【書籍化】チョコレート聖女は第二王子に庇護&溺愛をされています ~異世界で作ったチョコレートが万能回復薬のため聖女と呼ばれるようになりました~

高岡未来@9/24黒狼王新刊発売

第1話 突如異世界に飛ばされました

 気が付くと、美波藍華みなみあいかは空を飛んでいた。否、飛ばされていた。


 新宿駅西口から都庁方面に向けて歩いて、途中歩道橋を渡ろうと階段を上った。そして駆け上がった直後、強い風に襲われた。瞬間風速どのくらいだろう、というくらいの突風だった。


 耐えられそうもない、飛ばされる。そう感じたあれは本能だったのか。

 次の瞬間、藍華の足は宙に浮きあがっていた。突風に体ごと巻き上げられ、悲鳴は空へと吸い込まれた。


 そして、現在。藍華は空を舞っていた。


「いやぁぁぁぁぁ!」


 風は止んだらしい。ということは、重力の法則に従って下へ落ちるしかない。


(嘘でしょぉぉぉ~! 享年二十三歳とか悲し過ぎるんですけどぉぉぉ! しかもわたし、今年の新作チョコレートまだ食べていないのにぃぃぃ)


 人生の終わりに悔やむことが新作チョコレート。いかにも自分らしい。などと呆れている場合ではない。このままだと本気で死ぬ。だって、重力には逆らえない。


 ああ短い人生だった。というか神様いじわるなのでは。せめてサロンドチョコレート会場限定チョコレートを食べてからにしてほしかった。ああ無念、と諦観して目を閉じたところで、異変が生じた。


 地上から体が押し戻される感覚がしたのだ。それから落下の速度が明らかに遅くなっていく。


(あ、あれ? 一体どういうこと?)


 スカイダイビング、パラシュートなしだったはずなのに、いつの間にか藍華を守るようにそよそよとした風がまとわりついている。そう、まるで某映画のヒロインが光る石に守られているかのように、ふわふわゆっくり落ちていくのだ。


「大丈夫か?」


 地上はもうすぐそこだというところで、男性の声が聞こえた。

 藍華は驚いた。自分のすぐ近くに、人が浮いている。それも、銀髪の人間だ。


(え、言葉が通じる。この人絶対に日本人じゃないのに)


 しかも、だ。落下速度が緩やかになって周囲に目を向ける余裕が出てきて気が付いたのだが、ここは明らかに日本ではない。だって新宿の高層ビル群の風景とはまるで違うのだ。


 藍華が目を見開いている間に、青年に腕を取られ、引き寄せられるように地上へと降り立った。

 とんっと両足が地面に着いた。そのことにほっと息を吐いた。


「あ、あの。助けて頂いてありがとうございます」


「いや。《女神の風》が吹いたんだ。きっと客人が現れるだろうと周囲の監視を強化していた。おかげで空から落ちてくるきみを見つけることができた」


 藍華がぺこりとおじぎをすると、銀髪の青年が穏やかに返事をした。その瞳はサファイアのように濃い青色だ。年の頃は、藍華と同世代、もしくは少し年上だろうか。身長は百八十センチはあるかもしれない。


(それにしても……コスプレ? でも似合っている)


 目鼻立ちが整った顔立ちのせいか、立襟の装束が決まりすぎている。こういうのを眼福というのだろう。外国映画の撮影だろうか、との考えを藍華は瞬時に否定した。

 改めて周囲を見渡す。青い空と緑色の大地。その先に見えるのは、白い城壁だろうか。その奥に、尖塔が見えている。


「あ……の、ここは……新宿では……」

「シンジュク? それがきみの住む世界の名前か?」


「いえ、新宿はわたしがさっきまでいた街で。世界名でいえば、たぶん地球というのが正しいかと」

「チキュウ……。きみは《女神の風》によって、別の世界からこの世界に呼ばれた。女神の客人だ」


 目の前が真っ白になった。


 ちょっと待って。ナニソレ。どういうこと? ここはどこ、わたしは誰? そんなフレーズが頭の中を駆け巡った。


 いや、今目の前の青年が教えてくれたではないか。

 ここは、要するに、藍華が生まれ育った地球でも日本でも東京都でもなくって。正真正銘異世界で、この青年は映画の撮影でもコスプレ趣味でもなんでもなくて。


(ちょっと待って! わたし、異世界に飛ばされちゃったの?)


 まさかの展開に藍華はその場でピキーンと固まった。

 だから、その直後銀髪の青年のもとにもう一人男性が合流したことにも気が付かなかった。


「クレイド様、客人の保護、無事に完了したようですね」

「ああ。言い伝え通りだったな。風と共に人が落ちてくるが、女神の保護なのか彼女の周りに風が起こり、落下速度が和らいだ」


「いやあ、《女神の風》を生きている間に見ることができるとは。すごいですねえ。昼間なのに、空がぐにゃりと色を変えたと思ったら突風ですから。まさに言い伝え通り!」


「女神が呼び寄せた客人だ。丁重にもてなそう」

「その客人ですが、なんか、固まってますけど大丈夫ですかね?」


 目の前で「おーい、聞こえてる?」と手を振られたが、ショックで思考を放棄した藍華に届くことはなかった。

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