第4話 幼い頃に結ばれた婚約 ②
恙なく顔合わせを済ませ、皇妃とフィーリアの母が、
「あとは貴方達二人で仲良くね」と仲良く去っていってしまった。
その為、距離を取った使用人達が見守る中、用意された美しいティーセットを前に、おままごとをこの子としようとふと決意してしまったのだ。
何故おままごと……?
今でも理由は分からない。
あえて理由を付けるとするなら、おままごとの内容から美しい男の子とすぐにでも親密になりたかったのだろう。
五歳のフィーリアのおままごとの相手はいつだって人形が相手だった。
生きてる人間とはしたこと等なかったのだから、それくらいしか理由が思い浮かばないのである。
「ねぇ、あなた、おうじさまだけど、おなまえは? だいいちおうじでんかっておかあさまがいってたけど、おなまえじゃないよね?」
「…………」
「フィーもね、たいこうれいじょうっていわれてるけど、おなまえじゃないの」
「…………」
「あ、フィーって呼んじゃいけないんだった……あなた、ないしょよ。わたしがフィーってじぶんのこといったこと、おかあさまにはひみつね」
「……はぁ」
零された小さな吐息。それに何故か勇気をもらったフィーリア。
勢いづいたまま……
「おままごとしない? とってもおもしろいのよ」
と、やらかしてしまう。
「…………」
「おままごとにひつような役があってね、それは、おかあさまと、おとうさまと、こどもと……。いまはふたりしかいないから、おとうさま役があなたで、おかあさまがわたし!」
「…………はぁ」
皇子がまた溜息を吐く。
「ねぇ、さっきから何もはなさないけど、あなたおなまえは? なまえがわからないと、おままごとできないじゃない、だいいちおうじでんかはなまえじゃないのよ?」
フィーリアは紹介された綺麗過ぎる初めてのお友達を知りたくてたまらなかった。
「………身分というのを知っているか?」
やっと答えてくれた! と思ったら、低い声で早口で。よく分からない言葉を言われる。
「みぶん……? みぶん……」
フィーリアの知らない単語。頭の中を探すもよく分からない。
「身分が上の者には下の者から話しかけてはダメだ。上の者から話しかけて初めて下の者から名を口にし、上の者が名を口にしたければ口にする。名を呼ぶ事を許すという事だ。名のらない場合は名を呼ぶ事を許されていないという事だ。」
おそらく、名をお前に名乗らないのは許していないと言いたいのだろうが、フィーリアにはいまいち伝わっていない。
フィーリアは顔を顰める。
「…めんどうなのね、みぶんって」
「皇国ではそれがルールだ。ルールを逸脱する者には逸脱した未来しか用意されない。お前はどちらだろうな、逸脱する未来か、しない未来か」
「るーる…いつだつ…あなたむずかしい言葉をいっぱいしってるのね?」
「…お前は本当に大公令嬢か? 無知にも程があるだろう。そうか、まだ五歳だったな、だがな、そろそろ将来が不安になるような頭だと自覚を持った方がいい。流石に皇妃となる者なのだから、これからはしっかりと教育はするだろうが。
それにしたって、こんなのが俺の将来のパートナー……」
男の子の声は憂鬱さに満ちて、フィーリアに対する気持ちが良いものではない事が声の抑揚でフィーリアにも何となく伝わってしまう。
「………かえる」
難しい言葉をたくさんぶつけられ、混乱していたフィーリアにも最後の言葉は「馬鹿にされている」と分かったらしい。
大きな瞳にめいっぱい涙を浮かべると、ちんまりとした姿で座っていた椅子からちょんと降り立った。
そこで慌てたのがシリウス。
「ま、待て! こんなに早くお茶会が終わった事を母上に知られたら叱られる!」
先程までとても偉そうだった癖に母親に叱られるのは怖いらしい。
「ふん、そんなことしらない、わたくしはかえります。」
瞳いっぱいに盛り上がった涙は、薄桃色に染まる滑らな頬を幾筋も滴り落ちて濡らしている。
流れ落ちる涙をそのままに、ただ立ち尽くす。
あんなに高揚していた気持ちが嘘のように萎んで、鼻の奥がツンと痛い。
それに、なぜか胸だって痛い。
それは、この絵本の中の王子様のような男の子に投げつけられた言葉のせい。
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