第23話

 ツムギの配信で俺のノートが晒されていた。


 約四千人が見ている放送でノートがペラペラと捲られている。コメントには字が汚いという意見が多く、羞恥心を感じてしまう俺が居た。


 俺のことをボロクソに言っていた者も多かったが、ツムギのおかげで好意的なコメントも溢れている。


『リスタートさんも応援してくれたし、リスナーのみんなも応援してくれてたから、勝ちたかったな……。ごめんね、次は絶対に1位取るから。必ず、勝ってみせるから応援してね!』


 ――応援する

 ――ツム頑張れ

 ――次1位よろ


 そう締め括られた配信でツムギが枠を終了した。




 配信が終わったのを見た俺はベッドで仰向けになってボッーとしていた。


 今回の大会はツム達の成績は良かった。しかし、プロを加えたチームが強すぎた。完成されたキャラコンには成すすべがなく、その上で弾を当ててくる。


 防衛で固めて五分的状況を作れていたが、今後の課題は対面力だろう。


 そんなことを考えていた俺は扉がノックされた音に体を起こす。


「お疲れ。試合、良かったよ」


「良くないし。一位取れなかったし……!」


 目を腫らしながらやってきた沙希が俺の懐へ飛び込んでくる。慌てて受け止めるが、下になった俺の鳩尾に急所が入った。


「ぐふっ」


 肺から空気を漏れだす。痛苦しい。


「わたしは勝ちたかった! 優作が教えてくれたのに……!」


 嗚咽を漏らした沙希が泣いていた。俺は鳩尾を狙ってきた沙希に罵倒することはせず、頭を撫でるべきなのか分からなくて不格好な姿勢で固まってしまう。


 ここでギャルゲーの主人公なら自然に頭を撫でるのだろうが、現実の俺は正しい選択なのかどうか躊躇してしまった。


「……泣くなよ」


 俺の口から出たのは当たり障りのない言葉。


「だって、だってさ……」


 こういうときはどうすればいいのだろう。今まで女性と関わってこなかった俺の中で最善が見えない。


 悔し涙を流している沙希が俺の服を濡らす。


 ベッドに押し倒される形の俺は身動き一つできず、とりあえず体勢を整えようとした。


「悪い、離れてくれ。愚痴は何でも聞くから」


「やだ」


 密着した体が熱いのだ。沙希の体温ではない。俺の心臓が早鐘を打っている。


 その理由としては沙希を意識しているからだろう。


 しかし、心臓の音を聞かれたくなくて、離れるようにお願いしてみても沙希は言うことを聞いてくれなかった。


 とにかく、この状態はマズいと思って俺は最善を思い付いた。


 どう思われようといい。離れることが先決だ。あとで弁解でも何でもしよう。


 だから、冗談のようなことを口走る。


「頼む。俺、沙希のこと異性として見てるし、好きになってもいる。この状況はとにかくヤバいから離れてくれよ」


 ただの告白だ。ドン引きされるだろう。それとも、変態と言いつつ笑ってくれるのだろうか。


 その二つの予測は外れていた。


「わたしはずっと前から好きだったし……」


 沙希から紡がれた言葉により、俺は硬直する。


「……え、何だって?」


 ただ、呆然と聞き返す。


 俺は鈍感系主人公の系譜だったようだ。咄嗟に出てきた言葉は空気を切り、自分でも戸惑っている


「それ、やめてよ。鈍感系ってやつでしょ。雰囲気台無しだよ……」


「いや、そういうわけじゃ……なくて」


 しどろもどろになる俺は頭が真っ白になっていた。


「わたしは優作のことが好きだったよ。ずっと見てたし」


「……いつから」


「一年前からだよ。ツムギのこと応援してくれてたじゃん。全然、登録者が居ないときから見てくれてたのも知ってる。わたしのこと広めようと、掲示板に書いてたことも教室で見てた。リスタートっていう名前は後から知ったけど……」


 早口に捲し立てる沙希の耳が赤く染まっていた。俺の方へ顔を向けてくれないが、真っ赤なのではないだろうか。


「……つうか、見てたのか」


「うん。最初はツムギのことを応援してくれてる人っていう感じだったけど、ずっと見るようになってた」


「……なんで、言わなかったんだ」


 今までそんな素振りはなかった。一年前っていえば高校へ入学して間もない頃だろう。ツムギを人気にしようと必死になっていたときだ。


 沙希が同じ教室だったかも俺には記憶にない。クソうるさい女共が後ろに居るなという認識だった。


 同居することになっても沙希はそんなことを一度も言ってきていない。いや、ボイチャのとき悪ふざけで言っていたものが、あれがそうなのか。


「……言えるわけないじゃん。だって、優作が嫌いなタイプって分かってたし」


「……じゃあ、何で今さら」


「優作が好きって言ってくれてるからに決まってるじゃん。もしかして、あれって冗談だったの……?」


 沙希が顔を向け、俺の上から見下ろしてくる。真っ赤に染めながら、泣きそうな顔だった。


「いや、ちが……」


「好きならキスしてよ」


 キスってなんだよ。魚のことか。そんな言い訳のような現実逃避が頭の中を駆け巡る。


「キスって、お前……」


 ベッドに押し倒されたままだったが、体勢を少し整えて起き上がろうとして意図せず、沙希との距離が狭まった。


「ん……」


 目を瞑った沙希が居る。唇を僅かに上げ、恥ずかしさに紅潮している。


 沙希は可愛かった。ツムギに恋したように、目の前の女の子に俺は同じ感情を抱いている。


 沙希が好きだ。今の俺は知っている。


「……」


 震える手で沙希の頬を添え、顔を近付けて――。

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