せめてあなたへ贈るもの

髙橋

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 “緑のたぬき”として、私が世に出てもう四十年以上が経つ。

先に生み出された“赤いきつね”と、私は幸いにも人気商品となり、今日に至るまで人々に愛され、食卓に並び続けている。

 

 醬油ベースのつゆに鰹節のダシが効いており、それを蕎麦にからめて口に放り込む。

これだけでも旨いのだが、やはり極めつけは蕎麦の上に乗る小海老の入った丸型の天ぷらだろう。

カリッと食べてもよし、つゆにたっぷりひたして食べてもよし、各々アレンジができる。

 カップ麺という無数にある食品の中でも私や赤いきつねは、そば・うどんの部門では定番の地位にいることを自負している。

これだけ長いこと人々に食べられ続けている商品もなかなか無いのではなかろうか。


 これだけ長い間食べられ続けると、いろいろな人に出会う。

小腹が空いておやつ代わりに食べる人もいれば、自分で蕎麦を茹でるのが面倒くさいので私で手っ取り早く、食事を済ませてしまおうという人も多い。

 定番になるというのはそういうことなのかもしれない。

あれば食べるが、特別感動することもない。

 しかし、それでも私を食べることが、その人物にとって特別で大事な場合もあるのだ。


 ある時、こんな男がいた。

性格は無骨で、口数もほとんどない。不器用な男だった。

朝起きて、仕事に行き、夜帰ってきて、夕食を食べ、寝る。

そんな毎日を繰り返していた。何の面白みもない平凡な生活だと男自身も思っていた。

 そんな男にも妻がいた。

妻の性格はというと、男とは正反対でよく喋るい明るい人だった。

朝起きると、二人分の食事を作り、それをテーブルを挟んで二人で食べる。

食事の間も妻は喋りっぱなしだ。今日の天気やニュース、昼間の情報番組で流しているような芸能ゴシップの話から近隣の住人の噂話まで、多種多様だ。

 そんな喋りまくる妻に対して、男は「ああ」とか「ふーん」とか言うばかりだ。

まったく傍目から見ていてもなぜこの二人が夫婦となったか分からない。

こうまで性格が違うのによくやっていけるものだと、台所の棚から私は毎日眺めていた。

 それでもこの夫婦を見ているうちにこれもまたいいのかな。と思えるようになった。

子供のいないこの夫婦にとって、互いは大切な伴侶であり、家族なのだ。

こういった夫婦もまぁいいもんだと、私もそのうち思えるようになっていった。

会話は弾まないかもしれないが、お互いを思いやっているのが見ていてよく分かった。


 ある日、妻が倒れた。

突然だった。どこも悪いところなどなさそうだったのに。

男は救急車を呼び、妻の名前をずっと呼び続けていた。

救急隊員が妻をストレッチャーに乗せ、男がそれに付き添っていった。

家の扉を出てからも男の悲痛な声はしばらく聞こえた。


 それ以来、妻は二度と帰ってこなかった。

葬儀が終わり、いつも妻と一緒に食事をしていたテーブルには妻の写真が一枚置かれるようになった。


 妻を失い、男はどうなってしまうのか私は気が気ではなかった。

言葉数は少なくとも、かけがえのない大事な伴侶を失い、男はどうなるのか。

悲しみに耐えきれず、後追いでもするのではないか。

私はとても心配だった。


 しかし、意外にも男は普段のままだった。

朝起きて、朝食をとり、仕事に行く。帰ってきて夕飯を食べ、眠りにつく。

 ただ一つ変わったのは、男の食事だ。

不器用な男は料理ができない。だから、食べるものは買ってきた総菜やら弁当を温めて食べていた。

朝はパンやシリアルが中心となった。

 私にはどうすることもできない。男を見守るしかなかった。


 ある大晦日のこと。

男が珍しく、私がいる棚に近付いてきた。

まさかと思ったが、私を二つ取り、お湯を注いで、作り始めた。


 珍しい、男がカップ麺を作るのは初めてだった。

それも二個。ずいぶん腹が減ってるんだな、と思っていると、もう出来た。


 男は両手に緑のたぬきを持ち、テーブルに置いた。

一つを自分の前に、もう一つを自分の対面に。


「すまんな。俺にはこれぐらいしかやってやれないよ。勘弁してくれな」


といって、二つとも蓋を開け、蕎麦を食べ始めた。

妻の写真の前で緑のたぬきが旨そうな湯気をあげていた。

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