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Nora
01話.[やめておきなよ]
「てりゃー!」
先程からずっとこんな感じだった。
野球ボールを投げたり、サッカーボールを蹴ったり、テニスボールを打ち込んだりしている。
野球ボールはともかくとして、後者ふたつのための壁があるからボールがどこかに行って後悔、みたいなことにはならない。
でも、少し荒れ気味なのは確かだからここらへんで止めておかなければならない。
「
「やだ、だってまだすっきりしないもん」
「そんなことしたってすっきりしないよ、振られたことには変わらないんだから」
が、そこは無視されて彼女はまた投げたり蹴ったりし始める。
頼まれてここにいるわけではないから帰ったってなにも問題はない。
それにここで帰ったところで「なんで帰ったの!」とも言われないだろう。
それでも何故か帰る気にはなれなかった。
だからずっと見ていた結果、
「ちょっとすっきりしたから帰ろ」
「分かった」
十八時半ぐらいにやめてくれて助かった。
流石にボールに渾身の力を込めて投げたりしているところをずっと見ているのも現実的ではないから。
それに普段通りであれば全く問題はないというのが大きい。
「柚月、すぐには割り切れないだろうけど……」
「うん、大丈夫だよ」
「それならよかった、それじゃ」
彼女の自宅から離れているというわけでもないからすぐに自宅には着いた。
両親だってもう少ししたら帰ってきてくれるから寂しくなったりはしない。
ただ、少し寒いから布団の中に入って待っていることにした。
そうしたらすぐに帰ってきてくれたから一階に移動して会話をする。
何故か柚月も連れてきてくれてしまったからその相手をするためでもあった。
「え、柚月がふらふらしていたとかそういうことじゃないの?」
「ううん、ちょっとポストを確認するために出たらふたりと会ったんだ」
「そっか、それならいいけどさ」
「夜は怖いから無理だよ、それにあれだけ発散させれば大丈夫だから」
たまに勢いでよく分からないことをする子だから不安だった。
一応僕のためにもう満足できた的なことを言ったりすることもあるため、そういうことにならないように願っていたわけだが心配はいらなかったようだ。
父も彼女のことが好きだからこちらは母の手伝いをする。
まあ、これなら先に作っておけよという話か。
作ったご飯を食べた後は彼女を送るために家を出た。
近くても寒いと辛いからこういうことはなるべくないようにしてほしい。
「すっきりできたから明日から他の男の子を探すよ」
「うん」
って、振られたばかりなのによくそんなことができるな。
惚れ症の子だからこそできることなのかもしれない。
振られたのであればそれなりにダメージを受けてしばらくの間は行動不能になりそうなものなのに、彼女は笑いつつ「いい子はいるかなー」なんて言っている。
先程の荒れようはなんだったんだろう……。
こうして見た分にはこれからそういう相手を探すために動こうとしている女の子にしか見えないんだけど……。
「
「なんで急に?」
「なんか言いたくなったんだ、いつでも言えるというわけではないからさ」
彼女が離れた場合だけの話だ。
僕はいつだってそう遠くないそんな場所にいる。
用があればいつでも来てくれればいいと言っておいた。
ちなみにそれには「なんで急に?」と返されてしまったものの、なんか言いたくなったんだと言ったら腕を叩かれてしまった。
そのまま家にも入ってしまったから仕方がなくひとりで帰ることにする。
この距離感のままでいられるとは微塵も考えていなかった。
「ただいま」
「おかえり」
「クロが戻りたがってるよ」
「大丈夫だ、クロは俺がいればどこでも文句を言うことなく付いてきてくれる」
猫語が分からないからこそ言えることだった。
本当はあっちに戻りたいかもしれないし、父と一緒にいたいのかもしれないし、なんなら別の家に行きたいと考えているかもしれない。
ま、悪く考えてばかりいても疲れるだけだから一緒にいたがっていると考えるのが一番いいか。
だって嫌なら無理やり掴まれているというわけでもないから移動するだろう。
「柚月ちゃんはまた振られたのか」
「うん」
「純じゃ駄目なのか? そんなに悪くないと思うが」
「駄目なんでしょ」
明るい子がいいと何度も言っていたからそれが恐らく足りていないんだ。
僕としては僕なんかよりもっといい人と付き合ってほしいからこれでよかった。
たまにでもいられればそれだけで満足できるというのはある。
数日に一度ぐらい話せれば頑張れるから。
「小さい頃から柚月ちゃんはそうだったよね」
「うん、だから違和感というのはないよ」
だけど最近は少しだけ焦っているように見える。
高校二年生の冬というところまできてしまっているからだろうか?
