魔人妹は入浴する

 ――クロと少年たちが風呂から上がってしばらく、今度は女性陣が浴室にやって来ていた。


「ほわぁあぁあああ……」


 バスチェアに腰掛けながら、泡まみれのイロハが力が抜けるような声を出している。


 原因は、彼女の背後にいる人物にあった。


「ほれほれーかゆいところはございませんかー?っと……」


「ほわぁあぁあああ……」


 シャンプーを両手に、一糸纏わぬ姿のオリヴィアがイロハの髪と頭皮を優しい手つきで撫で回していた。クロとの入浴時には感じることのなかった柔らかい泡(と、後頭部に押し当てられるオリヴィアの胸)が、声を出さずにはいられないような未知の快感をイロハに与えている。


 きっかけは、オリヴィアに洗浄魔法でさっさと身体の汚れを落としてしまったことを見咎められたことだった。「旅先で野宿するなら仕方ないけどさ……せっかくのお風呂なんだから魔法で済ませちゃ損だよ?」と言うオリヴィアにイロハはあっという間に捕まり、そして今に至る。


「あはは!イロハお姉さん面白いこえー!」


「ほわぁあぁあああ……」


 一足先に身体を洗い終え、湯船の縁に寄りかかっているメグの笑い声もイロハには届いていない。


 あの施設のシャワールームにもシャンプーの類いはあったが、緑色の水のような液体であり粘性はゼロでろくに泡立ちもせずで、単純に“体の汚れを落とすだけの薬”という印象しかない。今自分の身体を包み込んでいるものとは比較にすらならないとイロハは考えていた。


「じゃあ流すよー」


 オリヴィアの合図でイロハが目と口を閉じると、シャワーのお湯が瞬く間に泡を洗い流していく。至福の時間が終わりを告げる。


「はいおしまい。気持ち良かったでしょー?もう洗浄魔法で済ますとか、味気なくて出来なくなっちゃうよね」


「ありがとう……後でにぃ様にも教えてあげないと」


 イロハはタオルで顔を拭いながら呟いた。早い所湯船に浸かって思索に耽りたいと考えるだろう兄は間違いなく洗浄魔法で済ませてしまうはずだという、妙な確信があった。


 自身の泡も洗い落としたオリヴィアに続き、イロハは湯船に入る。その後で、丁寧に身体を洗っていたリルルとミラも湯中にやって来た。


「……そういえば、えーと……シスターメリル?は、一緒に入らないの?」


 久しぶりのお湯の心地よさを肌で感じながら、イロハはふと浮かんだ疑問を口に出した。この教会にいる女性陣で、筆頭シスターのメリル・キャンデレアだけはこの場にいない。


「彼女は夜間巡回で教会裏の霊園に向かいました。『墓守』の業務です」


「『墓守』……」


 “刷り込み”によってイロハも知識だけは持っていた。原因は不明(死者の持っていた想念やイメージが残留しているからという説が濃厚)ながら、墓地や霊園といった場所には魔力が溜まり易く、時として埋葬された遺体や骨を核に魔力が魔晶を形成し、魔物となって動き出してしまうことがある。『墓守』とは、そうしたアンデッドタイプの魔物の発生を阻止、または討滅を専門とする聖職者たちのことだった。基本的にはアンデッドの出現しやすい夜間に出動し、巡回と魔力溜まりの解消、魔物への対処を行う。


「大変な仕事よね……長引けば昼夜逆転生活がしばらく続くわけだし」


「シスターメリルも今日で一週間連続の出動となります……通常はここまで頻繁に魔力溜まりが発生することはないのですが」


「……ちょっと気になるねぇ?」


 オリヴィアが目を細めた。悪魔が暗躍しているかもしれない現状、些細なことでも怪しく見えてくるのだろうと、イロハは思った。


「明日はお使い当番だから、お疲れのシスターメリルのために美味しいものいっぱい買って来てあげるんだ!」


 ねー、と、笑い合うメグとリルルに、オリヴィアもイロハも頬を緩める。


「じゃあさ、2人共私たちと一緒に行かない?明日イロハちゃんに街を案内してあげる予定なんだ」


「行く!いいよねシスターミラ!?」


「そうですね……明日の学習は午後の算数と魔法だけですし……お昼までには帰って来て下さい」


「はーい!」


 はしゃぐ子どもたちを見ながらイロハは「明日が楽しみね」と呟き、身体から力を抜いてお湯の心地よさに身を任せた。

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