魔人兄は裁縫する
あれからムササビの尻尾を追加で7本回収、ついでにトカゲを1匹仕留め、兄妹はほくほく顔で隠し通路前の壁をくり貫いた。
「食べるために狩った訳だが、こいつも色々と素材になりそうではあるんだよな……」
食堂の扉の前で、オニイトハキの糸でぶら下げたトカゲの死骸を見ながら、クロが言った。トカゲは【
「迷宮での立ち位置とか扱いのせいで忘れがちだったけど……魔物だからね」
魔晶を供給するためゴーレムには一方的に狩られ、ワームには食われ、ムササビには血を吸われ、触手には絡み付かれ――と、冷静に考えればかなり散々な立ち位置にいるこのトカゲではあるが、立派な魔物の1種である。その身体能力は同種の生物よりも数段上で、当然採れる素材のグレードも高い。
このトカゲも鱗、爪、牙、尻尾など、素材となりそうな部位がいくつもあった。
そして、このトカゲを魔物たらしめている最大の要因――魔晶も。
整備ゴーレムの待機場で目にした限りでは、このトカゲが持つ魔晶は握り拳大だった。トカゲの体格に比して、そのサイズは大きい。条件付きとはいえ大量の魔力を消費するはずの空間転移魔法を連発出来るのはそれが原因かもしれない、と、クロは考えていた。
魔物の体内で高密度に凝縮された魔力の塊である魔晶の利用方法は多岐に渡る。整備ゴーレムたちのように単純な燃料として利用する他、魔力を使ったアイテム類や武具の素材としても極めて有用だった。
「色々夢が広がるが……ひとまずは食事にしよう」
いつの間にか食卓にまでたどり着いていたため、クロはトカゲを【
クロは転がり出た魔晶を速やかに透明なケースに納め、ポケットにしまう。魔晶は剥き出しの状態だと徐々に空気へ溶けていってしまうため、内部の魔力を循環させる機能のついたケースを使って持ち運ぶのが一般的だった。こうしたケースは当然魔晶を多く扱うあの施設にもあったため、クロもいくつかサイズの違うものを拝借して来ていた。
ワーム肉同様、クロはトカゲのサイコロ肉を薄切りにしてフライパンに並べ、滞空させた火球の魔法で熱を通す。油の爆ぜる様子に、イロハは唾を飲んだ。
「「いただきます」」
そして、いざ口にしたトカゲの肉は、ヤモウトウゾクフクロウの肉を思わせる淡白な味わい。ただ、こちらはより歯切れが良く、顎を動かす度に筋繊維がプツプツと切れる感触が心地良かった。
兄妹は感想を言い合うのも惜しいとばかりに食べ進め、白い皿はあっという間に空になっていった。
◼️◼️◼️◼️◼️◼️
「では、いよいよ今日一番の大仕事だな」
後片付けを終えたあと、食堂の広い床に
「何をするの?」
「端的に言えば、装備の更新だ。いつまでも手術衣に外套という訳にもいかないだろう?」
魔人たちの制服である手術衣は見た目に反して防御力に優れ、自動洗浄魔法まで組み込まれたハイスペックな代物だったが、外界では非常に目立つ。追手の目を欺くという意味でも、早めに何とかしておきたいとクロは思っていた。
「だから
施設の被服室から盗って来たソーイングセットを取り出し、クロは手術衣を脱いで下着姿となった。
「取り敢えず、ここから先は俺に任せてくれればいい。イロハは先に風呂に入っていてくれ」
「わかったわ」
首肯したイロハも、手術衣を脱いでクロに手渡した。ちなみに魔人たちの下着は簡素な若草色のタンクトップにショートパンツという男女共通のデザインである。女性の魔人は希望すれば胸当ての追加申請も出来たが、イロハは必要としていなかった。
クロから即席でお湯を張る魔法を教わり、イロハは食堂を出ていった。
「さて……始めるか」
クロはポケットからオニイトハキの糸袋、アナグラニセテヅルモヅルの粘液、シビレコケモドキの帯電液、そしてヤモウトウゾクフクロウの脚から抽出した毒液を取り出し、床に迷宮の土を盛った。
加えて実験用の小型鍋と木べら、トカゲの魔晶が入ったケースも用意する。
終いに手を打ち合わせ、クロは詠唱を開始した……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます