緑のたぬきに惚れた話
@Tsuyusaki
第1話
麺をすする。
「美味しい?」
美味しい、いつも食べている味だから。
そう返事をした。
「そう。」
少女は小さく呟いた。嬉しそうに、しかしどこか寂しそうに。
不思議な少女だった。コスプレなのか、髪の上に耳、お尻には尻尾。見た目的にはたぬきの格好をした女の子だった。茶色のセミロングをした可憐な娘だった。
君も食べる?
そう問いかけながら未開封の赤色のカップ麺を手渡す。
「いや、私はいいや。」
そう言って悲しそうに笑うのだ。
僕はその顔を見るたびに何故か悲しく思ったのを覚えている。
「そうか、もう中学生になったんだね。」
少女は嬉しそうに笑う。会う度に背が伸びた僕だが、彼女はいつ見ても成長していない。違和感を覚える。それでも僕は何も聞かなかった。
いつものように持ってきたやかんのお湯をカップ麺に入れる。
「ねえ…………、やっぱり何でもない。」
少女は何かを言おうとしたのだろうか、僕は出来上がったカップ麺の蓋を開けて中の油揚にかぶりついた。美味しかったけど、彼女の事が気に掛かった。言いたいことは言って欲しかった。
雨の日だった。
それでも何故か会いたくなった。もう高校生になっていた。
いつものカップ麺を持って濡れた服を纏った彼女の前に立つ。潤んだ瞳、濡れても輝く髪の色、どこか色気を感じる雰囲気。そのどれもが今の自分には毒だった。
持っていたタオルを彼女に投げ渡す。
「ふふっ。」
おかしそうに余裕綽々の笑みを浮かべていた。
腹の立った俺は彼女の頭に置いたタオルで頭を激しく拭いてやった。
「あわわわわわ。」
目を回した彼女の完成だ。
服は替えがあったらしく奥に着替えに行った。
お互い体を乾かす頃には、最初にお湯を入れておいたカップ麺が完成していた。蓋の剥がれた隙間からは汁に浸った白いうどんが見えた。
「あっ……。」
少し悲しさを宿した彼女の声が雨音のなかに紛れていた。
「そっか、もう行くんだね。」
うん。
高校を卒業後、東京の大学に行く。最初から決めていたことだ。
彼女はうつむいたまま、顔を上げなかった。
彼女の隣に座り、持ってきたやかんのお湯をカップ麺の中に入れる。いい匂いがしてきた。
「えっ!?」
彼女は唐突に顔を上げた。
「な、なんで?それ……。」
今日持ってきたカップ麺は緑色だった。
緑のたぬき、天ぷらの入ったそばだ。何気に初めて食べる。
「赤のきつねはどうしたの?」
まあ確かに10年近く食べていた赤のきつねから、いきなり緑のたぬきに変えたのが不思議だろう。今でもうどんが名残惜しく感じる。
しかし、
「もういい。緑に惚れたから。好きになったから。」
そういうことだ。
俺の言葉を聞いた少女は急に固まったように動かなくなった。目の前で手を振ったり、猫騙しをしたりするが無反応。いや耳の部分が赤い。
その間に緑のたぬきが完成する。
出汁の利いた汁、いつもとは違う感触だが芯の入った蕎麦、そしてメインとされる天ぷら。何だ、美味いじゃん。何で今まで食べなかったんだろう。
「えっと、さっきのって……。」
戸惑いながら、少し顔を赤くした彼女が恐る恐るこちらに尋ねてくる。可愛い。
カップの容器を下に置いて、彼女の手を握る。
「えぇっ!?」
「俺と一緒に来て欲しい。これから先も君の良さを知っていきたい。もっともっと君のことを好きになりたい。」
赤のきつねが好きだった。けれど、この10年間で君に惹かれていった。最低なことを言っている、それでも想いが口から溢れていく。
僕の言葉が彼女の顔を赤くしていく。もう既に顔中赤くなり、後ろの尻尾が上下にぶんぶん揺れていた。
そして彼女は僕の顔を見つめた。
「ふ、ふちゅちゅか者ですがよろしくお願いします。」
可愛い。
右手で彼女の手を握り、左手で緑のたぬきを持つ。
両手に握ったものをもう二度と離さないと決めた。
10年前から僕は緑のたぬきに惚れていたんだ。
緑のたぬきに惚れた話 @Tsuyusaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます