第20話

 スクリムを何度か重ね、文化祭も徐々に形となっている。


 学校の至る箇所で文化祭の準備が行われ、浮き足立った期待感が生徒の間で膨らんでいた。


 俺達の教室も様変わりしており、飾り付けされた喫茶店の容貌になっている。教室には丸テーブルが何個か用意され、看板なども置かれていた。


 メニュー表の設置や接客マニュアルなどの共有を念入りにしながら文化祭当日――つまり、明日を待ち遠しいといったクラスメート達が騒いでいる。


 その中で体調が悪そうなのは沙希だけだった。顔色が悪い。


 友達に心配されながら帰宅するが、俺は理由が分かっていて仕方ないと理解していた。


 今日がゲームの大会当日。


 大勢の人が楽しみにしている大規模な配信が行われる。


 実況や解説も加わり、賞金も出る大会だ。


 やれることはやった。


 降下してからのルートも安地のパターン別に教え、漁夫に来られるまでの時間的猶予も場所毎に伝えてある。


 俺は緊張している沙希の背中を押し、あとは応援するしかない。


 大会が開催されるまで二時間前となった沙希は俺の部屋にやってきて手を口に当てていた。


「マジやばいかも……吐きそう」


 足取りが悪く、俺のベッドにダイブしてきた。潔いダイブで、本番でもそんなダイブをしてくれることを願うが、本当に体調が悪そうなので沙希を心配してしまう。


「おいおい、大丈夫かよ」


「わたし、トロールしそう……。切り抜かれて永遠に戦犯扱いされるんだ……」


「それも取り高で良いじゃないか。そんなに不安がることないだろ。大丈夫だ、やれることをやればいい」


 沙希は頑張ってここまできた。見違えるほどに上手くなっている。


 カエデとリンの連携も完成度が高い。あとはツムギの指示によって、どう動くかというところまできている。


 なのに、沙希は弱音を見せていた。


 俺はこいつがどれだけ頑張ってきたのか直接見ているから言える。大丈夫だと、心配するなと。


 今まで寝る間も惜しみ、ゲームの知識を蓄えてる日々は辛かっただろう。用語の意味も分からず、やらなくてはいけないことも多かった。


 だが、沙希は俺の教えを全て受け止めた。


 途中で折れると思っていたのに、やりきったのだ。


「永遠に残るんだよ……? また大会出たとしてもずっと擦られるんだよ……?」


 沙希は俺の枕に顔を埋めながら呟く。どうやら相当ナイーブになっているようだった。


「勝とうと思わなければいい。ゲームなんだし、楽しめ。ただ目の前の最善だけを考えれば順位も着いてくる」


「……ん。優作にお願いがある」


「なんだ?」


「背中擦って……」


「……おい、まじで人の枕に吐くなよ」


 身動きしない沙希に盛大なため息を吐いた俺はベッドの端っこに移動した。要望通りに背中を擦る。


 女子の体温を感じる。俺は異性に触れることが嫌なはずだったのに、拒否反応は出なかった。


 毎日ゲームを一緒にやっていたからだろうか。


 沙希が俺の手に触れられ、細い吐息を漏らす。


「……ありがと。これで頑張れる。わたしさ、優作のために勝つよ。精一杯やる。リスタートが教えてくれたんだもん。勝たないとダメだよね」


 起き上がった沙希の瞳には闘志が宿っていた。


「ああ、そんなに気張らなくてもいいけど、頑張ってこい」


「うん! じゃ、みんなと打ち合わせしてくる。応援よろしくね!」


 頬を染めながら元気良く発した沙希が自室に走っていくのを眺め、俺は閉められた扉を見詰める。


 沙希は頑張った。順位が奮わなくても悔いは残らないだろう。


 あと俺に出来ることは全力でツムギを応援するだけ。


 スマホの画面に映る待機中のツムギ。どうしてか、ペロペロする気にはなれなかった。ツムギが沙希だと俺の中で重なってしまっているからだ。


 既に自覚している。


 ツムギは現実の沙希だ。


 俺の初恋となった人物である。俺はひた向きに前を向き、明るく照らす沙希が好きなのだと頭の中で理解していた。





 ゲーム大会の本番当日がやってくる。


 20チーム中、60人が参加する大会。vtuberが多く参加し、他はストリーマーとプロゲーマーだ。


 実況や解説もあり、参加が出来なかった配信者達も応援するチームの視点を流したりしている。


 大会は四セットを競い合い、キル数や順位によってポイントが付与される。合計得点で総合優勝チームが決められ、試合が終わるのは約四時間後。


 一時間に一度の試合が行われ、ポイントの集計などもあって長時間に及ぶ。


 俺は五分遅延が入ったツムギの枠で配信を見ながら、スマホを握りしめた。

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