08【変化】
「……」
鏡に映るのは、艶のあるさらさらした綺麗な黒髪を背中の真ん中辺りまで伸ばした一人の少女だった。瞳の色は日本人特有の黒色で、肌の色は驚くほど真っ白だ。アホ毛と呼ばれる一本の髪が丁度、頭の中央よりの上辺りからびよーんと伸びている。
純粋なロングストレートという感じではなく、若干ゆるふわしているような感じのロングと言えば良いのかな? 頬はほんのり赤く、若干のたれ目。顔のパーツも素人目で見ても分かるくらい整っている。
一言で言えば美少女だ。
「マジか」
その姿を見て俺は絶句する。
軽く手を動かしてみれば、鏡に映る少女も動かし、適当にポーズを取れば同じポーズを取る。そうこれは間違いなく俺であるという事。元の面影なんて黒色の髪くらいしかない。
そしてこれは魔法少女の状態を解いた姿……つまり、リアルの姿である訳だ。
「ごめんなさい。本当にどうなるか分からなくて」
凄く申し訳なさそうな顔で頭を下げるフルール。いや、フルールが悪い訳じゃない。
「いやフルールが悪い訳じゃないさ……それにあのまま何もしないでいたら死んでいただろうし」
そう。
あの場でフルールが居なかったらどうなっていたか。いや、もしかすると多くの魔法少女と同じで妖精の干渉なしに魔法少女になっていたかもしれないが……。
それは置いとくとしても、結局死んでしまえばそこまでである。
この姿になってしまった事を嘆くのではなく、生きている事に喜びを感じるべきなんだろうけど……でもやはり、絶望までは行かずとも、ショックがない訳ではない。
「でも……」
「まあ、ショックが大きいのは確かだけど……」
仕方がない……と割り切るのはちょっとまだ無理かもしれない。
それにこれからの事を考えると、頭が痛くなってくる。こんな現象、前例なんてないだろうしどうしたものか。今俺が暮らしているこの家は、今は亡き両親の物だ。ただ一括で払ったみたいで、ローンを組んでいる訳ではない。
なので、一応この家については多分問題ないはず。ただそれだけなら良いけど……他にも色々とあるんだよなあ。
「……はあ。戸籍とかまずい気がするよ」
戻れるなら戻りたいけど……変身を解除してもこうだからもうお察し。え? 結構冷静だって? いや冷静に見えるかもしれないが、これでも結構焦っていると言うか困惑しているよ。
戸籍とかが一番問題。戻れる戻れない以前に色々な問題が起きる訳だ。
「えっと、その不安は大丈夫かもしれないわ」
「え?」
「これを見て。これって奏の免許証だよね?」
そう言って部屋の中を飛びながら机の上に置かれているカード……免許証を指さすフルール。
「……
生年月日から計算すると25歳。確かに俺は今25歳なので、何も可笑しくないのだが……いやそうじゃなくて、驚いた原因は免許証なら必ず付いている自分自身の写真の方である。
「……」
写真に写るのは真面目な表情をした少女。そう、少女である。この少女をついさっき見た気がする……そうだ、鏡で見た今の自分の姿を瓜二つなんだ。
「まさか」
はっとなり、俺は慌てて部屋の中を漁りだす。
「あった。戸籍謄本」
少し前に発行した戸籍謄本だ。綺麗に折りたたんで仕舞ってあったので、それをゆっくりと開く。
「……まじか」
そこに記載されていた名前は、両親の名前とそして俺の名前。普通の物ではあるが、そうじゃない。俺の情報がおかしくなっている。
「氷音奏、25歳」
ここまでは免許証でも分かるが、その次。
「……女性?」
性別の欄が女性となっていたのだ。え? え? これには流石の俺も固まってしまう。いやいや待って欲しい……俺は確かに男として生きていたはず。子供の頃からずっと……。
「どうかしたの?」
「これを見てくれ」
「これは……なるほど」
「何か知ってるのか?」
「いえ、知っていると言うか……なんていうのかしら?」
考え込むような素振りを見せるフルール。
「何か知っているなら教えて欲しい」
例えそれがどんな情報でも。
「魔力よ」
「へ? 魔力?」
予想外の単語がフルールから飛び出してきて、俺はきょとんとする。
魔力……は魔法と使うために必要なエネルギーのようなもので、魔法少女の力の源とされているものだ。詳しい事は分かっていないが、魔法少女に大きく関わっているのは間違いない。
「魔力って、私たちの世界でも身近に存在しているけれど、全てが解明されている訳ではないのよ。魔法を使う時に消費するもの……それくらいね。あとは動力としても使える」
