第三十六話 聖画像(イコン)の拠点

エルンは割座から足を立てなおすと、いぶかしげな表情でラーロイキを見返す。


暗かった部屋が段々と明るくなっていき、そこが石レンガで作られた空間であることが分かる。壁に等間隔で掛けられた明かりは炎を使っている様子がなく、黄色い光であたりを照らす。天井までが2メートルほどしかない空間のせいか、それとも今いるのが細い通路のような作りだからか、閉鎖的な雰囲気は今しがた聞こえた『イコン』という言葉とともにエルンに圧迫感を与えた。

それと同時に、エルンの中にふつふつとある感情が沸き立つ。レーシンを襲った集団の首領らしき人物がその名を名乗っていたと、アーデンから聞いているのだ。


「確認したいのですが、あなたのおっしゃっているイコンというのは、レーシンの住民を皆殺しにした方々ではありませんよね?」


Iconイコン』とは聖画像。すなわち教会に飾られるような聖人や神、天使たちなどの崇拝対象や聖典の一幕を描いた板絵のことだ。間違っても教会の加護を受けた町を襲うような蛮族が名乗っていい名前ではない。だからエルンは確認をしたのだ。

目の前の男が、そんな不届き者の一端でないことを。


「いや、我々がその作戦を実行した組織で相違ない。そして、続いてティージで電撃作戦を実施し、ティージの地表にいる異端の回収を行ったのも我々らイコンだ」



****



アランの邸宅の一階で、冷や汗をかいている男が一人。残りは家主の少年と、玄関のドアの前で男が逃げ出さないように門番をしているフード姿の少女が一人。


ソーンは静かに、しかし居心地の悪そうな顔で食卓についている。一方で菓子とテーブルをはさんで向かい側に座っているアランは大層機嫌がよいらしく、ソーンの表情を知ってか知らずか楽しそうに今日あったことをソーンに話していた。


「異端の人間から採取した甲状腺をただの人間に移植したら、肉体と因子の同調率が上がったんだよ!従来では、因子を持ってる人間は、普通の人間にはない特殊な器官をもっていて、それが能力の使用に影響を与えてるとか、脳の作りが違って、普通の人にはない脳機能が発達してるって思われてたんだけど違ったんだ!」


アランはそのまま、移植した臓器を刻み過ぎて検体が死んでしまったやら、脳を部分的に移植するのはなど、新しく入ってきたメンバーが血しぶきを上げた検体に驚いて気絶したなどグロテスクな話題を笑顔で続ける。


すると話に飽きてか、どんどん顔色の割くなっていくソーンを見かねてかフードの少女は大きめの声でアランの名を呼んだ。


「なに?エクス」

「早く本題に入ってください。追い詰めすぎて自殺でもされたら、今後の計画に修正が必要になりますよ」


”自殺”という言葉にアランはソーンの顔を覗き見る。


「流石に自殺はないと思うけど。最初に僕の顔を見たときより明らかに顔色は悪いね」

「…お茶を淹れてきます。先に話を進めていてください」

「三人分でよろしく~♪」



キッチンへと向かっていくエクスにアランはニコニコと手を振る。そして、アラン向き直った際にソーンと目が合うと、ニコニコと口角を上げて笑顔を作った。

しかし、表情を作っているこいうよりは無垢な笑顔と言った方が表現が近い。


「さて、突然こんな状態になって混乱しているだろうから状況を整理してもらうために質問を受け入れよう。さあお兄さん、何が聞きたい?」


突然に質問を求められソーンの視線は無地のテーブルクロスを泳ぐ。聞かなければならないことはたくさんあるが、どれから聞くかは考えねばならなかった。


「…ではまずここはどこです?ティージではないようですが」


「うん。ここは西部都市ピスチルだよ」


「では次に、あなたはなぜ私をここに連れてきたのですか?」


「それは勿論。ティージに囚われてる異端の民を救出するためでしょ?

イコンは異端と悪魔が住みやすくするためのに活動する組織なんだから、剣闘士としていつ殺されるかわからない異端の民を救うのは当然じゃない?」



少年が大義を語ってる。思ったより何倍も正義感のある回答にソーンは面を食らって目を丸くする。しかし、それだけで好感を持つほどこの男は甘くなかった。



「…たすけてくれたのには感謝しますが、それはティージの町を襲った。ということですか?」

「うん。割と派手にね」


アランの即答にまたもやソーンは難色を示す。

アランのいう派手というのがどの程度の規模なのか分からないが、言い方から連れ帰ってきたのはソーン一人ではない。そもそもソーンは闘技場のなかに囚われていたはずでそれを回収するのはそれなりに手間のはずだ。(実際にはエルンとアーデンによって救出されているので、アランがソーンを回収したのはネペンテス商会だが)

