第9話 子供だけでも

 寝過ごした。思いっきり寝過ごした。

 宿の店主に追加料金を払おうとしたけど、受け取ってくれなかった。

 逆に食事をご馳走になった。申し訳ない。

 槍を抱えて帝都を出た。

 少し行くともう農場。畑や小屋が点在してて、街の喧騒なんか嘘みたいにのどかだ。

 牛みたいなのが草食ってたり、人間界でもよく見る風景。

 出たのが遅かったから、今日はあまり進めないな。

 適当なところがあれば、野宿でもいいかな。

 導きの石があるから迷わないけど、無理やり夜飛ばなくてもいいや。

 そんな感じでダラダラ飛んでたら、なにか、後ろの方から音が『迫ってくる』のに気づいた。

 ホバリングして振り返ると、黒っぽい雲のようなものが。

 ——いや、違う、あれは雲じゃない、軍隊だ!

 まさか追われてる!?

 すっごい焦ったけど、二千人以上いそうな大軍勢はおれの頭上を北に向かって飛び去っていった。

 襲撃?

 嫌だな、それおれの進行方向。戦争になんか巻き込まれたくない。

 今日は進むのをやめにして、地上に降りた。

 家があったから、庭先で野宿させてほしいと頼んだら、中に入れてくれた。

「さっき、北の方に軍隊が飛んでったけど」

 言うと、中年くらいのご主人がため息をついた。

「敵だな。こんなとこにまで来るとは、ふざけた連中だ」

「このあたり、帝都に近いから陛下のお膝元ですよね?」

「その通りだ、まったく身の程知らずもはなはだしい。中央軍の強さを思い知るがいい」

 この家には子供がいるから、なにもなきゃいいけど。

 実年齢は不明だけど、見た目三〜四才の男の子っぽい外見の子が、おれの服をぎゅっと握った。

「おじちゃん」

「お兄さんな」

「おにいさん」

「ん、なに?」

「あれみせて」

 壁に立てかけてた槍。

 子供がこんな物騒な物に興味持つなよ……。

 やっぱりアレかな、血が騒ぐのかな。

 おれは農夫の方がいいなあ。戦争反対。

 とはいっても、攻めてくるのは先様だ。こっちは専守防衛自衛隊。

「子供にはこういうの触らせたくないなあ」

「あんたがよければ、かまわんよ、鞘までは抜かないだろ」

「当たり前じゃないですか」

 しょうがない、相手は子供だ。お願い叶えてあげます。

 ごめんダミニ、ちょっと床に置くね。

 子供、目をキラキラさせて見てる。

「さわってもいい?」

「だめ」

「もちたい」

「無理」

「もちたい」

 しょうがない、床に座らせて担がせてみたら、槍を抱えたまま仰向けに転んだ。

 すぐに槍をどかして抱き起こした。

「ほらな、重かったろ?」

「おもかった。でもかっこいい」

「うん、かっこいいだろ」

「ほしい」

「無理」

 そこへ奥さんが来て、ご主人に言った。

「あんた、始まったよ、逃げた方がいいかい?」

「どのへんだ?」

「隣村のはずれだよ。こっちに来るかもしれない」

「様子を見てくる」

 行っちゃったよ、ご主人。

 もし攻め込まれたら、やっぱりおれが戦うんでしょうか。

 いくら臆病者でも、子供はちょっと見捨てられない。

 ダルーばあさんが怪我した時、声も出ないほど痛がってた。そんな痛い思いを子供にさせられないし、殺されたら最悪だ。

 一応、練習して、この槍の扱いには多少慣れた。

 問題は、ここが帝都に近い村だってことだ。

 ヘナチョコな軍なんか派兵しないだろ。

 パパド村に来た連中とは格が違うかもしれない。

 だとしたら太刀打ちできないかも。

 嫌だなあ、やっと登録がすんで不法滞在者の身分から解放されたのに、もし討ち死にしたら目も当てられない。

 殺されるために十八日間も飛んで来たわけじゃない。

 給料前借りしたまんま死ぬなんて不義理もしたくない。

 なんて、いろいろ考えてるうちに、嫌な雰囲気になってきた。

 窓から外を見てると、火の手が近づいて来てるような……。

「逃げた方がいいかもしれない、こっちに延焼してきてる」

 いちいち火をかける連中なんだな。

 おばあちゃんが、よく「火事より泥棒の方がまし」って言ってたっけ。

 泥棒は金目の物しか持っていかないけど、火事は根こそぎだからって。

 でも、逃げるたってどこに行けばいいんだろ?