「えっと? その魔力がこれとどういう関係が?」
「解明されてないという事は、知らない何かが起きてもおかしくないって事よ。これは仮説になるけれど、あなたが魔法少女になった際にその身体に合わせるために魔力が何かの方向に強く働いたって可能性があるわ」
「魔力……が」
「奏の場合は、逸材と言っても過言ではないくらいの魔力量を持っているわ。何が起きてもおかしくないって事ね」
「……そんな事があり得るのか?」
「もちろん、これはただの仮説よ。だから本当なのかは言い切れない」
魔力が働いた……今のこの身体に合わせるために? 戸籍やら何やらまで変えてしまうと言うのか……いやまあ、俺も魔力について詳しくは知らない。魔法省が公開しているデータくらいでしか知らないのだ。
「あなたの身体をその姿にしたのも魔力かもしれないわ」
「……」
なるほど……とは言えないが、でも確かにフルールの言う通りであれば筋が通るってものだ。そもそも男である俺が魔法少女になる時点でおかしい訳だし。いや、何度も言うけど男性がなれないと断言されている訳ではないのだが。
「戻れるのかなあ」
「それは私でも分からないわ。……でもこうしてしまった原因は私にもある訳だし、全力で奏の事をサポートするつもりよ。もちろん、奏が迷惑でなければ、だけど」
「いやさっきも言ったけど、フルールが悪い訳じゃ……」
受け入れ難い事実ではあるが、こうして起きてしまっている以上、何と言うとも起きてしまった事なのだ。
逆に考えれば、この姿での何の不自由もなく暮らせるという事になる。何処までが変わってしまったのかは予想出来ないが、少なくとも一番気になっていた戸籍関係については、これを見た限りでは問題ないだろう。
「……」
これからするべき事を考えないと。
起きてしまった以上、戻れない。そんな事を後悔するよりも、これからどうするかを考えるべきだと、思考を変える。一番の問題だった戸籍関係は問題なくなっている。
性別は変わって身長まで変わってしまっているけど、年齢も何も変わりがない。そう性別以外に変わりがないのだ。悲しい事に身長は低くなってしまっており、魔法少女の時と同じくらいで155センチあるかないかくらいになってしまっている訳だ。
そう魔法少女の時と同じという訳で、見た目年齢は15,6歳くらいなのだが……しかし、戸籍情報には25歳とされている。要するに成人済みって事だ。
15,6歳の見た目で25歳……これって合法ロリ? いやロリって言う身長なのかね? って、そんなどうでも良い事を考えてる場合ではない。
「これからすべき事を考えないとな」
「大丈夫?」
「まあ、ショックとかそう言うのはあるけど、今考えても仕方がないしな」
気にしてないと言えば嘘になる。仕方がないと簡単に片付けられればどれだけ楽か……でも、今悔やんだところで何も変わらない訳だしな。
「元に戻れる方法を探す方向だな……いやアンノウンの対処もする時はする」
方法が存在するかは分からないが……まあ、探さないよりはマシだろ。
「そうね……私も一緒に探すわ」
「ありがとう」
「っ! ……凄い破壊力ね」
「?」
上手に笑顔を作れていたかは分からないが、お礼を言いながら俺は微笑んだ……はず。フルールが小声で何か言っていた気がするけど、気のせいかな。
取り敢えず、今後の行動方針を考えるのだった。
===あとがき===
……まさかのリアル性転換()
いや書いたのは私ですけどね……。
前作を読んでくださった方向けに、一つ。
TS魔法少女リュネール・エトワール! とは違う路線になります。
……まあ似たような設定はありますが、内容自体は結構異なっていたりしますね。
予定ではこちらは短めです。章は今の所付けていませんが、後からつける可能性はあります。
50話くらいで終われたら良いなと思いつつ……。
もし宜しければリュネール・エトワールの方も読んでくださると喜びます()
前作を読んでいる方ですと、あ! ってなるような設定があったりします。
https://kakuyomu.jp/works/16816452220252959371
長々と失礼しました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!
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