第21話 お前のゆくところ、ことごとく

 のぼせる寸前まで温泉を堪能して、宿で美味しいご飯食べた。

 海の幸、山の幸、魔界に来てからこんな贅沢な料理初めて。

 パパドも久しぶりかも。

 森の中の小動物と、おれのお土産くらいしか食べてないと思う。

 せっかくここまで来て葡萄酒を飲むのはつまらないって、ビン入りの麦酒をいろいろ飲んだ。

 クラフトビールだな。銘柄によって味も香りも全然違う。

 すごく美味しい。

 実体で飲んだり食べたりするパパド、初めて見た。

 ものすごく品がいい。優雅。

 いいとこの出なんだなって、つくづく思う。

「ね」

「ん? なんだサエキ」

「パパドはどうして森にいるの?」

「陛下直々のご下命と申したではないか」

「帝国屈指の賢者なら、帝都で官僚やってた方が自然だよ」

 パパドは麦酒のグラスを持って、ほんの少し苦笑した。

 あ、それすごく新鮮。

 フクロウの時は繊細な表情なんかないもん。

「我は官僚には向かぬのだ——いや、他に向いていると言うべきであろうな」

「森と畑の守護?」

「思索」

 そう言って、麦酒を流し込む。

「我がもし官僚であったなら、捕虜交換の思いつきはなかったであろうよ」

 そうだ、確かにそんなに簡単に思いつくアイディアじゃない。

 この世界には、捕虜とか人質とかって概念そのものがなかったんだから。

 考えることで、パパドは国に貢献してるのか。

 引きこもるのは思索に集中するため?

「他にはどんなこと考えたの?」

「通貨。これにより取引が簡素化された」

 ——すごいわ。これ、本物の天才。

 概念すら存在しないところからシステムを構築して、実現する。

 尋常な才能じゃない。官僚なんかにしちゃだめだ。

「陛下からは本来、帝都にあって側に仕えよとの思し召しがあった。しかし我は、我の適性は思索にこそあると気づいていたのだ。帝都勤めでは十分な思索などかなわぬ。よって無礼も顧みず帝都からの出立を願い出、新たなご下命にてあの森に入った」

「——うん、パパドは森にいるのが合うと思う」

「お前はどうだ、サモサの元で葡萄酒造りを覚えるか?」

「そうだね……それが一番妥当な選択って感じ。これからは葡萄の木の世話とか覚えて、ずっとやっていけたらいいなって思ってる」

「長期戦だな、人間にとっては」

「サマエルには最低三百年かかるって言われた。正直、気が遠くなる」

「確かに三百年で叶えば御の字だぞ。可哀想だがもっとかかるであろうよ」

 やっぱりね……。

「葡萄酒造りで三百年かあ……」

「それが嫌なら司令官とまみえるか?」

「試みに問わせて頂きますが」

「申せ」

「どれくらいお強いのでしょうか?」

「もう数千年と大きな戦いは起きておらぬのだが」

 と言って、麦酒をグラスに注ぐ。

「元帥閣下はおひとりで天使の師団を殲滅なさる。ものの数分だ」

「葡萄酒造るわ、おれ」

 数分で師団? そんな人と戦えるわけないじゃん!

 三百年でも五百年でも葡萄酒造るわ。

 そうだ、サモサじいさんに弟子入りして、葡萄酒造りを極めるんだ。

 そして人間界に戻ったらワイナリー作る。

 人生設計バッチリ決まったね。

 ワイン醸造家。完璧。

 ロマネコンティ抜けそうだな。

 ……資金があれば。

「サモサに弟子入りするか?」

「そうだね、じいさんが許可くれたら」

「ついでに、正式に民兵にならぬか?」

「今でも十分民兵呼ばわりされてるよ」

「だから、正式にだ。民兵呼ばわりされておるのだから、民兵になってしまえばよい」

 おれが黙り込んだから、パパドに突っ込まれた。

「戦う覚悟を決めたと申したではないか。形で示せ」

 精神的なハードルが高い……。

 どう答えたらいいか考えあぐねてたら、一瞬、宿が揺れた。

 ——めちゃくちゃ嫌な予感しかしない……。

 立ち上がって窓を開けたパパドが声を張った。

「敵襲だサエキ! ゆくぞ!!」

 羽根すら伸ばさせてくれないんですか。

「本当にお前のゆくところ、ことごとく面倒が起きるのだな」

 パパドに思いっきり呆れられながら、おれも窓から飛び立った。

 敵の数、今までおれが遭遇してきた中で一番多いかも。

 民兵なんだろう、何人も出てきて迎撃態勢。

 もう軍には連絡が行ってるはずだから、本隊到着までなんとかしのげばいい。

 パパドが左手を高くかざすと、金の弓が現れた。

 つがえるのは銀の矢。

 まだずいぶん距離がある的に放つと、一羽墜ちたっぽかった。

 ……ほんとに?