「逃げる場所あるの?」

「この先に洞穴があって、襲われたらみんなでそこに隠れる手はずなんだよ」

 それって万一ばれたら蒸し焼きじゃん。やばいんじゃないの?

 でもそこにしか行き場がないなら、そうするしかないわけで。

 奥さんと子供を先に行かせて、おれはふたりの背後を警戒しながら遠くの火を見てた。

 闇に浮くオレンジ色の空。こっちに来たら村が丸呑みされそう。

 ご主人、遅いな……まさか巻き込まれてないよな。

 洞窟の近くまで行くと、近隣の村民が次々に洞穴に入っていくのが見えた。

「ふたりも早く行って」

「あんたは?」

「なにかあったら誰かがなんとかしなきゃでしょ!」

 なんとかできるなんて思ってない。本当は怖い、パパド村の戦火とは比べられない。

 帝都の目の前で火の手を上げるような連中なんだ……。

 でも、服を握られた時の感覚が残ってる。

 全員なんて守れないと思う。

 それでも、せめて子供だけでも、どうしても助けたい。

 相手はすぐにやって来た。迷いもせずにまっすぐに飛んでくる。二羽。

 ここが避難所だって、ばれてる……!

 槍をひと振り、ダミニが舞って鞘が消え、刃が剥き出しになった。

「やっと戦える! 嬉しいっ!」

 どこまであてになるかわからないけど、頼むぞダミニ!

 間合いまで引きつけて槍を薙いだ。

 刃のそばでダミニが両腕を天使に向けると、刃先から電光が散って天使の翼に火が移った。

 片方は火に包まれて墜ちた。

 残りの奴が剣を振りかざして突っ込んで来た。

「ご主人様、そのまま行っちゃって!」

 ダミニの声に押されて、こっちから一気に飛び込んだ。

 刺さった感触はなかったけど、刃は確かに相手を貫いてた。

 思いっきり槍を引くと刃が抜けて、傷と電撃を受けた天使が墜ちた。

 実戦では初めて使ったけど、怖いほどの切れ味。銘品の真価。

 ダミニの力。

 でも、そこまでだった。さらに十羽くらいいて、こっちに向かってくる。

 ひとりじゃ無理だ。

 ギリギリ追い込まれて不意に思い出した、魔法石のこと。

 用心して胸のポケットに入れておいた。左に炎石、右に水石。

 槍を左に持ち替えて、ポケットからつかみ出した石を全力で敵に投げつけた。

 三秒くらいして、突然、爆炎が上がった。

 投げたおれが吹っ飛ばされるほどで、一歩間違えたらおれまで焼き鳥になってた。

 火球から、いくつもの火が墜ちていった。一羽、一羽——。

 本当に道具屋の主が言ったとおりだった。

 魔法石の威力に驚いて、油断した。

 火の塊になった天使がおれに向かって突っ込んで来た。

「よけて!」

 ダミニが言ったけど、呆然として、まるで反応できなかった。

 天使の刃先が腕をかすめて、瞬間、激痛が走った。

 でも相手はもう火だるまで、そのまま地面に墜ちた。

 おれも地面に倒れた。

「しっかりして、まだ敵はたくさんいるのよ!」

 ごめん、ダミニ、無理。

 腕、痛え……確かに腕はあるのに、もぎ取られたのかってほどの痛み。

 ダルーばあさん、こんなに痛かったのか、可哀想に。

 腕を抱えたまま動けない。息もつけないほど痛い。

 羽音が近づいて来てるけど、もう動けない。

 このままみんな殺されるのか。子供まで殺されるのか。

 おれも殺されるのか……。

 サモサじいさんとダルーばあさんの顔が頭に浮かんだ。

 可愛く首を傾げるパパド、屈託のないサマエルの笑顔。

 ごめん、だめだ、おれ……子供ひとりすら、守れなかった——。

「大丈夫か、手傷を負った者はいないか!」

 えっ……?

 これって、もしかして帝国軍?

 助かった……!

「遅れてすまん、村の者は無事か? さっきの炎はなんだ、魔術を使った者がいるのか?」

 何人かがおれのそばに降りて来た。

「無事か、怪我はないか」

「左、腕……当て、ら、れ……た……」

「今治してやる。治療兵!」

 ひとりがおれの腕についた傷に手を置いた。

 ほんの少しずつ、痛みが引いていく。これこそ手当てだ。

「お前が魔術を使ったのか?」

「炎石を、持ってて……使った」

「魔法石だったのか」

「奥に、村のみんながいるから……保護して……」

 ダミニがおれを呼ぶ声が、耳元でかすかに聞こえた。

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