あの子は大学を志望するつもりでいるから勉強で忙しくなるというのも影響しているかもしれない。
気持ち良く大好きな異性と遊ぶためにもいま頑張るしかないのかもしれなかった。
「よう」
「おはよう、
「いやでも、出るのは辛いからな」
「ははは、じゃあ柚月が悪いというわけではないね」
周りから求められるのは必要なときに明るくいられる人間だ。
それに当てはまっているのが柚月みたいな子であり、全く当てはまっていない僕みたいな人間もいる。
上手くできなくて悔しいと感じたことはないし、なんだかんだで遊もいてくれるから僕的には全く問題なかった。
「純、放課後になったら買い物に付き合ってくれないか?」
「分かった」
「私が作ってやらないと弟や妹が腹を空かせてしまうからな」
彼女には弟も妹もいて少し羨ましくなるときがある。
でも、大変なことは見ていれば分かることだから羨ましいと感じておくぐらいが一番な気がした。
だって両親の帰宅時間がああいう時間だと僕が頑張らなければならなくなるわけだが、僕には優れた調理能力なんてものがないから。
それに同じような料理ばかりを選びそうだからその点でもよくないわけで、だから僕は静かにひとりでいるのがお似合いだと言えた。
「おはよー……」
「ん? なんでそんなに元気がないんだ?」
「ちょっとネットを見ていたらついつい夜ふかししちゃって……」
「早く寝た方がいいぞ、健康的じゃないといい男子はやって来てくれないぞ」
それはそう、分かりやすく元気さが下がるからちゃんと寝た方がいいと思う。
そんなことをするぐらいなら早く寝て早く起きた方がよっぽど健全だ。
朝早くに起きられるとなんかいい気分になれるからおすすめする。
そもそも暗いところが苦手な子はさっさと寝てしまった方がいいだろう。
「それもあるんだよね……、考えても考えても振られる理由が分からなくて……」
「相手の話をちゃんと聞いているか?」
「聞いてるよ、寧ろ聞き逃さないようにずっと見ているぐらいだよ」
「それが怖いんじゃないか? 『もっと俺を見ろ』とか言ってくる俺様系は現実にはあんまりいないだろうしな」
「俺様系の方が多い感じがするけどなー」
リードしてくれるという点ではいいかもしれないなんて想像してみた。
なんでも僕基準でしか言えないのはあれだが、僕みたいな優柔不断タイプよりはよっぽどマシだ。
「純君はなにがいい?」とか聞かれても〇〇は? と聞き返してしまいそうだ。
質問に質問で返してはいけないのに僕はそんなことを繰り返して振られそう――いや、僕の場合はそもそもそういう存在が現れないから大丈夫か。
自分のせいで被害に遭う人がいないというだけでゆっくり過ごすことができる。
「私はちょっとSHRまで休むね」
「おう」
柚月が移動したことで戻るかと思えばそうではなく、彼女は引き続き話しかけてきてくれた。
それこそ聞き逃したらもう来てくれなくなるかもしれないからしっかり意識を全部そちらにむけていた。
たまにでいいとはいってもそういう繰り返しで前提が崩れてしまうことなんて多々あるから気をつけなければならない。
「純じゃ駄目なのか?」
「何回も答えるけど駄目なんだよ、もし僕でいいならそれほど簡単なことはないからね。でも、そういう雰囲気になったこともないからさ」
これからもそれだけは絶対にない。
もしそういうことがなにかが間違って起きたとしたら謝ろう。
本当にそうなることだけは絶対にないから堂々と存在していればいいんだけどね。
そんなことになる確率より彼女が男の子と付き合い出す可能性の方が遥かに高いと言えた。
「誰かを好きになるということはそれだけ振られる可能性も増えるということだ、とてもじゃないけど私にはそんなこと耐えられないぞ」
「そうだね、だけどやっぱり恋することをやめられないんだよ」
こちらが制限できることでもなかった。
あの子はあの子らしく存在しているだけだし、それで物凄く迷惑をかけてしまっているというわけでもない。
ストーカー行為などをしていたら流石に止めるが、そんなこと絶対にしないでああいう形で発散しようとするから問題ない。
犯罪行為をしているというわけではないんだからこちらは見ていることだけしかできないというのが現実だった。
「純はどうなんだ?」
「関わってくれている異性が遊と柚月だけだよ、それだけで分かるでしょ?」
「そうか」
不安定になるぐらいならずっとこのままでいい。
不安定だとふたりが困っていても気づけないかもしれないから怖いんだ。
できることは少ないとはいえ、余裕があれば少しは違う結果になるかもしれない。
もちろんふたりが困るようなことにならないのが一番ではあるが、普通にしていても問題にぶち当たることはあるんだから仕方がない。
「遊もなにかで困ったら言ってね、愚痴を聞くぐらいならできるから」
「ああ」
「よし、じゃあ今日も頑張ろう」
放課後に気持ち良く付き合うためにも必要なことだった。
だからいまからしっかり意識を切り替えておいた。
「あとはトマトだな」
「あれ、トマト嫌いなんじゃなかったっけ?」
「いや、ふたりの前で好き嫌いなんてしていられないからな」
彼女は静かにカゴに入れつつ「好き嫌いするなと言っているのに自分が好き嫌いしていたら説得力がないだろ」とやたらと真面目な顔で言ってきた。
弟や妹のためとはいっても嫌いな食べ物を食べきるなんてことは不可能なので、やはり羨ましく感じているぐらいが丁度いいと思った。
それに苦労するのはやはり両親だからだ。
なんらかの形で支援できるのならともかくとして、そうできやしないんだからわがままは言わない方がいい。
「よし、帰ろう」
「持つよ」
「そうか? それなら頼む」
こういうときに普通に持たせてくれるところが好きだった。
男心が分かっているというか、僕のことをよく考えてくれている。
もしここで断られるようだったらいる意味なんかない。
だって調理を手伝うわけにもいかないからだ。
彼女の弟と妹は彼女の味というやつをよく知っているため、手伝うと食べてくれなかったりもするからだ。
「じゃ、これで」
「待ってくれ、上がっていってくれ」
「遊がそう言うなら」
実はふたりとも中学生で片方は部活動があるからすぐに作らなければならないというわけではない。
だから遊としてはその時間が少し寂しいのかもしれなかった。
僕としてもなにがあるというわけではないから全く問題はないわけで。
「ほら」
「ありがとう」
柚月と違ってうんと小さい頃から一緒にいるというわけではないが、ふたりきりになったからといって緊張したりするとかそういうことはない。
「悪いな、何回もこうして付き合ってもらって」
「そんなのいいよ」
「私は……」
時間はまだあるからいちいち聞いたりはしない。
貰った飲み物をちびちび飲んでいたら「意外と寂しがり屋なんだ」と言った。
そうか、それなら特別ができるまでは付き合わせてもらうことにしよう。
暇つぶしの相手にぐらいなら僕だってなれる。
なにより、僕が無理やり絡んだ結果ではないということがいいことだった。
「柚月はあの調子だし、高校でできた友達とは放課後遊ぶほどというわけでもない。だけどそれが純なら話は変わってくるからな」
「僕は暇だし、前々から遊とは一緒にいるからね」
「暇人扱いしているわけではない。私はただ、一緒に過ごしてきた純だからこそ一緒にいたいと思っているんだ」
「ありがたいよ、柚月はいつ消えるのか分からないからね」
「柚月か」
自由とはいえ、もう少しぐらい落ち着いてもいいんじゃないかと考えてしまうときがある。
いくら切り替えが上手くできるあの子とはいえ、無ダメージってことはあの荒れ具合を見るにないだろうから。
それにあくまで妄想ではあるが二年生の内にどうにかしたいと考えているのであれば、いまよりもっと上手くいかなくなる気がした。
親友としては上手くいってほしいとだけ考えていたいが、現実は頑張れば頑張るほど……。
「私はずっと純の近くにいてほしいと思う、純には必要な存在なんだ」
「それはそうだね、だけど縛ることなんてできないからさ」
それこそ惚れ症、恋愛脳のあの子的にも引っかかるような人間であったらこんな思考なんて一度もする必要はなかった。
だが、残念ながら現実はそうではないからそれがすぐにこないことを願っておくことしかできないんだ。
彼女にだって同じだ、いつひとりぼっちになってしまうかなんて分からない。
「それに最終的には純を選ぶと思うんだ」
「何回も――」
「それは勝手に純が考えているだけだ」
いやまあ、それは否定できることではなかった。
本人ではないし、現状だけを見て考えているだけだからもっともな指摘だ。
でも、昔から一緒にいるからこそそういう風に見られるという風には考えられないんだ。
単純に求めてもらえるような魅力が足りないから、そうとしか思えない。
また、惚れ症というところも怖かった。
仮になにかが間違って付き合えたとしてもいい男の子や男の人を見つけてそっちになんてこともあるかもしれない。
あれでいて一度も付き合えたことのない子なので、どれぐらい一途に愛せるかどうかも分かっていないんだからね。
これは親友を疑っていることと同じだから言葉にしたりはしないけど。
「まあ、もう少しぐらいは本当に落ち着いてもらいたいものだな」
「うん、夜ふかしとかしてしまっていたらもったいないから」
「焦っても結果が悪くなるばかりだと本人も分かっているだろうが……」
「分かりやすく暴走、なんてことがあったら止められるんだけど……」
そういうのもできるだけない方がいいに決まっているから難しい。
じゃあ言うなよという話だけどさ。
「まあいい、あれでいて私達より上手くやってしまう人間だからな」
「うん」
「そろそろ作り始めるよ」
「じゃあもう帰るよ」
「ああ、また明日な」
たまにはこちらもご飯を作ることにした。
作れないわけでもないのにやらないのは微妙だから仕方がない。
ああして頑張っている友達を見てしまって、やらなければならないという気持ちになってしまったんだからその通りに行動しておけばいいだろう。
「ただいまー――あれ、やってくれていたんだ?」
「今日は早かったね」
「うん、だけど今日は純ちゃんに任せようかな」
「任せてよ、母さんほどじゃないけど上手くやれるからさ」
そうかからない内に作り終えたから一緒に父を待った。
先に食べてしまっても全く問題はないが、そこまで遅い時間に帰宅するというわけでもないから課題とかをしておけばあっという間にその時間はくる。
んー、それでもこれならその帰宅時間に合わせた方がいいかもしれない。
個別に温めるのは手間だし、電気代とかだって多くかかってしまうだろうから。
だからまあ次からはそうしようと決めた。
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