 戦闘力、すごい。

 万能じゃないかパパド。

 最高位堕天使同士の息子の真価を見た。

 次々に弓を射ながらパパドが指示を出した。

「我がなるべく数を減らす。残りが戦域に入ったらお前が討て」

 出てきた民兵たちが集まってきた。

「どちらの民兵か知らないけど、手助けありがとう!」

「そなたらも奴らが攻撃半径に入ったら戦うのだ! そなたらに武運あれ!」

 一瞬、体が金色に光った気がした。

 すぐ消えたからわからないけど……たぶん。

「守護の魔術をかけた、臆するな、町を守るのだ!」

 すごい、射た矢が確実に敵に当たってる。

 的中率百パーセント。チートだよこの人。

 って言ってる間に迫ってきたぞ、天使の群れ。

 三百羽くらいだったのかな、パパドに墜とされて数減ったけど。

 民兵は剣が三人、槍がふたり。

「剣と槍でひと組になろう!」

「きみ、素手じゃないか!」

「あるよ」

 握った右手にダミニの槍。指にリング、手首にブレスレット、首にペンダント。

 おれのフル装備。

「やったー、戦争だー! 今日は暴れるぞー♥︎」

 いつも暴れてるだろ。

 でも、今回ばかりはゴキゲンなダミニを止める気はない。

 手加減なんかするもんか、みんなの憩いの場所を攻撃しようなんて。

 そうだ、おれだって和みに来たんだ、ここに!

 戦うためじゃなくて!

 よくもパパドとおれの休暇を台無しにしやがったなー!!

 近くにいた剣士と組になった。

「魔法の槍か!」

「少しだけ距離とって、近づきすぎないように。雷光走るから巻き添えにならないように」

「木の槍の英雄!」

「……そう呼ばれることもある」

 敵が迫ってきた。始まる。

 グループ戦って、初めてだ。

「ダミニ、暴れてもいいけど仲間に雷落としちゃだめだぞ?」

「注意はするけど保証はできないなー」

「保証して」

「はぁい……」

 一発目、ファイアストームで先頭集団を焼き払った。

 少しグループが乱れたところに、一気に飛び込んだ。

 槍で薙ぐとダミニが舞い、その雷撃に打たれて数羽墜ちる。

 槍の攻撃範囲より内側に入った敵は剣士が墜とす。

「軍が着くまで踏みとどまれ!」

 みんな、少しずつ敵を削ぎ落としていく。

 おれが言ったとおりに連携取れてる。みんなすごく訓練されてる。

 ものすごくやりやすい。

 百くらいは墜としたかな、

 そろそろ本隊が着くかな、なんて、一瞬気を抜いた。

 五羽くらいの天使が組んで、ものすごい速度でおれたちの脇をすり抜けた。

 後ろに下がって弓を引いてたパパドが狙いだ!

 穂先で雷光が散った。

「だめだダミニ! パパドがいる!」

 危なかった、同士討ちになるところだった。

「行くぞ英雄! 同胞を見殺しにできない!」

 すごい速さで剣士が向かってく。おれもすぐにパパドのところに向かった。

 失敗した、編成を誤った。どこかの組にパパドを入れなきゃならなかったんだ。

 接近戦ができないパパドをひとりにしたおれが悪い……!

 夢中で敵を薙ぎ墜としたけど……パパドはもう刺されてた。

 落ちかけてた腕をつかんで、なんとか地面への激突は避けたけど、呼びかけても返事がない。

 ものすごく血が流れて怖くなった。

 パパド、パパド、返事してくれ!

 金色の目を開けてくれ、頼むから!

 おれはパパドを呼び続けて、本隊の到着にも気がつかなかった。

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