どうすればいいのか分からなくて

「はい、エイフィア」

「ありがとう……」


 エイフィアが自分の体を拭き終わってから、僕はカウンターに温かいコーヒーを出した。

 エイフィアはおずおずと受け取ると、温かさを求めるかのようにソーサーに乗っているカップを包み込むように触る。


「お風呂は待ってね、今はレイシアちゃんが使ってるから」

「うん、大丈夫。冒険者やってると、雨に濡れちゃうこととかよくあるから」

「といっても、冷えないに越したことはないよ。とりあえず、コーヒーでも飲んで温まって」


 暖房とあればまだマシなんだろうけど、生憎と異世界にそんな文明の理は存在しない。

 暖炉はあるけど今は冬じゃないし、薪なんて残っていなんだ。

 せめて体だけはどうにかして温めないとね。


「タクトくんが私を温めてくれないの……?」

「何を言い出すかねこの子は」


 上目遣いでそんなことを言ってくるエイフィア。

 童〇さんにそれを求めたら、いよいよお終いだと思う。


「ふふっ、冗談だよ」

「タチの悪い冗談だね。僕が理性の化身だったことを感謝するんだ。そうじゃないと、飢えた獣は容赦なく襲い掛かるよ」


 エイフィアは可愛いんだ。

 並の男ならその言葉で心揺れ動き、一瞬にして涎を垂らした狼さんになるだろう。

 少しは自分の可愛さを理解してものを言ってほしいものだ。


「……タクトくんだから言ったんだよ?」

「…………」

「お話、するんでしょ……?」


 そう口にするエイフィアの瞳は不安そうに揺れていた。

 何かを恐れ、何かを怖がっている。それでも口にしたということは、踏み込むことを許容したということ。


 だったら、さっきの発言に冗談は含まれていない。

 つまり───


「私、タクトくんが好き」


 ……そういうこと、なんだと思う。


「私を助けてくれた時から、私を変な目で見ないで一人のエイフィアとして見てくれた時から、拠り所を作ってくれた時から、こうしてコーヒーを飲ませてくれた時から……好き」


 前世を含め、生まれて初めて向けられた告白。

 姉としてじゃなくて、家族としてじゃなくて、友人としてじゃなくて……異性として。

 それは、勘違いのしようもなく伝わってきた。


「でもタクトくんは人間で、私はエルフ。もしタクトくんが好きになってくれて、付き合って、結婚したとしてもタクトくんが先に死んじゃう。私は残されて、寂しい想いをすると思うんだ。あとを追って自殺する勇気なんて、これからも怖くて絶対に湧かないと思うから───」


 だから僕は、真っ直ぐに受け止めなきゃいけない。

 この話も、全て。



 ♦♦♦



(※エイフィア視点)


 声が震えそう。

 これは緊張じゃない……不安だ。

 想いの吐露が関係を変えてしまうのが分かっているから、それでも向き合わなくちゃいけないから。


 もうきっと、今まで通りの関係ではいられない。

 それを望んでいたわけじゃない。ずっと変わらずにいられるなら、私は変わらない選択肢がほしかった。


 でも揺らいじゃったのは私で。

 前を向こうと決めたのも私で。

 結局は、自分が賽を振ったんだ。


「だったら、今の想いを我慢した方がいいって思ったの。寂しい想いが強くならないように、これ以上の関係を求めなかった。今まで通り家族として過ごして……タクトくんが大人になって、おじいちゃんになって、最後も家族として……それでよかったんだよ。これ以上辛く、ならないから」


 吐露の先に何があるかは分からない。

 どんな反応をされて、どんな関係に変わっていくのかは分からない。

 怖かったんだもん。分からないから。

 私は……どうすればいいのか理解していない。


 でも、話し合うことだけはできるから。

 全ての結果を、ちゃんと受け入れるんだよ。


「よかったのに……タクトくんが優しいから。私に優しくしてくれるし、笑顔を向けてくれるし、楽しさもくれるから……私は、どんどん好きになる。タクトくんを好きな気持ちが、徐々に抑えられなくなっちゃった」


 抑えられなくなっちゃったから、私は情けない姿を見せてしまったの。

 タクトくんに、レイシアちゃんに、シダさんに。

 悩んで悩んで、瓦解して、小さな子供みたいに泣いちゃって。


 ───あぁ、私は情けない女の子だ。

 こんな女の子を、タクトくんは好きになるはずなんてない。


「ねぇ、タクトくん……私は、どこで間違えちゃったのかな?」


 エルフの森を出ちゃったから?

 タクトくんと出会っちゃったから?

 この家に住むようになっちゃったから?


 どこで間違えたから、私はこんな気持ちになってるのかな?


「私……嫌だよ」


 ポツリ、と。

 カウンターに雫が零れ落ちる。

 それが私の涙なんだって気がつくのに、そんなに時間はかからなかった。


「寂しい想いをするのは、嫌なんだよぉ……!」


 どうしようもないって分かってる。

 タクトくんは悪くないし、仕方のないことだっていうのも分かってる。

 だけどこの気持ちは本物で、本物だからこそこんな気持ちになってしまう。


 ねぇ、だから───


「私は、どうすればいいの……ッ!」


 こんな気持ちにならなくなるために。

 私は、一体どうすればいいんだろうか……?


 八つ当たりにも似た言葉を吐いたあとは、私の嗚咽だけが響いた。

 初めて出会った時とは違う、苦しいからこその嗚咽。

 救われたわけじゃなくて、救われないからこそ泣いている。


 ……しばらく。

 本当にしばらく、店内に私の嗚咽が響いた。

 そして───


「僕は……君に答えをあげることはできない」


 タクトくんが、語り始めた。


「エイフィアの気持ちを分かったなんて言ってやれない。僕は人間で、いつもいつも……側の人間だから」


 いつも、という意味が理解できなかった。

 それはタクトくんの過去の話だからかもしれない。

 タクトくんの家族に向けて言った言葉なのかもしれない。


「でも、次こそは……二回目の人生だ、同じ過ちは繰り返したくはない」


 不意に、私の頭に温かい何かが乗る。

 それは、タクトくんの小さくて頼もしい手だった。




「大切なエイフィアために……僕は色んなものを残していこうと思う」




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