しかし、それをするだけの価値を自分に見出しているとも思えず、ソーンにはイコンのティージ襲撃にそれ以上の意味があるように思えてならなかった。



「…レーシンのように、都市の機能そのものを破壊するつもりではなかったのですか?」



そんな疑惑を込めたソーンの問いかけに、アランは思わず吹き出し大声で笑い始める。


「はははは!お兄さんの認識の中のイコン。いくらなんでも過激すぎるでしょw

あの戦力だけでティージを落とすのは無理だし、それに、必要なデータはレーシンでほとんど取れてるから、ティージを落とす必要なんて今は全然ないよ」


アランの言葉は自身の属する団体へのフォローにフォローを入れる一言だが、いくつも不穏なワードが現れていて全く穏やかではない。

そしてソーンは、その中で最も注意すべき内容を選び取る。



「必要なデータと言っていましたが、あの惨劇がまさか何かに実験だったとでも?」

「うん。そーだよ?」



****



「我々の収集したかったデータとは、一つ目に巫女の状態と加護の状態の連動の確認、二つ目に加護のなくなった場所がどのようになるのかの観察。人口に応じてどれほどの魔物が生成されるのかもな。そして、三つ目に巫女を媒体とした悪魔を生まれ得るのかということの実験だ」



あの日教会にいたリリアの姿をした少女。まがい物の姿がエルンの脳裏に浮かぶ。あれはやはりリリアを媒体にして生まれた悪魔だったのだ。

正体を明かした後の残酷な笑い声と容赦なくエルンに攻撃を仕掛ける残忍さは本物のリリアとは似ても似つかない。

しかし、外身の再現は本物と見まごう精度で、リリアと親しいはずのエルンでさえ、教会が死屍累々の地獄へと変貌していなければリリアがリリアでないとわからなかったかもしれない。


「巫女の悪魔は回収し損ねたらしいが、当初の目的はおおよそ達成したらしいな、送られてきたデータも研究室の中では得られない貴重なものだった」


ラーロイキは立ったまま机に置いてあった一枚の紙をつまみ上がる。おそらくレーシンの実験の成果が記されているのだろうが、今のエルンにはどうだってよいことだった。


「そんなことのために!町のみんなは死んだって言うのですが!」


エルンは涙に潤む顔でラーロイキを睨む。歯を食いしばり、拳を固める様子は今にも殴りかかりそうな雰囲気だ。


「そんなに怒ることかねお嬢さん。確かに殺人は悪いことだ。だが、これは悪党が善良な市民を私欲のために殺害しましたって単純な話じゃないんだ。」



****



「もともと、聖都の周りの四大都市っていうのは中があんまりよくないのさ。けど最近はこれが二分化してきてる。なんでかわかる?」


「北部と東部の領主が教皇寄りの思想で、西部と南部が聖女よりだからでしょう?

聖都の権力争いが単に地方に伝播しているだけでは?」


アランの問いにソーンが完結に答える。しかし、アランは「ぶっぶー!」といって両腕を体の前で交差しバッテンを作る。


「正解は、西でした!

異端が増えてるのは別になんてことないけど、問題なのは背信者の方でね。代々騎士や巫女を輩出してきた家系にここ30年で急に背信者の子供の数が増えてきたんだ。


勿論これはお兄さんのいった勢力図にも影響しててね。身内に背信者が増えてるなら、それに寛容な方につくのは当然だろう?」



テーブルには三つのコップが並んでいる。二つは同じ大きさだが、エクスの前に置いてあるコップだけ明らかに大きい。ソーンは自分の目の前に置かれているそれを口に添える。温かい紅茶に程よくミルクと砂糖が混ぜられており、ソーンは自然と心が落ち着き、思考がクリアになっていくのを感じていた。


「それでは、あなた方は味方側の都市に攻め入ったということですか?

ふつうなら北部か東部にいくべきなのでは?」


「それは、一つはパトロンの指示らしい。因子の移植研究に興味を持った金持ちがいてね。素性をはよく知らないんだけどとにかく羽振りがいいからなるべく要求は通すようにしてる。

あともう一つは、、、、あいつらが一番許せないからかな」


「??」


終始笑顔だったアランの顔から殺意のこもった視線が零れる。殺意の理由と言葉の意味がよく分からず、疑問符を浮かべるソーンを見ると、アランは再び笑顔に戻る。


「まあ、僕らのことは段々とわかってもらえればそれでいいから。

エクス、支度の用意をしてくれる?兄いさんをノーヴに連れていきたい」


「…承知しました。」


椅子をたって準備を進める二人。


「連れて行ってどうするつもりです?」

「見せたいものがあるんだ」


困惑を浮かべるソーンに、アランは黒色のシルクハットをかぶりながらそういった。









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