魔人兄妹の情報交換
「そうだにぃ様。ちょっと気になる夢を見たの」
お湯を両手ですくいとり、光の揺らめく様を観察していたイロハが、思い出したようにそう言った。
「夢?」
「ええ……正確には夢ではないのかもしれないけれど――」
イロハはクロに、就寝中にあった出来事を話し出した。気が付くと見知らぬ原野にいたこと、そして、そこで自らが宿す魔晶の持ち主であった魔物・ジルヴァンに出会ったことを。
「驚いた……」
聞いたクロは神妙な顔をして、
「兄妹揃って似たような体験をしていたとは……」
「ということは……にぃ様も!?まさか魔晶の魔物に何かされたんじゃ……だからあんなにうなされて……!」
イロハは慌てたように立ち上がると、クロの身体のあちこちへ確かめるように触れ始めた。同時に手のひらから微弱な魔力の波動を放ち、クロの魔力に乱れがないかを確かめていく。
「いや、特別何かされた訳じゃない。多分俺が会っていたアレは存在そのものが悪夢と同義なんだろう……」
「それって、大丈夫なの……?」
異常がないことを確認し、イロハはゆっくりと手を引っ込めながら湯の中へ腰を沈めていく。
「相当危険なヤツではあるが、性質を鑑みるに俺たちに直接手を出して来ることはあるまい」
今度はクロが、シャルロテについてイロハに語り聞かせた。将軍級全体の中でも5本の指に入る実力者であったこと、ただひたすらに悦楽を求め、そのためであれば同族の死さえ厭わないという、二つ名通り“破綻”した思考の持ち主であることなどを。
「ヤツは一先ず、俺たちが逃避行を続けるこの状況、ヤツにも魔王にも舵取りが出来なくなってしまった現状自体を楽しんでいるような節があった。一度干渉してしまえば、その瞬間に結果をある程度予想することが可能となってしまう。それはヤツの望む所ではないはずだ」
「なら……大丈夫なのかな……?」
「もちろん次に会う時は何かしら対策すべきだろう……ただ不快なだけならまだ良いが他に何らかの悪影響がないとも言い切れんからな」
シャルロテ自身は“宿主に危害を加えようとは考えない”らしいが、本人にも制御しようのない
「お前はどうだった?そのジルヴァンという
再び背を向けて太ももに座り直したイロハを抱き寄せながら、クロが問いかける。
「えっと……話すには話したけど、ほとんど“ここはどこだろう”っていう感じの話だったかしら。彼自身自分が死んだことにも、今いる場所が魔晶の中だっていうことにも気付いていなかったみたいだったから」
「となると、シャルロテに招かれた俺とは違い、お前は偶発的に魔晶の世界に落ちたということだな……話の出来る魔物で良かったな、ほんとに」
「本人は実は好戦的なのかもしれないけどね……」
ジルヴァンの言動を思い返すと、端々に物騒な色が見え隠れしていたように、イロハには感じられた。その闘争本能に素直になられていたら、危ない所だったかもしれない。
「あ、ねぇ、にぃ様」
そこでふと、兄に相談したいことがあったのを思い出し、イロハは右肩越しにクロの顔を振り仰いだ。
「“島国”って、どう思う?」
「お前も興味が湧いたか?」
「魔晶の中で、私の名前からちょっとだけその話題になってね……潜伏場所にも良さそうだし、どうかなって」
「元々、あの国は潜伏先の第1候補として考えていた。お前が行きたいというのであれば、俺に否やはない」
脱走後に潜伏する場所を見繕っていた際、地理系の資料の中に島国に関するものが含まれており、それがクロの興味を引いたのだった。そして、クロは当初予定していたブロンザルト方面への逃亡計画を第2プランに移し、島国へのルートを練り始めた。
“来る者は拒まず”といった国民性や、定期船の出る港が1ヶ所しかないことによる帝国との連絡の悪さなど、2人にとってはプラスとなる要素が多くありそうだとクロは考えたのだった。
「ともあれ、まずはここを安全に抜け出せなければ何も始まらない。やることは山積みだ」
「……少なくとも、魔人1号と渡り合えるくらいにならないと」
目下最大の障害は、兄妹を確保するために戦場から舞い戻った魔人1号だった。他に緊急性の高い案件が発生しない限り、かの帝国軍最高戦力による追跡が終わることはないだろう。衝突は、まず避けて通れない。
「そうだな。ヤツに関するレポートはしっかりとかっぱらって来たから、それを参照しつつ対策を考えよう……そろそろ上がるか」
「うん」
湯船から出ると、クロはおもむろに指を鳴らした。兄妹の身体が一瞬黒い球体に包まれ、直後に手術衣をまとった姿で現れる。身体の水気も残っていない。
「え、え?何が起こったの?」
「後で教えてやろう」
混乱したように自分の身体を見回すイロハを尻目に、クロは悪戯っぽく微笑みながら、ユニットバスを後にした。
◼️◼️◼️◼️◼️◼️
朝食としてフクロウの肉団子2つずつを消費し、兄妹は通路に出ていた。まだ確認していない残りの部屋を見に行くためだった。
「なんとなく、片方は食堂あるいは炊事場であるような気はするがな」
通路の中央の部屋と奥側の部屋の間に立ち、クロはそう言った。
「料理出来るような場所、なかったしね」
兄妹が寝泊まりした部屋には炊事場の類いは見当たらなかった。ユニットバスには洗面台もあったため水はそこを使えばよいだろうが、食材に火を通せる場所がない。
クロは広げた両手で、それぞれの扉を差す。尚既にトラップの類いが存在しないことは確認済みである。
「予定が詰まっていることだし、ここは手分けするか。どっちを開けたい?」
「……こっち」
問われたイロハは、中央の扉に歩み寄った。
「では、俺はこちらを。何か気になるものを見つけたら呼んでくれ」
「うん。後でね」
そして重々しい音を立てながら、2つの扉は開かれた。
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