マースピウムかくあれかし

庚乃アラヤ(コウノアラヤ)

第一の記憶、必要の奴隷

 贅沢が敵ならば、きっと子どもたちだって敵なのだ。

 そう考える大人たちが多かったのだろう。


 私が大人と呼ばれる年頃になった時には、既に「子どもは国が産み育てるもの」という思想が世間一般に定着していた。この国に住まう人々は子育てという面倒で金の掛かる大事業を、どこかに外注してしまいたいと切望していたという訳だ。


 しかし、それも悪いことばかりではない。私のような若輩でも、実の両親に育てられたというだけで箔が付く。今の職が得られたのも、まさに件のイデオロギーのお陰だった。


 “マースピウム”――育児嚢の名を冠する我らが組織は、子どもの「材料」調達から製造、加工、出荷までを一手に引き受ける政府機関だ。遺伝情報の徴収と編纂、ロット単位での集団教育などやることは沢山あるが、私が管理しているのはその中でも川中にあたる部分。つまりは、子どもを加工するセクションだ。


 教師役や親代わりと言えば聞こえは良いが、やっていることは洗脳に近い。少なくとも、健察官として実務にあたってきた私自身はそう感じている。上層部に知れたら、それこそ懲戒ものなので間違っても口にしないが、本音のところはそうだ。


 我々は子どもたちに教養を求めない。人間性を求めない。

 ただ、望まれた役割を果たすに足る性能のみを求める。


 国が子を育てる意味をとことんまで還元していけば、残るのは「国力」の二文字だけだ。道徳心も宗教観も、彼ら“プレポル”には必要ない。彼らは一生を単身で過ごし、働けなくなると独りでに死んでいく。彼らが子を成すことも、家庭を築くこともない。


 なぜなら、我々がそのように規格したからだ。

 かくあれかしと、大人たちが願ったからだ。


     ◇     ◇     ◇


 何もかもうまく運んでいる。その確信が揺らぎ始めたのは、あの女が来てからだ。アリス・シアラーが私の担当区に配置されてから、プレポルたちは徐々に変質していった。


「シアラー健察官、なぜ呼び出されたか分かるかな?」


 質問を耳にして、彼女はようやく私が部屋に這入ってきたことに気が付いたようだった。両手をカフスで拘束され、パイプ椅子に縛り付けられている割りには、あまりにも気が抜けている。その様子が私の中の疑念をよりいっそう強固にした。


 この女だ、この女が私の子どもたちを歪めてしまったのだ。

 そうに違いない。


「圧迫面接の常套句みたいですね」


 えらく古典的ですが、と付け足すアリスの表情は相変わらず不貞不貞しい。私はほぼ反射的に聞き返していた。


「――なに?」

「ご存知ありませんか? 鎌を掛けるにはうってつけの文言ですよ。知らずに使われたのなら、それは才能ですよ。担当区長殿」

「戯れ言はそこまでにしてもらおうか」


 この女と話していると眩暈がする。

 さっさと会話の主導権を取り戻さなければ。


「単刀直入に言うが、君の担当したプレポルたちに異常行動が見られている。しかも、この数週間で四件もだ。何を吹き込んだのか白状しなければ、君も彼ら同様、懲罰房に滞在・・してもらうことになる」

「わたしはごく普通に職務を遂行しているだけですよ」

「そうは思えないな」


 言いながら私は、腕元のウェアラブル端末を操作する。


「これが普通・・と言えるかな?」


 端末から投影された映像には、アリスと一人の少女が映し出されている。アリスの身体の陰に入っていて少女の顔はよく見えないが、上腕部に刻印されたマトリクスコードが彼女がプレポルであることを教えてくれる。思った通り、登録番号は四〇一九一一。製造水準を逸脱しつつある個体――つまりは落ちこぼれだ。彼女はアリスに縋りついてベソをかいている。


 これを見せられてなお、当のアリスに動じる様子はなかった。驚くべきことに。


「普通、でしょう?」

「私はそうは思えない」

「こんなのは、単なるスキンシップじゃないですか。自然なことです。区長だってご両親とハグの経験くらいおありでしょう? なにせ、区外からいらっしゃった訳ですから」


 そう言われて、私は戸惑ってしまった。

 だって、私にはそんな記憶が無いから。それが自然かどうかも分からない。分かっているのは、プレポルにハグは必要ないということだけ。だが、それで十分なのだ。


 親が子どもを無条件に愛する、というのは幻想だ。

 子どもが当然に親を愛する、というのは刷り込みだ。


 だって私は愛されなかったし、愛してなどいなかった。親を想うだけで、はらわたが煮えくり返る。眩暈はいつの間にか、頭痛へと変じていた。


 じいいん、と熱を持った何かが脳内を巡り始める。


 ――そうだ。言いつけを破ると、父さんはいつも私を折檻した。濛々たる吹雪の中へ裸足のまま放り出されて、一晩中泣き続けたこともある。あの時は声が嗄れるまで泣き叫んで、朝を迎える頃には手足に赤黒い水疱が浮き始めていた。私はあれ以来、二度と粗相をしなくなったが、引き換えに足の小指を一本失った。


 あの仕打ちに比べれば、プレポルたちへの教育など軽いものだ。いっそ甘いと言って良い。ちょっと殴るくらいなら、それは必要最低限のしつけだ。


「ハグなんて二十一世紀中盤には廃れたよ。それに、私たちは親じゃない。立場を弁えるべきだ。この区での私たちの任務は――」

「彼らを戦闘マシンに仕立て上げること」

「そうだ、マシンだ。マシンに愛着など必要ない」

「そうでしょうか。彼らだって訓練用の小銃に名前を付けたり、テディベア代わりに抱いたりしていますが」


 もう我慢ならない。私は懲罰用のコマンドを端末に入力した。

 途端。両腕のカフスに電流が流れて、アリスが悲鳴を上げる。私は十秒数えてからコマンドを解除した。


「どうかな、アリス。これで少しは聞き分けてくれるかな?」

「……負の世代間連鎖、ですね」

「仕置きが足らなかったのかな。それとも、刺激が強すぎたのかな」


「あなたのように暴力で他人を支配しようとする人は、子どもを同類に育てがちです。きっと、その下の代も同じようになるでしょう。まったく、よく考えられたカリキュラムです。彼らの育て親として、貴方ほど適切な破綻者はいない」

「シアラー!」


 私が平手を振るおうとすると、さすがに周りの職員たちが止めに入った。直接的な暴力行為は禁止。そんな規則は分かっている。そう定めたのは他ならぬ私自身だ。私はこの区における全権を任されている。私が間違うことは無い。私は、父さんとは違う。


「この女を独房に入れておけ。明日、再聴取ののち区外に移送する。それで仕舞いだ」


 私は噴き上がらんとする怒気を抑え、やっとの思いで命令した。

 警備部員に連れられていくアリスの表情は覗えなかったが、それが私を不安にさせた。

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