第7話 誕生日

唯依の誕生日だというその日、私はゆかりの運転する車で出かけて、日中は観光名所を巡った。つき合っていた頃でもこんなデートはしなかったなと思いながらも、久々のゆかりとの時間を私は楽しんでいた。


さすがに今日はバーでのそっけないゆかりではなくて、未練が浮き沈みする。


それでもゆかりと一緒にいられるのは嬉しくて浮き上がっていた心は、宿泊先のホテルに着くなり一瞬で氷結する。


ホテルのロビーで待っていたのは、まさかの存在だった。


「なんで、瑛梨さんと唯依がここにいるの?」


「ごめんなさいね。七海ちゃん。ゆかりが今日はいないから二人で誕生日会をしようって言ったら、絶対嫌だって唯依に言われちゃったの。ゆかりも七海ちゃんもいるならいいって言うから追って来ちゃった。宿泊費はワタシが出すから、多めに見てくれない?」


それはゆかりも知らされていないことだったらしく、謝っては貰ったものの、さすがにこの状況でノーは言えなかった。


四人でテーブルを囲んでの食事は、ほとんど瑛梨さんが話をしていて、唯依は黙々と料理を口に運んでいるだけだった。


これがきっと唯依の家の日常なのだろう。過去に何があったかは知らないけど、瑛梨さんは多少は奔放な所があっても唯依の存在を認めていない程でもない。唯依がそこまで毛嫌いする必要はないのではないように感じていても、唯依の心まで私には分からない。


その後、予約していた部屋は私とゆかりが宿泊するはずだったツインの部屋と、後で追加で予約したツインの部屋がもう一部屋で、当然のように瑛梨さんとゆかりが一緒で、私は唯依と同室になった。


絶縁を言い放った相手と同室になって、こんなことなら誘いに乗らなければ良かったと、後悔すら私はし始めていた。


「残念ね、今日はゆかりを襲う気だったんじゃないの?」


「そんなこと考えてないから。話しかけないでくれる? 絶縁するって言ったでしょう?」


だが、それが逆効果だと知ったのは、唯依にのし掛かられてからだった。


言葉を交わさなくてもセックスはできる。


相変わらず唯依は本当に上手くて、唯依に素肌に触れられただけで私の体は期待をしてしまっていて、情欲に流されてしまう。


それでもその日のセックスはやたらとしつこくて、やっと唯依が離れたものの、そのまま並んでベッドに仰向けになって熱が引くのを待っていた。


「唯依、もうちょっと自分を大事にしたら?」


唯依が私を襲うのは、感情に左右されてのものだと分かってきた。瑛梨さんとなのか、それ以外なのかはその時その時だろうけど、ストレスを発散させるように唯依は私に手を出す。


今日は余程瑛梨さんと二人にされたのが腹に据えかねたのだろう。


こんな子、本当に誰が引き受けられんだろうか。


「七海に言われたくない。ゆかりを妬かせるために好きでもない相手と寝てるくせに」


「好きでもないわけじゃないよ。その時はちゃんと真面目につきあってるから」


ゆかりに見せつけても何にもならないことくらい私もわかっているし、それだけの目的で年上とつき合ってきたわけじゃないつもりだった。


ゆかりの代わりになる存在が欲しいには違いないけど、ゆかり以上に好きになれる相手を私は求めている。


「わたしだって基本はそうだから。七海以外は」


どうせ唯依にとって私は、ストレスを解消するためのサンドバッグでしかないのはわかっている。


「……何が唯依の過去にあるのか知らないけど、唯依は可愛いし、セックスも上手いし、真面目に向き合えば恋人なんてすぐにできるでしょ。母親と上手く行ってなくても、もう大人なんだし、自分の幸せだけを考えればいいじゃない」


「幸せって何?」


「愛する人がいて、愛し合って、共に支え合って生きること、かな」


「七海だって、いないくせにばかじゃない」


「ゆかりとそうなりたかったんだけど、ゆかりが選んだのは瑛梨さんだったからね」


「じゃあ七海はどうするつもり? ワタシから見たら七海だって自分の幸せを考えてないようにしか見えないけど」


鋭いなと私は目を瞑る。


そんなのは自覚していた。


多分そういう意味では唯依と私は似たものなのかもしれない。


「ゆかりのことを忘れさせてくれる人が出てくるのを気長に待つかな。バーに行くのもしばらくは止めてもいいのかも」


とっくに私は行き詰まっていたのかもしれない。それでもゆかりを振り切れなくて、ゆかりの影を誰かに求めようとしていた。


「そんなの、わたしが七海に愚痴言えないじゃない」


「絶縁したはずだけど、そもそも何で断りもなしに襲ってるの」


「今日がわたしの誕生日だから?」


「それ、私と関係なくない? ゆかりと二人で旅行のはずだったのに、割り込んでくるし。せっかくゆかりが気を利かせて親子二人にしたのに、全然分かってないよね?」


「わかってないのはゆかりの方よ。二人っきりにされたって、今更どうにかなる関係じゃないの。あの人とわたしは」


「お母さんのこと嫌い?」


「一言で言える関係じゃないから」


唯依は淋しいのだろうとは感じ取れた。でも、それ以外の感情も恐らく入り交じっているのだろう。


私は唯依を自らに引き寄せる。お互い裸で、熱が引いた後の体はひんやりしている。それでも肌を触れ合わせるとそこには仄かに温もりが生まれる。


「折角この世界に生まれたんだからさ、親がどうだとかはもう無視して、自分の人生を楽しまないともったいないんじゃない? どうしても愚痴を言いたい時は聞くから」


「わたし、七海を攻めてる時が一番楽しいんだけど」


目の前の存在は、これで墜ちない相手はいないんじゃないかってくらい蠱惑的な笑顔で、唯依って絶対Sだと確信する。


「今まで基本的にネコだったけど、七海ってセックスの時にすごくいい顔するんだよね。だから、タチも楽しくなってきちゃった」


「唯依がタチでもリバでも何でもいいから、気持ち良くなれる相手探したらいいんじゃないかな。一緒にいて居心地良くて、体の相性も良い相手なんて唯依ならきっとすぐに見つかるよ」


「タチはちょっと他の子でも試してみたんだけど、やっぱり七海とするのが一番気持ちいいんだよね」


「私はセフレとかもうお断りだから。そもそも私が年上しか駄目なの知ってるでしょう?」


「じゃあ正式につきあえばいいってことなんだ。七海は年上しか駄目っていいながら、セックスできるんだから何の問題もないでしょ。誕生日プレゼントそれでいいから」


「私、あなたのこと好きじゃないけど」


「嘘つき。こんなことしてくれるの七海だけでしょう」


唯依に抱き返されて、更に肌に再び唇がつけられて、暴れてみたもののその束縛は解けなかった。

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