酔っ払い女と世話焼き女

百合の友

第1話

終電一歩手前の電車には、酔っ払って声量がバグった大学生や、酒臭いオジサンの息、死んだ目で呪詛を吐くOLが詰め込まれており、インスタントな終末を感じる。呪詛を吐いてるOLは私のことなんだけど。

水曜日に急ぎと言われた案件を残業に次ぐ残業でなんとか金曜20時に提出したら、連絡不足で実はもういらなくなっていた。よくある話だ。押しのけた業務が積み重なり、20時から更に3時間以上残業をするハメになった。これもよくある話。なんとか飛び乗った電車には酔っ払いで溢れており、酒臭さで死にそうなのもよくある話なのだろう。幸いにも空いた席に座れたのがせめてもの救いだ。

イヤホンを付けてテキトーな音楽を流そうと思ったが、あまりにも疲れすぎていてそれもできない。ノイズキャンセリングがオンになった電子音だけが耳に入る。揺れる電車の中には大量の広告が貼られており、それら全てを要約すると「脱毛して英会話をやって転職して新書を読みマンションを買うと幸せになれるよ!」と言っているようだ。うるせえ!!日々精一杯生きてるだけで疲労困憊な私には永遠に無縁の世界なんだよ!!

耳をイヤホンで塞いだとて、目からもうるさい情報が入ってくる。ついでに鼻からも車内に満ちたキツい臭いが……ん?キツい臭い?

ふと気が付いたら、自分の周囲から人がヤケに減っていた。いや、正確には私の隣に座る人からみんな離れようと距離を取っているのだ。理由は単純明快で、私の隣に座る女性の足元には、静かに吐き出された吐しゃ物の海ができあがっていた。

マジかよきっつー、逃げ遅れたわ……そう思いながら自分も席を立とうとすると、汚物の供給元と思しき女性と目が合った。青白く、目に涙を浮かべている。思考を逡巡させていると、次の駅がもうすぐとアナウンスが聞こえてきた。最寄り駅でもなんでもないけれど、ちょうどいい。

「大丈夫ですか?」

「は……い……すみません、すみません」

状況と酔いで軽いパニックに陥っているのだろう。

「次で降りるよ」

返事をする余裕も無いようだったけど、このまま乗り続けるのも酷というものだ。

ドアが開いたが、思ってたほど人が下りる訳でもなかった。女性がしっかり自分の荷物を持っているのを確認して、降りたことの無い駅に降りる。電車はすぐに発車して、ホームには二人の女が取り残された。さて、これからどうしよう。

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