているのだろうと推測する。


 俺は陽キャの一員にはなれそうにないが、これを知れたことは収穫だった。これも沙希のおかげだろう。

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